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悪いこと

 RAVENSの話が再び出たのは、会議から四日後の昼過ぎだった。特に集まろうという流れでもない。慧は事務所で依頼人との打ち合わせを終えたばかりで、ソフィアはデスクで書類を整理していた。遥は昼前に清掃の仕事を終えて立ち寄り、ソファで目を閉じている。

  それから三十分ほどして、凪が玄関のドアを勢いよく開けた。

「聞いて」

  開口一番それだけ言うと、凪はキャスター付きのチェアを引きずりながら部屋の中央に陣取る。タブレットを膝の上に乗せ、フードを目深に被ったまま遥たちを見回した。

「RAVENSの過去案件、全部掘った」

  慧がソファから身を起こした。銀縁眼鏡の位置を直しながら凪を見る。

「いつの間に」

「昨夜から今朝にかけて。眠くなかったから」

「夜更かしはお肌に悪いよ、凪君」

「美容系みたいなこと言わないで。それより聞いてよ」

  凪はタブレットの画面を操作しながら続けた。

「RAVENSが過去に請け負った案件、確認できた分だけで三十七件。政府筋からが二十一件、大企業や財界筋からが十六件。……依頼内容は、企業間の抗争絡みの人員整理とか、政治的に消したい人間の処理とか、まあ要するにそういうやつ」

「標的の属性を教えてくれ」

  慧が聞いた。

「そこが面白くてさ。全員、何らかの形で権力側にいる人間だったよ。政治家、官僚、大企業の幹部、財団の理事——末端の実行犯的な人間も含まれてるけど、最低でも組織の中間管理職以上。一般市民、特に小さな子のいる家庭とかを標的にする受注は一件もない」

  遥が目を開ける。

「断った案件は」

「それも掘れた。拒否した案件が少なくとも九件確認できた」

  凪はタブレットの画面を拡大した。

「断られた依頼の共通点を見ると——ほぼ全部、標的に社会的弱者や子どもが絡んでる。一件は、政治家の汚職の証人になりそうな一般市民の女性が対象だった。別の一件は、企業の内部告発者——非正規雇用の若い男。もう一件は――」

  凪は少しだけ言葉を切った。

「標的が……小学生だった」

  事務所を静寂が満たす。

「依頼主は財界の大物で、その子どもが何かの証拠を持っているという話だったらしい。RAVENSは依頼を断った。それだけじゃなく――これはさっきの案件も同じだけど、その依頼主の口座情報と通信記録を匿名で然るべき場所へ流してる。……自分たちで断っておきながら、逆に依頼主を潰しにいってる」

「なるほど。基準が見えてきたな」

  慧が静かに言った。

「強者が強者を始末する構図の中だけで動いている。力を持たない人間や、守られるべき人間を標的にする依頼は受けない。……に留まらず、外道の依頼を出してきた人間を自分たちで処理する場合もあると」

  ソフィアがデスクから口を挟んだ。

「歪んだ正義感ですが、理解できなくはない行動です」

「わお。ルール厨にしては珍しい評価」

「法律の話をしているのではありません。倫理の話をしています」

  "おっ"と凪が唸った。ソフィアが凪を一瞥し、また画面に向き直る。

「もう一つ気になったことがある」

  凪が続けた。

「RAVENSが断った案件の依頼主のうち、二人が後に九条を経由した別の組織に同じ依頼を出してる。つまり――RAVENSが拒否した仕事を、九条迎賓館が下請けに流して最終的に実行した」

  室内の空気が僅かに変わった。

「それは」

  慧の声が一段と低くなる。

「RAVENSと九条迎賓館の間に直接的な接触はないとしても、同じ依頼主を共有したことがある……ということか」

「そう。RAVENSは知ってるかもしれないし、知らないかもしれない。でも少なくとも、九条の存在自体は彼女らの視界に入っていると思う」

「……なるほど」

  慧は銀貨を取り出し指の上に乗せた。転がしはせず、ただ親指で表面を確かめるように触れていた。

「RAVENSが九条をどう見ているかは、まだ分からない。潜在的な脅威として認識しているのか、単に別の流儀を持つ同業者として見ているのか」

「どちらにしても」

  遥が言った。

「俺たちとRAVENSは、今のところ同じ方向を向いてる部分がある」

「部分的にはね」

  慧は銀貨を指に挟んだ。

「全面的に信用できる相手ではない。ただ――今日の話を踏まえると、少なくとも向こうが俺たちに先に仕掛けてくる可能性は低いと思う。彼女たちの基準に、俺たちは引っ掛からない」

「むしろ」

  凪が口を挟んだ。

「遥が同業者だと分かった上で、楽器店で普通に接客してたわけだろ。向こうも、俺たちのことを観察してるはずだ。……どういう人間か、どういう基準で動いてるかを」

「互いに測り合っている状態だ」

「そう」

  慧は小さく息を吐いた。

「今はそれでいい。下手に接触するよりも、お互いの動きを見ながら距離を保つ方が賢明だろうね」

「うん。……ちなみに」

  一拍置いて、凪が少しだけ声のトーンを変えた。タブレットの画面を閉じながらエナジードリンクを口にする。

「夢露って子の案件の記録も見たんだけどさ」

「何かあったか」

「いや、別に。ただ――戦闘記録がちょっとやばかった。ガトリングガンで施設一棟を、文字通り更地にしてた映像が残ってた。夜の廃工場で、周囲三百メートルに人払いをした上で。……あれ、店先でニコニコしてる子と同一人物?」

「同一人物だ」

  薄く笑いつつ慧が答えた。

「……やっぱこの世界、バグだらけだわ」

  それだけ言うと、凪はまた画面に向かう。ソフィアが小さく"同感です"と呟いた。遥は何も言わず目を伏せている。

  事務所に元の静けさが戻ってきた。冬の昼の光が窓から差し込み、床に薄い長方形を作る。その中で埃がゆっくりと漂っているのが見えた。

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