表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

46/65

すっごく大きくて立派な木

 船上で夜を三回、四日目の朝になると、水平線いっぱいに豊かな万緑が顔を出した。

 遠目からでも見える西寄りの大木は、富士を取り巻く瑞煙のように姿を隠し、頂点がどこまで続いてるのかも分からない程に逞しく天を衝く。

 大陸の東寄りは波の形の山脈が延々続き、岩肌剥き出しの荒々しい姿は、生命を寄せ付けない超常の存在感を放つ。


「こんな景色は……本当に凄い。凄すぎて、なんだか恐れ多いような気がするよ」

「この世界に住むわらわには、ありふれた景色のはずなのじゃが、ネクロ殿と見ると感慨深いのぉ」


 これがレサルカーナ大陸。

 人間界と区別するなら、魔界と呼ぶのが相応しいのかもしれない。

 けれど一目見た俺の頭には、神聖なる神々の世界を思わせる。


「それにしても立派な木ですわね。まるでネクロ様のおチンポみたい」

「ぶっ! ちょっとオルル!?」

「確かになぁ。雲がいい感じに先っぽ隠して、余計にやらしいぜ」

「感動を返してよ!」

「あらぁ、見え方は人それぞれねぇ。私にはぶちまけるザー……」

「眼科に行け!!」


 早くも神聖さは穢されてしまった。

 こいつらまったく……中学生男子かっての。

 

 リーヴァは空に飛翔すると、右に左に首を動かし、その内にとある一点を凝らして見つめる。

 そうして子供のように指を差すと、浮かれた高声を響かせた。


「町があったぜ~♪ 勃木(ぼっき)の方角だ!」

「誰が上手いことを言えと……じゃなかった、うるさいわ!」

「だけど枝葉がある訳だしぉ、木の形は╭∩╮じゃなくて╰⋃╯よねぇ?」

「縦読みの人は分からなくない?」

「つまりアレで平常時。わらわ変身して巨大化する魔物ゆえ、膨張率が気になるところじゃわ」

「あれがマックスだよ! いやまだ成長してるのかもしれないけどさ!」


 航海中はだんまりだった分はっちゃけているようだが、アクセルペダルを踏み過ぎだということに気付いてくれ。


 船はリーヴァの指し示す西寄りの海岸を目指して進路を変える。

 舵は当然のこと、この世界では風向きをも魔法で操れる。常に順風満帆で、おまけに一流の魔力を持つ者たちが乗り合わせているのだ。

 丸三日分費やした航海だが、これでも通常の四~五倍の速さで辿り着けたのだと思うと、魔法がいかに便利で、そして科学は偉大だということが身に染みて分かる。


 泊めるべき港がはっきりと見えてくると、リーヴァは先駆けて町へ飛んだ。俺たちが敵ではないと、そして上陸の許可を貰いに行ったのだろう。

 港には海に面して三角屋根の家が立ち並ぶ。北欧に見るようなカラフルな色彩だったのだろうが、今は赤茶け黄ばみ、くすみがかった退廃的な屋根色だ。

 他に泊まる船もなく人影らしきものは見られない。あまり栄えていない町なのだろうか。


「まもなく着港するっていうのに……誰も見に来ない。リーヴァはちゃんと話を付けたのかな?」

「話を通さなければこそ、人が集まりそうなもんじゃがの。そもそもリーヴァのような化物が訪れて、何の騒ぎもない方がおかしいわ」


 それは確かに。ここが魔界だからというのもあるかもしれないが。

 リーヴァは町に降りる様子もなく、低空をぐるりと見渡すように旋回すると、狐につままれたような面持ちで船に戻って来る。


「人っ子一人見当たんねぇぞ。もしかして滅ぼされた町なんじゃねぇか?」

「それにしては町が綺麗じゃなぁい? 古ぼけてはいるけどぉ、壊されたような感じには見えないわぁ」

「ミスト、先に町の様子を見に行ってみてくれないかな。リーヴァだと民家を訪ねるには向かないから」

「おっけぇ」

「あと、ハルモニアも一緒にお願い」

「へ……あ、はい……」


 間の抜けた返事をするハルモニア。あの一件以来、どこか上の空のようで影が薄い。

 それを落ち込んでいるからではなく、企みがあると勘繰るのは考えすぎか。


「調子悪いなら無理しなくてもいいけど」

「い、いえいえ! そんなことはありませんよ! 元気もーりもりですから! ネクロさんの為に頑張らなくっちゃ」


 両腕を折り曲げ力こぶを作る仕種をして見せると、ぷにぷにの二の腕が微かに膨らんだ。


「レベルって概念があるにせよ、あんな細腕で力を出せるなんて不思議だよね」

「あれ、ネクロ様はそれが何故かご存知ない?」

「オルルも随分と細いよね。それでなんで人並み以上の力が出せるの?」

「ゴリゴリのヒロインじゃ、誰も興味湧かないからですわよ」

「……そこは理屈じゃないんだね」


 などと、くだらない話をしている内に、ハルモニアとミストは船を離れて町へと飛んでいった。

 万一にも無人ならば、上陸に許可も何もないだろうが、果たして。


「何か感じる……」

「ドール? それは何者かの気配かな?」

「ううん。もっと大きな、強いエネルギーが流れている……気がするよ」

「大きいのに気がするって、矛盾してるように聞こえるけど」

「静かに脈動するエネルギーって言えばいいかな。眠るドラゴンに触れてみて? どう猛さは目に見えないけど、内に宿る力強さは分かるよね? そんな感じだよ」

「……それは危険なエネルギーなの?」

「今はとても静か。だけど大きなエネルギーは善悪を問わず危険だよ」


 遠い目をする横顔をちらと覗く。

 俺にはドールの方が危うく見える。


 いったん海上に船を止め、ハルモニアとミストの帰りを待つことに。

 ドールの言葉が不安を煽るが、程なくして二人は帰って来た。

 しかし先に見て来たリーヴァよろしく首を傾げて、同じように曇りがちな面持ちを並べている。


「やっぱり誰もいなかった?」

「いえ、家の中に住人はおりました」

「い、いるの!? そんな顔してるからてっきり。じゃあ上陸を断られたとか?」

「いいえぇ、許してくれたわぁ」

「ますます意味が分からないんだけど。だったら不服そうにする理由は……」

「お口で説明するよりぃぃぃ」

「見てみた方が早いと思います」


 彼女らのことだ。俺に危険が及ぶ事態ではないのだろう。

 そうして気持ちは晴れぬまま、俺たちは新しい世界。レサルカーナの地に足を着けたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ