小説はつまらない
昼休み、校庭で高校生たちがサッカーをしている。
と窓を眺める僕も高校生だ。こう客観的に言ってしまうのは僕が冷たい人間だからに他ならない。賢い人間だからに他ならない。
だから僕には夢が無い。
女子がスカートを揺らしてダンスを踊る。男子がつまらない話で笑い合っている。
僕はというと机に頬杖して欠伸している。
僕の隣の席に少女がいる。生々しいまでに真顔の子がいる。
数か月前、この子の両親が事故の犠牲になったのだ。
実際、この子は真顔である。眠るように一点を見つめているだけだ。ただこう、彼女を見ていると僕の胸の奥がくしゃくしゃに痛む。だから生々しいように見える。の、だろうか。
僕にこの子がどう思っているかなどわかるはずはない。わかろうとしていないと言われれば非情だろうか。彼女にしかないであろう苦しみを無造作に共有しようとする方がむしろ非情ではないか。
そうでもない? ところで今の僕の気持ちがわかるだろうか?
隣の憂鬱があるせいで僕は昼休みにぼーっとしにくい。ここは僕の席なのにこの子がいるせいで空気が重い。
じゃあどっか行けと? ここは僕の席だ。悲しいやつがやってきてもここは僕の領土だ。
だったらどうするんだと? 解答を教えよう。
ズドン。特に興味のないライトノベルを読む。この前、本屋で買った適当な小説だ。
僕は小説というものを評価していない。なぜなら人生を評価しないからだ。あるいみ僕はどんな人間も差別しないということだ。
誰かを称賛するのなら、同情するのなら、それはそうでない人を裁くことになる。面倒だろう。だから僕は人生に意味を求めない。
そのせいか、ライトノベルの薄く白い一ページが大根おろしのように見える。意識が薄れるように薄い人生と小説だ。
まぁそうでなくともこの小説はつまらないが。こんなものを進んで読みたがる人類に失望する。
「あ。その本って」
ん。
声へ向けば、憂鬱が話しかけてきた。捨て猫が甘えるような瞳で僕を見ている。
一方で僕はそれを可愛いと手を伸ばす子供を叱る母親のような厳しい表情をしていただろう。
無視した。
「私。そのシリーズ持っています」
無視を無視された。
そんでもって無視したところをあっちの男子に見られてざわつき始めた。
これじゃまるで僕がクズみたいじゃないか!
しょうがない。
「そうなんだ。表紙(拍子)で選んだんだけど、面白いのかな?」
「はい。奇想天外で読んでいると楽しい気分になりますよ」
「そうなんだ。へー」
引用しよう。
『クラスメイトの女子が電柱よりも高く跳んで、俺の道を塞ぐように落ちてきた』
なるほど。意味が分からない。
こんなののどこが面白いのか。ただ憂鬱子の頬が少しだけ柔らかくなった気もする。
「今。どの辺ですか?」
「『ゴリラが空か降ってきた』ってところだ」
「まだ一話ですか。読むの遅いですよね」
「ん」
憂鬱子。ずっとチラチラ見ていたのか。
「すぐに読み終わるさ」謎の意地。
「そ、そう?」
ぎこちなくなったところで憂鬱子があたふたし始めた。机に手を入れたり、出したり。本を出そうとしているらしい。ライトノベル? 表紙がチラッと見える。同じシリーズだ。
もしかして僕が読んでいるのを見て読みたくなったけど、僕が読んでいるから恥ずかしくて読めないのか。同じの読んでいたら目立つから。
にしてもあたふたし過ぎだろ。なぜ机の下に入れた手が頭の上まで行くんだ? 変なやつ。ちょっと面白いやつ。
「残念ながら僕は読むのを止めないぞ」にやり。
「べつにそんなんじゃないですよ。ないですよ?」きょろきょろ。
じとーっ。煽られてさらに恥ずかしくなったらしい。国語の教科書を出すと、それで顔を隠した。そう読んでいるふりをしているが、教科書が逆さまだ。そこまでは指摘しないが。
そんなことがとある昼休みにあった。
そのせいで次の日の昼休み、僕がまたそのライトノベルを読もうとしたとき、彼女が話しかけてきた。
「どこまで読みました?」
「『クラスメイトの女子が電柱よりも高く跳んで、俺の道を塞ぐように落ちてきた』ってところ」
「戻ってない?」
「そうだっけ」
「やっぱり読むの遅いですね」
「二周目かもしれないぞ」
「じゃあ感想聞かせてくださいよ」
「面白かった」
「嘘だ」
こんな風に僕と憂鬱子は仲良くなった。
初めは興味のなかったこのライトノベルが、依然として興味が無いが、彼女のせいで読まなくちゃいけなくなった。
なぜ読まなくちゃいけないのか? 僕もよくわからない。ただ大概哀しそうにしている彼女が、ああやって話しているときは明るくなる。空気が良くなる。それくらいだ。
もちろんちゃんと読んでいる。一週間に一巻ずつ。もうすぐ最新まで追いつく。そうしたら話すことが無くなりそうだ。
と困っていたら彼女がおすすめのノベルを紹介してくれた。
嘘だろ。これからずっとこうか? こんなクソつまらない本を読み続けなきゃいけないのか?
「どうだった?」
「滅茶苦茶、面白かった。ハマった」
こんなクソつまらない本を?
「どこがどこが?」
「このシーンとか」
「うわ。ベタだね!」
こんなクソつまらない本を!!
そうだった。こうして僕は小説マスターになった。彼女はライトノベル以外にも紹介してくる。おおよそ僕がライトノベルを読んでいる間に読んでいたものだ。先駆者気取りだ。
そしてやはりつまらない。小説はつまらない。
どうしたって僕は彼女が笑う理由も悲しむ理由もわからないことがわかった。ただ彼女が笑っていると、少しだけ世界が輝いて見える。そんな光が案外悪くない。
僕はそんな、確かに僕の中にしかないであろう胸の痛さと、快活を大事にしてみたい。




