表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

44/65

胸糞ブレイカー

 不安に駆られながらも一夜明けて、朝の陽射しが部屋に舞い込む。

 眠気眼で見回すと、そこにセルフィの姿はなく、まさかと思い慌ててベッドから飛び起きる。

 だがそれは杞憂で、後ろから肩を叩くドールが窓の外を指差した。


「セルフィは船を用意してくれてるよ。ほら、あそこ。すごいね、大きいね」


 ドールの細指の直線上には、海賊映画で見たような大きな帆船が泊められている。

 かなり巨大に見えるが、国はあんなものを俺たちに寄越すのか?

 そんな疑問を抱いていると、空から巨大な影が船を横切り、港周辺を動き回る。

 上空にはリーヴァが飛んでいて、あれこれと作業員に激声を飛ばしていた。


「なるほどね……自分も乗れるようにか。これじゃ脅迫と変わらないよ」

「それもあると思うけど、ネクロくんの為じゃないかな。大切な人の命が懸かってるから、手を抜く訳にはいかないんだよ」

「ドール?」


 たおやかに笑ってみせると、ドールは俺を待たずに部屋の外へと出て行った。

 大人びたというか地に足が着いたというか。やはりドールの心情だけは伺い知れない。


 その後は旅の門出を祝う食事が振舞われる。贅を尽くした料理の数々だったが、国が貧窮に立たされていると思うと心苦しい。

 にも関わらず、彼女らは毒を盛ってないかと、シェフを問い詰め毒見までさせて、もてなしを邪見に扱った。


 そしていざ、出航の時を迎える。

 港にはようやく別れを告げられるからか、安堵を浮かべる王と純粋に旅の成功を祈る王子。そして悲しみに暮れるセルフィの泣き顔が並んでいた。


「ネクロ、必ず無事に戻ってきてね」

「当然だよ。俺の為にも、絶対に負けられない戦いだからね」

「ところでお連れの女性の姿が見えませんね。翼を生やした、ハーピーの一種でしょうか」

「ハルモニア? そういえば……」


 空を舞うリーヴァはご機嫌に歌声を奏で、カーラにオルルにミストは既に甲板の上。ドールは今さっき渡し板を上りはじめた最中だが、ハルモニアの姿は港にない。


「ぐすん……あの馬鹿女なら、何やら兵に用事があると言ってたわ」

「そっか、そういえば治療がまだだったね」

「治療?」

「いや、こっちの話だよ――って言ってる内に、終わったみたいだね」


 丘の上の城から滑空するハルモニア。

 舞い落ちる羽は白皚の雪のようだ。


「すみませぇん! 人数が多いもので遅れましたぁ!」


 ゴールテープを切るように、両手を広げるハルモニアは俺の体に飛び付いた。


「あんた! 天使の癖に約束を破るつもりじゃないでしょうね!?」

「そんなつもりはないですよぉ。勢い余っただけですって」

「いいこと? この先指一本、ネクロに触れたら許さないんだから」


 今にも噛み付かんとする目付きで睨むセルフィ。

 対してハルモニアは勝ち誇ったように嘲て見下す。

 口ではなんと言おうが、目の届かないところではやりたい放題。悔しそうなセルフィも見れたことで、ハルモニアの溜飲も下がってくれたようだ。


「じゃあね、セルフィ」

「どうかご無事で……そして戻った暁には……」

「その先は……ね?」


 王と王子に目配せして、何が言いたいかを諭してみせるが、感極まったセルフィは湿った叫声を張り上げた。


「私と結婚してください!」


 豆鉄砲でも喰らった鳩のように、目を丸めるヴラーヴ王とイェネオス王子。

 俺は苦笑を張り付けると、逃げるようにして甲板へと駆け上がる。


「お、お元気で! 王に王子にセルフィ姫!」


 気を利かせてくれたのか、船はすぐに出航し、マルメア国から離れていく。

 大手を振って俺を見送るセルフィ。危うく修羅場だったが……


「セルフィ、大丈夫かな……公に告白しちゃったけど……」

「問題ないですよぉ。そんな些細な浮気なんて、すぐにどーでも良くなりますから」


 次第に遠のく景色の中で、城の門から黒い塊が雪崩のように下りて来る。

 塊の正体は人の群がりで、それらは城の兵たちだった。


「お礼でも言いに来てくれるのかな? それはないか。何か叫んでるようだけど、恨み節でも言われるのかな」

「さてね、どうでしょう」

「矢でも飛ばされたら敵わないね。奥に引っ込むとしようか」


 甲板を離れてレミニセン大陸に背を向ける。

 セルフィの気持ちに応えることはできないが、いつか戻るというのは決して嘘じゃない。

 ラグナを倒して、いつかは平和にこの世界を巡るのも……


「あれ?」


 俺が客室に向かうというのに、誰の足音も付いてこない。

 いつもはこぞって群れて来るのに……騒がしいはずの兵の蛮声と波の音が、なぜだか無性に静かに聞こえる異様な雰囲気。


 振り返ると、女たちは未だ港を眺めている。

 それほどの未練が彼女らにあったか? 別れを名残惜しいと思う感情が残されていたか?

 すると兵たちの叫声の中に、一つの悲鳴が混じった。

 声の正体にはすぐに気付けた。なぜならその声は、昨夜に聞いたばかりの金切り声と同じものだったから。


「セルフィ!?」


 俺はすぐに引き返し、甲板の手摺りに身を乗り出す。

 そこに見える景色は、まるでアメーバのように、港を侵食するヴラーヴの兵たち。

 既に豆粒ほどに見える人だかりが、セルフィの立ち位置だった場所を埋め尽くす。


「これは一体……」

「お元気そうで何よりですねぇ。これまで我慢してた分、いっぱい溜まってたんじゃないですかぁ?」

「まさか兵たちは……セルフィを襲ってるんじゃ……」

「ご褒美に活力ギンギン魔法です。制御の利かない性欲に中てられて、おまけに百発出してもビンビンですからぁ、百×何人相手でしょぉ?」

「なんてことを……」

「ほんとにぃ、ネクロさんにキスを強要するってなんてこと! あの馬鹿女……くひひ……これで確実にぶっ壊れましたねぇええええええ!」


 ハルモニアは、決してセルフィを許してなどいなかった。

 こうなることを予測して、あえてセルフィの要件を呑んだのだ。


「すぐに止めさせるんだ!」

「なぜぇ? こんなに楽しいファッ●ショーを!? セルフィの奴、純潔を守るなどと……さっそく約束を違えましたねぇ!」


 俺には指一本触れない。

 そういう呈で結んだ約束は、セルフィが純潔を守れたらの話だ。

 もはや束縛から逃れたハルモニアは、俺の方に向き直し合法的に手を回す。


「さ、これでネクロさんに触れられます。港から今までの数分間、私とっても我慢しました。ご褒美にチュウして欲しいです……」


 今はそれどころではないはずなのに……ハルモニアの興味は既に移り変わり、セルフィの悲鳴すら届いていない。

 俺に迫るハルモニアを見るなり、他の皆も負けじと寄って集り、もはやセルフィを救える者は皆無のはずだった。


 大海を写すような天の海が暗転する。

 さも演劇の開始を前にして、照明が落ちる劇場のように。

 夜天となった大空を、赤電が蜘蛛の巣のように網の目を描いた。

 直後に雷鳴が轟き、空と地上までを光の筋が繋ぐと、落雷の爆音と共に、紅蓮の業火が瞬時に港を焼き尽くす。


 これは一体何事だと……そんな俺の心中が先にハルモニアの口から漏れた。

 見開く眼の先ではドールが杖を掲げている。


「ドール……あんた何してるのですか。こんな小気味良いざまぁ劇を……」

「ざまぁ? 胸糞悪いよ」


 ドールはその一言だけを告げると魔法帽(エナン)を深く被り、燃え盛る港に背を向けたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ