未確認異常感情
「ハルモニアは一体……」
「お空に召しちゃったのかしらぁ?」
「ま、気にする必要ないじゃろ」
「どうせすぐ戻って来るぜ」
彼女らにとってどうでもいいこと、ということはあるが、確かにハルモニアは俺を諦める玉とは思えない。
何の為に飛翔したのか。ストレス発散でもしたいのか。考えても仕方がないので、とりあえず一人にさせておくことに。
「で、何の話をしてたんだっけ?」
「ほほほ、世話人がいるかもしれぬという話じゃ」
「そうだった! 近くにいるといいんだけど……」
「その可能性は高いように思えるぞ。なにせこの人数、しかも世話して回るのじゃ。遠方では不便ゆえ、なるべく近隣に腰を据えたいと思うのが自然じゃろ」
「なるほど。空から見渡せば分かるかな」
「OKネクロ、がってん承知――」
「ネクロくん」
またも会話に割り込むドールは、とある一点、巨木の方向に指を差す。
「大きなエネルギーは、あっちの方角から流れているよ」
「エネルギーじゃと?」
「そんなもの、何も感じないですわ」
ドールは俺の気を引きたいから割り込んだ?
しかし世界色を表す瞳は、真実を映しているような気もする。
「リーヴァ、試しに巨木の方角を見て来てくれないか?」
「OKネクロ、がってん承知――」
「ネクロさぁあああん!」
天の空から舞い降りる天使、なんて厳かなものでなく、隼のように翼を畳み、急降下で迫るハルモニア。波打つ頬がその落下速度を物語る。
「西ぃいいい! ちぃんちんの木ぃいいい!」
「ちょ……止まって……」
「止まらぬーーーーーー!」
両手を広げて落ちて来るが、そんな勢いで抱き着かれたら俺の体はバラバラになってしまう。
みなは咄嗟に壁となるものの、我を失うハルモニアは躊躇わない。
そんな中、呆れ顔のドールは輪の外から杖の標準を合わせると、鬼気迫るハルモニアにサンダーボールを打ち出した。
「ぬわーーっっ!!」
バリバリと空気を割る音が鳴り響き、空中で痺れ動きを止めると、焦げたハルモニアは灰のように、ぽとりと儚く地に着いた。
「だ、大丈夫?」
「げほっ……」
返事の代わりに黒煙を吐き出し、震える指先を西に向ける。
「あちらの方角に……館を見つけました……これで私も役に……」
「凄い!」
「あ……あは……良かっ……」
「ドールの言った方角だ!」
ハルモニアの笑顔が瞬く間に凍り付く。
つい、本当についつい。なんの悪気もないのだけれど、超常的な感覚を見せたドールの方を凄いと漏らしてしまった。
「う、うぅぅ……ゔゔゔ……」
金色の瞳いっぱいに、悔し涙を溜めるハルモニア。
まずい、次こそちゃんと褒めなければ。
「あ、ありが――」
「てめぇがいなくてもよ」
「調べる呈にはなっておった」
「つまりあなたの行動はぁ」
「役立たずって訳ですわぁ!」
「ゔーーーーーー! うぐっ……ひぐっ……ゔぬーーーーーー!」
そうして遂にハルモニアは泣き出した。
それは乙女が頬を濡らすような可愛げのあるものではなく、惨めに地面にへばりつき、しきりに頭を打ち付ける。
涙でぐちゃぐちゃの顔には泥が塗られ、はだける胸元に色気はなく、それはまるで小汚い浮浪者のようで、天使の威厳は地に堕ちる。
「きったなぁぁぁ」
「醜いですわぁ」
「涙が武器になっとらんわ」
「すげーブスだぜ」
「にーーーーーー! うにーーーーーー!」
憐れな悲鳴を上げるハルモニアだが、ここで手を差し伸べるのは憚れる。
それはちょうど今さっき、ラリッた人々を垣間見て、異常に対する嫌悪感が増していたからに他ならない。
すると縋るようなハルモニアの横から、真白の小さな手が差し伸べられた。
「ありがと、先に調べてくれたんだね」
それはなんとドールだった。
先の先までハルモニアといがみ合っていたのに。
しかし相手はハルモニア。ドールの好意を邪険に払うと、訳の分からない叫声を張り上げた。
やれやれと息を漏らすドール。しかし彼女はなんと、ハルモニアを見捨てるどころか、俺の方に目を流したのだった。
「ネクロくん、お願い」
正直、頭の中は真っ白だった。
だから言われるがままに手を差し伸べ、ハルモニアは当然受け入れる。
「うぅぅぅ、ゔゔゔゔゔ! うわぁぁぁん!」
今のハルモニアにあざとさを演じる余裕はなく、想いのままに泣きじゃくる。
豊かな胸が押し当てられるが、俺の心はそこにない。
皆は恨めしそうにハルモニアを睨む。
なのにドールときたら、微笑みながら眺めている。
ファッシネイションは絶対のはずなのに……
ドールの恋心は一体、どこに向かっているのか。




