いつもとちゃうやん
オルルには少なからずの情がある。
ハルトとの戦い、ヴラーヴの兵を去勢した際、残酷は幾度か見てきたが、それでも俺を心から好いてくれているのだ。嫌いになれようはずがない。
だからといって、オルルを相手に最上の愛を注ぐことはないだろう。
対してオルルの方は、俺に究極の愛情を抱いている。
操られていたとはいえ、今のオルルの心境は、目に入れても痛くない程に愛する恋人を、妻や夫や我が子の愛顔を、己が拳で叩き潰す惨憺たるものであることは想像に容易い。
「…………」
嘆き叫ぶオルルの悲鳴がぴたりと止まる。
あれほどに発狂していたオルルが、急に口を一文字に結ぶ訳とは。
「まさか舌を!?」
咄嗟に口元に目を移すが、血は流れていない。ならば舌を噛んでいないかと、そうとも言い切れない。
なぜならオルルの血液は、爆発の時点で大量に失っているからだ。
俺を傷付けるくらいなら自死を選びかねないオルルだが、その白緑の体に血潮は巡らず、体組織の変化と共に死の条件すら移り変わる。
「無駄だよ。もはや君の肉体はエルフの機能を脱したんだから。首を切り落としたって死にやしないさ。例えるなら、茎から花だけを切り落とすようなものかな」
スカーの忠告が入るが、オルルの眼差しは決意に固まっていて、聞き入れているようには見えなかった。
並々ならぬ剣幕を張り付けるオルルは、もはや隠すこともなく舌を突き出すと、ひと思いに歯を重ね合わせる……間際のことだった。
「でもさ、むしろほら、声を出せた方がいいんじゃないの? 愛するネクロとやらに忠告や助言はできるしね? どうせ傷付けることになるんだから、少しは役立てる方にしてみたら? ね?」
「う……ううう……うああ……」
声帯の自由は奪わないことで、確かにスカーにとっては不利になる。けれど邪な心根は、敵に塩を送ってでも、オルルの悲痛な叫びを求めているんだ。
「お前はぁあああ! 私の恋心を冒涜したぁあああ! 許さないぃぃぃ……絶対に呪ってやるぅううう!」
「月並みな台詞だね。ラーズも子の恨みだとか、昔はしょっちゅう言ってたなぁ。私は新作の劇が見たいんだから、もっとほら、別のこと言って楽しませてよ」
人の不幸を喜ぶような、そんな人格はもちろん悪だが、スカーは人の不幸にケチすら付ける悪辣ぶりを見せつける。
「クソ野郎め……」
「生憎だけどその台詞、君に言われる筋合いはないなぁ」
「お前みたいなサイコキラーと一緒にするな!」
「自分が正しいとでも思ってるのかな? そんなところも、似た者同士だねぇ」
「いい加減に……」
「その前にー、ちょっとイイですかネー」
ずずいと、俺とスカーの間に割って入り込むハルモニア。
無機質な棒読みの台詞はお得意の声質だが、今日この時ばかりはいつもと逆の使い用で、感情の嵐が吹き荒ぶ前の静けさに他ならなかった。
「あナた、ねくろサンに危害を加えマシたよネー。それッテ、正シくないデスよねー。その報いガ……ガガガ……どーナるか……ヌヌヌ……ニニニギギギ……」
「ハ、ハルモニア?」
呂律が回らぬほどの……怒りなのか? 目に見えるほどにぐちゃぐちゃな心は、恨みなのか憎しみなのか、それすらも浅く見える底の知れない感情が取り巻く。
続け様に後方からは、獰猛な邪気が背に圧し掛かる。
「うぬの犯した所業は……万の死でも釣り合わぬわぁ!」
「草の根一本……残らないと思いなさぁあああい!」
怒りの解放と共にカーラの半身は大蛇と化し、半霧状になるミストは己の体を威嚇するように巨大化させる。
俺の怒りが置いてけぼりを喰らうほどの彼女らの憤怒。戦闘に於いては心強いが、しかし討つべき敵の前にはオルルが立つ。
「みんな、オルルは敵はじゃない! 今は操られているかもしれないけれど、オルルは味方なんだ! だからオルルを攻撃しちゃ――」
「ウらぁアあああアア!」
「覚悟せぇええええええ!」
「ファァアアアックユゥウウウ!」
まるで耳に届いちゃいない。もはや彼女らにオルルを気遣う余地など無い。
いや、そもそも彼女らは、端から互いに互いを疎んでいた。
憎むべきライバル、そして俺に危害を加える可能性が証明されてしまったら、仲間割れを躊躇う枷は外れて、乱れ狂うバーサーカーと成り果てた。
「男は戦力外だし三人相手かぁ。対して私はエルフと二人。これはこれは……」
「黙リゃあアア! 後悔シタところでモう遅ェえええ!」
「楽勝だな」
根本から燐光を帯びるスカーは、たちどころに全身を青白く輝かせる。
その光の正体は魔素であり、根から際限なく取り込み続ける超高密度の魔力は、枝の節々に大輪となって具現化し、美しくも恐ろしきオーラの花々を咲かせる。
「大地にはね、生物には過ぎた量のクインタ・エッセンチアが含まれてるんだよ。植物ならそれを効率的に吸収できる。つまり君たちは、自然そのものを相手にしているということだ」
「だカラどうしたっテ? 私のレベルは1000も――」
「1200だ」
これまで重ね続けた定番のオチ。遂に覆される時が来た。
「私のレベルは1216だ。マンドレイクの生態とかエルフに助言したりだとか、なぜ丁寧に語ったと思う? 答えは簡単、どーでもいいからさ」
オルルやラーズがいようがいまいが、何体何だろうが、スカーにはどっちだって良かったのだ。
スカーにとって勝負ではない以上、目的は勝ちではなく――
「楽しいか楽しくないか。結果は変わらないけど、大事なのは過程だよね。最終的に楽しく終われれば、私はそれで満足なんだよ」




