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 あわや血の海を見ることになりかけたが、一旦気を取り直し、ヴァハトゥンの町を捜索する。

 危険を承知で一軒一軒を訪ね、ワルキューレ・アナテマの情報を調べて回る。

 調査の最中、ふと町の景色に目を向ける。

 街道の一角に佇む池は、陽光を底まで映すほどに澄んでいるのに。軒先に香る花を揺らす海風は、色を感じる程に趣があるというというのに。

 それらが汚染されているかと疑うと、体が拒否して受け付けない。

 その拒絶感は、家々を回る毎に増していく。


「こ、こんにちはぁ」

「こんチンチンヴァァァアアア! アハハハハ!」

「あはは、さよなら……」


「お伺いしたいことがあるんですが」

「お告げに耳を傾けてぇぇぇ、神と悪魔の闘争だわぁ! 天界と冥府が繋がりぃぃぃ、愚かな民らのジェッジメントデェェェイ! ひょっほぉおおお!」

「……失礼しましたぁ」


 住民たちは悉くラリっており、返す言葉は支離滅裂なものばかり。

 幸いにも動くことはせず、暴れるような者が皆無なのは救いだったが、特にワルキューレ・アナテマの影は見られず、空っぽの町広場で途方に暮れて座り込む。


「はぁ……駄目だったね」

「みな揃って同じ調子ですから、逆に私たちが異常なのだと思ってしまいますわ」

「同じテンションで話せばぁ、意志疎通できるかしらぁ?」

「ツッコミが増えるだけだから止めてくれ。ただでさえ無駄な労力を使ったっていうのに……」

「いや、ネクロ殿。まるきし無駄ということもなかったぞ」


 見上げると、互い違いに眉を歪めるカーラが重い面持ちで腕を組む。


「えと……どういうことかな?」

「こやつら、どうやって生活しとるのじゃ? 皆がラリッとったら、経済はどう回しておるのじゃ? 肌艶は綺麗なままじゃが、何を食うて生きておるのじゃ?」

「うーん……もしかしたらこの現象は、発生した直後なのかも」


 カーラは俯く首を上げると、ぐるりと一周、町の景観を改めて見返した。


「わらわにはそう思えぬ。船上でも話したが、町は砕けておらぬが風化はしとる。長らくこの状態が続いているように思えてならぬ」

「だけど全員の頭がイッてるんだよ? 長く続いていたら、皆もっと痩せ細っているはずじゃないかな」

「うむ。ネクロ殿の言うことも一理ある。して、その矛盾を解く鍵として、健常者が世話しとる可能性があるの」

「そ、そうか! ここは隔離地域ってことだね! 無事な人々が別にいる可能性はあるかもしれない! さすがだよ、カーラ!」

「ほほほ、この上なき誉れじゃが、なにやら己の無能を棚に上げ、妬んでいる者がおるようじゃなぁ」


 カーラの流し目の先では、ハルモニアが悔しそうに歯を食いしばる。

 正直あまり気乗りはしないが、少しはおだててやらないと。

 俺がどんなに憎み嫌っても、彼女だけは失う訳にはいかないのだから。


「ハルモニアも、さっきは町の調査に飛んでくれてありがとう」

「ネクロさん……そんな……それほどのことでは――」

「ネクロちゃぁん! それなら私もでしょぉ!?」

「ミスト! 今は私が――」

「ネクロォ! だったらあたしもだ! 頭撫でてくれよぉ!」


 リーヴァの巨体がぶわりと迫り、霧のミストは透かして避けるが、ハルモニアは風に煽られて地面に転げた。


「ちょちょ……落ち着いて……」

「リーヴァったら危なぁい!」

「なぁ、先っちょ、先っちょだけでいいから!」

「それって男の方が言う台詞でしょ!」

「誰でもできるようなことで恩を得ようとな、おこがましいわ!」

「空も飛べねぇ癖にうるせぇぞ、カーラ!」


 結局お馴染みの流れに突入するが、出遅れたハルモニアの手は土を握る。


「私ぃいいい! 私がぁあああ! わぁたぁしぃいいいなんだぁあああ!!」


 轟く大声は、天に大口を開くハルモニアから放たれた。


「ああん?」

「なんじゃ?」

「あなた、ラリっちゃったの?」

「わたわた! わたしぃいいい! 褒めぇえええ! わたぁしぃいいい! 撫で撫でぇえええ! わだぁあああじぃいいい!」


 両手に固めた握り拳で地を叩くハルモニア。

 地団太踏む子供のように、満たされぬ想いをところ構わずぶつけはじめる。


「なになにぃ? ほんとに馬鹿になっちゃったのぉ? うけるんだけどwww」

「わ゛た゛し゛!」

「私しか言えんのか、痴れ者が」

「ぐぅぅぅぅ……」

「てめぇさ、今までに……役に立ったことあんのかよ」


 あ……


「ふぬーーーーーー! ふうふう……ぬーーーーーー!」

「ねぇのかよ。終わってんなぁ」

「終わらぬーーーーーー!」


 その言葉を最後に、ハルモニアは謎に天高く飛翔した。

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