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膜の張る穴の先は神聖なる場所でした

 花散りゆく爆心地。

 俺はまた一人仲間を失ってしまった。


「オルル……」


 バリアの解けた先にラーズの姿は既になく、爆発の威力を物語る窪んだ地面が広がるのみ。

 形見にと土を攫い掬ってみるが、そこにオルルは跡形もなかった。


「ごめん……ごめんね、オルル……」


 残された手段があったことが、余計に悔やんでも悔やみ切れず、ツンと鼻の奥が痺れると、目頭がじりりと熱くなる。


「ネクロくん……」


 小さくも温かい掌が肩に置かれる。

 涙を拭って振り向いてみれば、宙から人々を見守るような、ドールの星の眼が燦然と煌めき見下ろしていた。


「ラーズは館の奥に逃げたよ。強いエナジーを感じるの」

「ドール! オルルがくたば……死んだことで、ネクロさんがこーも悲しみに満ち溢れているというのにー、その言葉はないでしょー!」


 思ってもないことで顔を顰めるハルモニア。

 しかしそれが嘘だろうが本意だろうが、ドールにはどうでもよくって、目も暮れずに足を踏み出すと、砕けた扉の一歩手前で足を止めた。


「悲しみに暮れるのは仕方ないよ。けれどここでラーズを逃がしてしまえば、落ちた日の目は永久に昇らない!」

 

 そしてドールは振り返らずに、館の暗がりへと姿を消した。


「まったく、失礼な小娘ですね。ねぇ? ネクロさんのお気持ちをなんだと思ってるんでしょうかね……ねぇ?」

「いや、ドールが正しい」

「ね……ねね?」

「ここで時間を潰して、この先ずっと後悔するなんて、そんな未来はごめんだ!」


 絶望に落ちた体を跳ね上げて、俺は一直線に館へと駆け出した。

 すぐに皆は付いて来るが、ハルモニアだけは館を前に呆けていて、俺が早くと呼び掛けると、今気が付いたように慌てて後を追ってくる。


 元は立派な館だったのだろうか。

 しかし割れた窓から差し込む陽だけがうっすらと照らす館内は、一切の明かりを灯さず、中は湿った空気に満ちてツンとかび臭い。

 更に壁には蔦が這い、吹き抜けのホールの上階までをも呑み込むほど、まるで蜘蛛糸のように張り巡らされる。


「人が住めるようには見えないけど、町の人々とは関係ないのかな?」

「むしろこの館の方が、世話されるに値する朽ち果てぶりをしとるのぉ」

「あたしが動くと館をぶち壊しちまいそうだ。ネクロを巻き込みたくねぇし、ラーズが逃げられねぇよう、外から裏手に回ってみるよ」

「頼んだよ、リーヴァ。くれぐれも気を付けて」

「任せとけ!」


 リーヴァは俺の下を離れて空へと舞い上がる。

 やはり彼女だけはライバルを蹴落とすことよりも、ワルキューレ・アナテマを倒すことに本気になってくれているように見える。


「ええと、先に行ったドールは……」

「正面の両開き扉の先に行ったように見えたわねぇ」


 上階テラスに陰る両開きの扉は、他のものより明らかに大きく、半身を巨大蜘蛛とするラーズでも確かに通れそうな道幅だ。


「この館の造りはラーズの為のものじゃないね。上体はほっそりしてたけど、半身は軽自動車くらいあったもの。使える部屋も限られそうだ」

「けいじどーしゃぁ?」

「魔導車みたいなものだよ」

「私は知ってますよ! けいじどーしゃ!」


 諸手を上げて共感を求めるハルモニアを無視して歩を進める。

 ラーズは武器術を扱えるが、火薬が使えるなら罠だって作れそうだ。

 お遊び気分ではやられてしまう。細心の注意を払って進んでいかねばならない。


「ドールの奴、団体行動を乱してくれちゃって。はた迷惑この上ないですね」

「ドールは……きっと罠に俺を巻き込まない為、己の体を身代わりに先に行ったんじゃないかな」

「……手柄の為ですよ」

「皆だって守られてる」

「…………」


 気まずい空気が流れるが、今はかえって好都合。

 口数の多いハルモニアも黙り、五感を脅威に集中する。


 観音開きの扉の先は書斎に続いていた。しかし個人の所有する書斎とは比べものにならない、まるで図書館のように棚が連なり、ぎっしりと古書が埋め尽くす。

 視界も悪く落ち着かず、きょろきょろと辺りを見渡すと、掠れた本のタイトルが目に飛び込む。


「俺には読めない字で書かれてる。なんて書いてあるのかな?」

「四季の花々……食虫花の生態……園芸の勧め……植物に関する本ばかりじゃな」

「じゃあこの蔦だらけの間取りも家主の好みぃ? 趣味悪ぅ」

「世にも珍しい巨木が近くにあるんだから、きっと植物学者か何かの屋敷だったのかもしれないね」

「ネクロちゃん、賢ぉい!」

「なるほど植物に詳しければ、良からぬ品種にも詳しそうではあるなぁ」

「麻薬……」


 ここは麻薬の製造所で、町の人を利用して効果を確かめている最中。

 ラーズはそれに携わる構成員で、訪れた俺たちを始末にかかる。


「なんとなく理屈になるけど……なんだか腑に落ちないな」

「どちらにせよ、わらわたちの目的は麻薬ではなくワルキューレ・アナテマじゃ。それが見つかったのじゃから、あまり深く考える必要はなかろうて」

「そうかもしれないけど……」


 そうじゃなくて、もっと違う根っこの違和感。

 それは麻薬とか、この館の真相とかが些細に思える程に、木を見てばかりで森を見ないような、根本的な過ちな気がして――


「――ルル――して――」


 平行に並ぶ棚を真っすぐ突き当り、外れた扉の代わりに蔦葉の覆う出口の先で、何者かの甲声が響いた。


「まさか……ドール!」


 俺はすぐさま駆け出して、隣をカーラとミストが並走する。


「行く時は常に共にじゃ」

「できればイク時は言って欲しいけれどねぇ」


 二人は俺を守る為なら命を懸ける。頭のすぐ上を飛ぶハルモニアも同じだ。

 俺とハルモニアが隙間を掻い潜り、ミストは霧となってすり抜けて、最後にカーラが蔦をぶち抜き突入する。

 そこにラーズがいたならば、俺は迷わず一挙にカタを付けるつもりだった。


「……え?」


 書斎の先は礼拝堂に続いていて、硝子張りのアトリウムが折り曲げる光が集う、天華に包まれる白色の祭壇の上には――


「ドール……それは一体……」


 膝を折るドールが抱き寄せる、透いた肌に長い耳を生やすその女性。

 それは爆発に巻き込まれ、塵となったはずのオルルだった。

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