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腐成長マンドレイク

「オルルが……オルルは……無事だったの?」


 ドールの腕の中で眠るオルルは、美々しい肌を取り戻すものの、生きているのか分からぬほどに蒼白……いや、館内の草葉の色を光が照り返しているのか、うっすらと白緑(びゃくろく)の肌に見える。


「そうだよ。私が魔法で治したんだよ」

「そうか……良かった! 爆発に紛れてよく分からなかったけど、ラーズはオルルは連れ去ったのか。それをドールが見つけてくれたんだね」


 最後だと思ったあの時、伝えたかったあの言葉。

 ごめんねと、そして有難うと。その言葉を改めてオルルに伝えようと、身廊を一歩前に出た俺の肩を――


「駄目じゃ、ネクロ殿」


 カーラが掴み止めたのだった。


「カーラ、離して……」

「そうはいかぬ」


 嫉妬心が意地悪をしているのか。

 しかし縦長に切れる蛇の目は並々ならぬ敵意を宿し、冗談では済まない気概をドールに放つ。


「うぬは何故ここにおる。こちらに強いエナジーとやらを感じたか? 礼拝堂に入る入口は蔦が生い茂り、ラーズが通れるような広さではないように思えたがな」

「……だから何? 感じたんだから仕方ないよね?」

「回復魔法を使えるとは知らなんだ」

「……使えるよ。さっきから私が嘘を言ってると言いたいのかな?」

「ん? いま誰と申した?」

「だから私が――」

「その娘はな、いい歳こいて一人称に己が名を使うのじゃ。聞けば聞くほどぼろぼろとボロが出る、呆れ果てた演技じゃの」


 ドールの姿をするその者は嫌らしく笑みを浮かべ、オルルを手放すと膝を伸ばし、白く咲き誇る天華の中央に立ちあがった。


「ふぅん、やるね。普通は姿かたちが似てればさ、結構引っ掛かるもんなんだよ」

「うぬはラーズでもないな。いや、ラーズもうぬに取り込まれておる。真の支配者は……」

「そうだよ。この私、ワルキューレ・アナテマのスカーが、町と館を含めた周辺の支配者だ」


 硝子のような亀裂が入ると、はらはらと崩れる白い肌。仮初めのドールの殻を破り露わとなるその者は、たちまち床に根を張り、見る間に体を伸ばしていく。

 ガラスのアトリウムに届くほどに成長したスカーは、腕となる両枝を左右に広げ、それは礼拝堂に相応しき、十字を切る大木へと変貌した。


「人面樹……いや、幹から上体を生やす品種というのは初めて見るの」

「マンドレイクの品種改良さ。今も実験の最中でね。生物を媒体に育てているのさ」

「どうりで町の者たちは、その場から一歩も動かんかった訳じゃ。足から先は根が張っとったということか。食事いらずで引き籠るには便利じゃな」

「私は巨木に通じていて、そして巨木の根は町にまで通じているからね。けれど動くことだってできるさ。ある一定の条件下の元にだけどね」


 徐々に真相が解明されていくが、しかし次こそは油断しない。

 今この時、会話に集中する間に、相手が呪われし乙女ワルキューレ・アナテマならば……


「喰らえ、ファッシネイション!」

「……君、いきなり叫んでどうしたっていうの?」

「ファ……ファッシネイション!」

「んん? 君に種を植えた覚えはないんだけど、とこかで取り込んだ? 失敗作は脳がやられてしまうからね」


 き、効いてない? どうして?

 スカーはワルキューレ・アナテマだ。事実幹から生える上体はか細く女性的で、白百合のように純白の髪先は床に着くほど長くしなやかで、そして類に違わず果実の如し豊かな胸を持ち合わせる。


「ネクロさん……スカーは動物ではなく植物なのでは?」

「しょ、植物の性別……」


 雄しべと雌しべを持ち合わせる植物。彼とか彼女とか、そんなものは植物には存在しない。

 例え幾ら女性的でも、俺の能力は異性を魅了するだけのものだ。女装した男には通じない、女性型ロボットにも通じない、そして当然、植物にも。

 ラグナのお眼鏡に適おうが、能力は事実にしか適用されない。


「君の周りにいる女たち、確かワルキューレ・アナテマだったね。ラーズの情報だとそういうことだね。そして君に惚れている」

「だ、だからなんだ!」

「高位魔物を従える君。さっきの意味不明とも取れる行動。もしかして、君は他人を操作する能力の持ち主かな?」

「うっ……」

「そして先の性を気にする発言。女性限定の、はしたない能力に見えるねぇ」


 こいつ……かなり勘が鋭いぞ。

 そしてあたかもラーズを通して、俺たちを観察していたかのような発言は。


「ラーズはスカーに操られているんじゃ、既に種とやらを埋め込まれているんじゃ……」

「おっ、君も勘が鋭いね。他人を支配する私と君、なかなかどうして似た者同士じゃないか」

「けれどラーズは根を張らずに動いてる」

「そう、それが一定の条件の一つ目だ。花々が遠くに行きたいと願う時、それはどんな時だと思うかな?」

「受粉の為……花粉を飛ばして遠くに行くんだ……」

「そういうことだ。マンドレイクは種の保存の為に、なるべく遠くの地に行けるよう、生物でいう発情期のタイミングで地を離れて動き出すんだ」


 つまりラーズは今この時が発情期で、自在に動くことができるんだ。

 植物化したラーズにはどの道ファッシネイションは通じなかった。そして戦いの中で見られた疑問点も解決していく。


「どおりであばらが砕けても動けた訳だ。ラーズにはそもそも痛覚がない」

「蜘蛛糸を吐き出さぬ理由も、既に蜘蛛の機能は失われていたということじゃな」

「いいよいいよ、賢いなぁ、君たちは。確かにラーズは蜘蛛としては終わったね。だけど代わりにラーズの得た情報は、私が手に取るように分かる新機能を備えてる。今少しだけ君たちが遅れて来てくれたなら……うん、言ったね。言ってる言ってる。確かにあの女の子、自分のことをドールと言ってるなぁ」


 遠い目をするスカーは、さも通話かテレビでも見るかのように、ひとり何かに納得して頷いた。


「まさかドールを……ドールに何をした!」

「何もしてないよ。何かし始めたのはその子の方だ。今そのドールとやらは、広い館のどこかでラーズと戦ってる」


 敵の言葉ながら、ドールが生きてることには一安心だ。

 しかしスカーの特技のもう一つ、仮に俺の姿をドールの前に晒された場合、まるで無力になってしまうに違いない。


「ドールに伝えなくちゃ。スカーたちマンドレイクは擬態ができると」

「いや、マンドレイクに擬態の力なんかないよ。単純に私の技術の問題さ。私が器用だから、うまぁく人の形に形成できたに過ぎないよ」

「あれが技術……オルルの人形を見る限り、まるで全然区別が付かない。そんなにも精巧に作れるなんて……」


 思い出したかのように驚声を上げるスカー。

 目下に横たわるオルルの人型に目に遣ると、天真爛漫に笑ってみせた。


「これ、本物なんだよ!? 目も当てられないほどにズタボロだったんだ!」


 え? だって……え?

 オルルは爆発に巻き込まれて、スカーの言う通り酷い傷を負って、あの時あの瞬間、俺とキスを交わして、そしてその直後。


「死んだはずじゃ……」

「確かに死んでたね。けれど今は葉皮が覆って、見た目も美しく元通りだ」

「よ、葉皮?」

「彼女のばらばらの亡骸にね、種を植えたんだ。今は骨の代わりに根が四肢を繋げていて、だからほら、そろそろだよ? 新しい命が芽生えて、彼女はここに蘇る」


 まさかそんな。お別れだと思っていたオルルが、転生の力を使わずに蘇るだなんて……


 長いまつ毛が上向き、天華の花畑に囲まれるオルルは今再びこの世に目覚める。

 劇的な主の再生のようではなく、浅い眠りから目覚めるように、腰を起こしたオルルの虚ろな半目が、徐々に見開かれていく。

 

「ネ、ネクロ様? 私は……」

「オルル……本物のオルルなんだね!」


 死者との再会は誰しもが希う。

 そして、それを叶えた者は俺の世界には誰一人いなかった。

 だからその感動が幾ばくのものかだなんて、誰からも知ることはできなくて。


「オルルゥウウウ!」


 昂る感情に身を任せ、俺はオルルの元に駆け出した。

 仲間たちがどう思おうが知ったことか。

 あの時のはち切れんばかりの感情を、今ここではっきりと――

「危ない!」


 その声が背後から聞こえたか聞こえないかの刹那の瞬間。

 俺の視界はぐわんと傾いた。

 まるで消火器を直接ぶちこまれたかのように頭が霞がかって、天地の区別が付かない程に視界が歪む。

 そして後から追うように、鼻先から神経を伝って、猛烈な痛みの信号を脳が解き放った。


「ぎゃああああああ!」


 叫ばずにはいられないほどの激痛。

 すぐにハルモニアが治療を施し、急速に痛みが和らぐが、これまで体験したこともない痛みの正体は。


「はは、いま君、顔面が陥没してたよ。鼻はもちろん顎も砕けて、歯もごっそりいってたなぁ。回復できる子がいて良かったね」


 スカーが何やら言ってるが、俺の耳には届かない。

 なぜなら回復した俺の目に真っ先に飛び込むのは、ちょうど俺の上背の高さに正拳を突き出す――


「オルル……なんで……」


 ぶつぶつと、微かに動くオルルの口元。

 そうか、彼女はスカーに身も心も乗っ取られて……


「い……や……嫌ぁああああああ! なぜぇえええ! なんで私がぁあああ! ネクロ様にこんなことをぉおおお!」


 オルルは絶叫した。

 演技などではとても捻り出せない、哀毀骨立の狂声を張り上げた。


「君は……オルルなのか? そうじゃないのか?」


 殴り飛ばしたのは間違いなくオルルなのに、何故これほどまでに悔やむのか。

 その答えは一連の悲劇を観客として楽しむ、スカーの口から語られた。


「私はね、体だけでなく脳に根を張らせるのだけど、失敗するとアッパラパーだ。けれど彼女はラーズに続き、どうやら成功したようだね。いずれラーズのように私を心酔するようになるだろうが、人格は今のところ元のままだね」

「人格はオルルのまま……なのになんで……」

「ちゃんと話を聞いてたかい? 体にも根は張ってるんだ。そしてこれが一定の条件の二つ目でね。地に根を張る前の段階は、私の思うがままに動かせる!」


 再び構えを取るオルルの拳は、意にそぐわず俺の命へと向いている。


「止めてぇえええ! 私にこんなことをさせないでぇえええ!」


 必死に拒絶するオルルを嘲るように、抗がう力を養分に、スカーの口角は枝茎のように上へ上へと吊り上がる。


「これ! これこれ! これなんだよ! 一瞬を彩る花のように、今この瞬間しか味わえない意識と体の分離状態! ラーズに己の子蜘蛛を喰わせた時も最高だったが、更なる愉しみを見せておくれよ!」


 腐り果て、異臭の漂う穢れた精神の持ち主。

 それでもなお枯れることなく、より一層茎根を伸ばし続ける強欲な魔物。

 スカーは文字通り根絶やしにするべき、マンドレイクという名の雑草だった。

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