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均一世界のイレギュラー  作者: 長崎 光
22/22

 俺がまだひよっ子で、外獣討伐の任務も一、二回程度しかこなしたことの無かった頃の話だ。

 その日の任務で出くわした外獣は、とにかく異常だった。蜘蛛のような身体の上から蟷螂のような上半身が飛び出し、蟷螂は四本の腕に二つずつ刃を付けていた。

 その姿だけでも異常だが、とにかく戦闘能力が高かった。四本の腕を自由自在に動かし、蜘蛛の身体で壁や天井までも駆け巡る。刃の一つ一つはグラディエイターを切り裂くのに十分な切れ味をしていて、奴に横を通り過ぎられただけで、味方機がバラバラに切り裂かれていた…あの時はオブシディアが開発されていなかったから、アパタイト・グラディエイターだったがな。

 大部隊での任務だったにも関わらず、ほぼ全ての隊員が死亡した。最後に、一番年配かつ腕の立った隊長が、炸裂弾を持って自爆し、その外獣はやっと息絶えた。

 俺の機体は、胸あたりを横に切り裂かれて真っ二つになっていたが、奇跡的に俺自身へのダメージは殆ど無かった。コクピットが外に完全に露出する形になっていたが、隊長が注意を引き付けていたおかげで外獣にも気づかれなかったようだった。

 俺は、火傷と裂傷だらけの身体を抱えてコクピットから外に出た。そこら中で、グラディエイターの爆発による炎が上がっていた。死体もたくさんあった。…地獄としか、言いようが無かった。

 しかしそんな中、炎の間を縫って歩いてくる人影があった。俺は部隊の生き残りだと思い、すぐに駆け寄っていった。しかし近づくにつれて、心の中に妙な感情が生まれてきた。段々と胸が苦しくなって、まともに呼吸が出来なくなってきた。

 その人物の傍につく頃には、もはや床に手をつき蹲って、土下座をするような姿勢になっていた。

 …いや、違う。あれは確かに、土下座をしていたのだ。俺がその人物に抱いていた感情は、「畏れ」だった。


『どうして顔を上げないのか』


 聞いてすぐに分かった。人ならざる者の声だった。


「…あ、あなたがおそろしいからです」


 声の震えを何とか抑えようとしながらそう言った。


『この国は、何を目指しているのか』


 それから先のやり取りは、あまり覚えていない。おそらく、帝国の国家体制や政治について多くの質問をされたように思う。そして最後に、こう言われた。


『お前が、この国を変えよ。その時、私がこの国を救おう』


 そうして、その人物は消えた。



 * * *



「それが誰だか分かるか?」

「…いや、それだけで分かるはずないよ。現場を視察に来た、偉い人かい?」

「随分と下手な誤魔化し方だ」


 新嶋は馬鹿にするようにして笑った。


「分かっているのだろう、貴様にも」

「…何のことだい?」

「フン」


 皇帝は、真面目な顔で答え続けた。新嶋の言いたいことは、皇帝には分かっていた。新嶋は、我が儘な子供をあやすときのように、「しょうがないな」という顔をして言った。


「外獣が何処から湧いてくるか知っているか?」

「防衛区の隙間を縫って外から、じゃないのかい?」

「まさか。防衛区にあんな馬鹿でかい連中が通り抜けられる穴があれば、毒の含まれた外気が内部にごっそり入ってきてしまう」

「じゃあ、何処なんだい」

「自然発生する」


 皇帝はきょとんとして新嶋を見つめた。


「何も無い場所から、突如として自然発生するのだ。主に防衛区にな。だから発生を防ぎようが無い」

「そんなこと、あるはずが」

「あり得るのだよ。カメラでそれを捉えた映像も残っている」


 新嶋は皇帝の言葉を遮った。


「もう一つ、重要な情報がある。外獣の姿は、対異星戦争時代の、異星人が送り込んできた戦闘生物と酷似するものが多い。…いや、正確には種類が多すぎるがゆえに似ているものは少ない。姿が奇天烈であり、息絶えれば石化するという特徴を共有しているのだ」

「それで?」

「まだ、シラを切るつもりか」


 頑なに曖昧な返事を繰り返す皇帝に、新嶋は若干苛ついた声を上げた。


「異星人が未だにこの帝国に対し、未知の技術で戦闘生物を送ってきていることは間違いないのだ」

「君が会った人物が、異星人そのものだと?」

「そうなる」


 二人の間に沈黙が訪れた。


「…だとしたら、君はどうするんだい?」

「その問いをする事からして、貴様は俺の真意が分かっているようだな」

「フフッ」


 堪えきれない、という風に皇帝は笑った。


「いつから気づいていた?」

「いいや?全然分からなかったよ。ただ単に、君が独裁者になることを目指しているのだと思ってた。気が付いたのは今の会話の中で、何となくだよ」


 皇帝は足を組み、リラックスした姿勢になった。


「君は、神の国でも作るつもりなのかい?」

「ああ」


 遥か昔、「奇跡」を起こすことの出来る人間が居た。

 遥か昔、「神」から言葉を授かった人間が居た。

 歴史という大きな流れの中で、一人や二人ではない。幾度となく、不可思議な力を持つものが現れた。

 その度に、世界は救われようとした。その度に、世界は救われなかった。

 「神」の言葉は、時代を超えて世界に広がっていった。しかし世界は救われなかった。

 そして、対異星戦争の最中、不可思議な能力に目覚めるものが多発していた。

 今までの歴史から判断するならば、それは神の授けたものか。

 だとすれば、神とは何者か。

 新嶋が接触した人物は誰か。


 神とは、異星人のことであるか。


「人間が異星人に侵略されることを許すのかい?」

「人間は自分で自分を管理できないのだ。ならば、自分達より優れた存在に手綱を握って貰うしか無いのだよ」


 新嶋は窓の外の光を見つめた。かなりの時間が経っていた。もう反乱は終わってしまったのだろうか。


「どんなことがあろうと、貴様が何を企んでいようと、俺は必ず作り出す。神に支配されるべく作られた世界。一人一人の人間が管理され、本質的に平等である世界。均一世界を作り出す。個人の尊重など、神から授けられるものだ」

「…君は預言者を気取っているようだけど、ただの狂人だ」

「どう思われようと構わない。最後に神の国が作られるならば」

「神じゃない、ただの異星人だ。君がやっているのは、ただ侵略を許すだけの行為だ」

「違うな。神は神だ」


 新嶋は皇帝を睨み付けた。


「人類の歴史を紐解けば、過去に幾度となく神は人間と接触し、教えを授けている。対異星戦争が起こったのは、神が痺れを切らしたからだ。もはや人類だけでは、人類自身を救うことは出来ないとな」

「その結果が大量殺戮かい?」

「その結果として、この平和な帝国が出来ている」


 新嶋は、普段より遥かに重く固まっている掌を、ぐっと握りしめた。


「この平和を永遠のものにするのだ。その為には、神に全てを委ねるしか無い」

「…例え世界が、この帝国がどうあろうとも」


 皇帝は上を向いて目を細めた。


「人の行く末は、神でなく人が決めなきゃいけない」


 レジスタンスの面々を思い浮かべていた。ただ、祈るように呟いた。



 * * *



「少佐殿はまだ来ないんですか!?」

《ああ、さっき通信が入ったからもうすぐ来る筈なんだが…》


 既にブラッドストーンは防衛区最後の大門を突破し、外界に出るための巨大なリフトに到着していた。リンとアカネは、リフトに乗りながら、大門に近い場所でグラディエイターを撃退し続けている。


「え、何で!?」


 アカネが驚いた声を上げた。リフトが動きだし、段々と床が遠ざかっていっているのだ。それと同時にブラッドストーンから煙幕弾が射出され、大門付近の視界を封じた。


「まだ少佐殿が到着してませんよ!?」

《いや、ここに居る》

「えっ?」


 唐突に通信機に黒瀬の声が聞こえてくる。周りを見渡してみると、居た。リフトの側部に立っている男の姿があった。


「少佐殿!どうやって!?」

《いや、普通に走って大門を通り抜けたんだけどな》

「えっ、でも…」

《アカネちゃんは戦闘に夢中で気づいてなかったみたいだね。ていうか相手さんも皆、私とアイオライトにしか目がいってなかったから、陸は気づかれてなかったね》

《そんな感じだ。拍子抜けも良いところだな》

「そ、そうなんですか…」


 アカネはリフトの端から、眼下に居るグラディエイター達を見つめた。既に煙幕は薄れ始めていた。大抵は未だに銃撃を続けていたが、ワイヤーを使ってリフトに食い付いて来ようとする者も多数居た。アカネは腕部のバルカンを使って、一つ一つ切り離していく。暫くすると、ワイヤーも届かないような距離になっていた。

 アカネはアイオライトを振り返らせる。


「あれ?リンさん?少佐殿?」


 二人とも居なくなっている。


《もうとっくに中に居る》


 ブラッドストーンの内部から、通信で黒瀬の声が聞こえてくる。


「わ、私が頑張ってたのに酷くないですか!?」

《…いや、もう俺が出来ること無いしな》

《リンちゃんだけで余裕だったでしょ?》

「ひ、酷い…」


 アカネの反応を見て、リンは大笑いした。


《お疲れ様です、アカネさん。もうするべきことは無いでしょうから、貴方もブラッドストーンに戻って大丈夫ですよ》

「はいっ!」


 アリサからの労いの言葉に、アカネは元気よく返事をして、アイオライトをブラッドストーンに向けて歩かせる。

 だが途中で立ち止まった。


「…?」


 後方を見つめる。何も無い。リフトは上昇を続けているので、下に下がっていく外壁が見えるだけだ。


《どうした、アカネ?》

「いえ、何か…」


 音がしたような気がしたのだ。不可解な音が。下では銃撃が繰り返されているのだから、音がすることくらい普通なのに。どうして自分が立ち止まってしまったのか、自分で分からなかった。


《…何だ、これ?》

《どうしました、亮二?》


 安堂がレーダーを見つめながら言う。


《もう、ワイヤーが届く距離じゃないのに…下から高速で何かが…》

《グラディエイターだァ!》


 突然、イレギュラーが声を上げた。


《お、お前喋れんのかよ!?》

《今はもう、リフトの操作くらいしかしてねェからなァ!というかそれどころじゃァねェ!グラディエイターが来てる!》

《この距離からどうやって?》

《見りゃァ分かる!》

「…あ」


 アカネは外壁を見つめ続けていた。が、唐突に何か大きな物体が、下から上に高速で通り過ぎていった。上を見上げた。

 ブースターで空を飛んでいる、グラディエイターだった。


《何だありゃあ!?》


 亮二が驚愕の声を上げた。当たり前だ。単独で飛行するグラディエイターなど見たことがない。そもそも帝国内で運用する目的のグラディエイターに、飛行能力など必要ないのだ。

 グラディエイターは、リフトの上に降り立った。深い紫色をした機体だった。

 アカネがライフルを向けると、グラディエイターの顔がアイオライトに向けられた。


「…誰に銃を向けているのですか?8号」

「…っ!?」


 アカネがライフルの銃口を下ろした。恐ろしい声だった。

 よく知っている、声だった。


「教官殿…」

《後藤中佐…》


 アカネと黒瀬がそれぞれ、呟いた。周りの人間は状況を飲み込めず、黒瀬の方を見る。


《知り合いなのか?》

《…ああ》

《どーでもいいけどさ、私出た方がいいよね?》


 リンがブラッドストーンのハッチに向かっていく。加勢するつもりなのだろう。


「待ってください!」


 しかし、制止の言葉が飛んできた。


「…私に、やらせてください。お願いします」

《え、何で?》

《…やらせてやってくれ》


 黒瀬も頼み込んだ。


《…よく分かんないけど、うん、分かった》


 リンは二人の言葉に困惑しつつも、再びモニターの前に戻った。

 アカネと後藤、紫の機体と蒼の機体は向き合って佇んでいた。


「この機体は、私の専用機…アメジスト・グラディエイター。…まさかこんな機会に使うことになろうとは思いもしませんでした」

「私を、殺しに来たのですか?それとも」

「引き戻しに来ました」


 後藤は即答した。


「聞く耳を持たないことを承知で言いましょう。8号、その者達から離れて帝国に戻りなさい。貴方はまだ何も知らない。帝国の中が嫌だから抜け出すのですか?それはあまりにも愚かです。外の世界のことは学んだことがあるでしょう?外には何も無い。毒と、静寂しか無いのですよ。理想郷など何処にもありません」

「分かっています。でも、それは出来ません」

「何故ですか?」

「私は、少佐殿に付いていくと決めたからです」

「…ほう」


 アメジストがブラッドストーンの方に顔を向けた。


「外の世界には何もないかもしれません。でも、この帝国に自由はありません。私は少佐殿と一緒に、自由のある世界へ行きます」

「そうですか。…佐官としての立場を忘れることなく、厳しい教育をと伝えた筈ですが」


 黒瀬に向けられた言葉だった。黒瀬は腕組みをしたまま、モニターに映る紫色の機体を見つめていた。


「8号、聞きなさい。3号、5号、6号は既に死にました」

「えっ…」


 アカネはコクピットの中で固まった。自分の唯一の仲間だった者達の顔が、次々と頭の中に浮かんできた。


「死ん…だ…」

「はい」


 アカネの手は震えていた。信じられなかった。絆を近い合った者達が、既に死んでしまっていた。三人も。


「私の責任です」


 後藤は厳格な声でそう言った。


「全ては私の責任です。私が、貴方達に十分な訓練を積ませることが出来なかった。厳しい任務に耐えうる技術を持たせられなかった。私はそれを悔やんでいます」


 次第に、後藤の口調は強いものへと変化していった。悔しさのにじみ出るような声色だった。


「だから貴方だけは、間違わせない。それが私の責務だと、私はそう考えます。…何度でも言いましょう、8号、帝国に戻ってきなさい」


 アメジストは腰からマシンガンを外し、アイオライトに向けた。


「ごめんなさい」


 アイオライトは左手のブレードと右手のシールドを展開して、アメジストに向けた。


「私は間違うつもりも、自分の想いを捨てるつもりもありません」

「…そこまで言うのであれば、覚悟は出来ていますね」

「はい。宜しくお願いします」


 教官から訓練を受ける生徒のような言葉だった。それを合図として、二人の決闘は始まった。

 アメジストがマシンガンによる銃撃を始めた。アイオライトは展開したシールドを突きだし、その弾丸を防ぎ続ける。


「最初から逃げ腰ですか?」

「そんなことっ!」


 アイオライトはシールドを展開しながら、アメジストに向かって突進し始める。しかし右手のみでマシンガンを撃ち続けるアメジストは、左手がフリーになっていた。そしてアカネがマシンガンに気を取られている間に、その手には手榴弾が握られていた。


「消し飛びなさい」

「!?」


 アイオライトの前に、手榴弾が転がされる。爆発を恐れて、アイオライトはシールドを手榴弾に向け直して少し下がる。


(違う)


 黒瀬は心の中で思った。二人の真剣勝負のため、口には出さない。


「えっ、これっ!?」


 その手榴弾は、炸裂弾ではなく煙幕弾だった。アカネの視界が奪われる。

 アカネは、グラディエイターによる戦闘経験がほぼゼロに等しい。それが後藤との大きな差である。今の攻撃にしても、黒瀬ならばハッタリの煙幕弾であることを見抜いてそのまま突撃していただろう。

 後藤もその事を分かっていて、炸裂弾だと騙すような発言をしたのだ。


「やはり甘いっ!」


 アメジストがマシンガンをアイオライトのシールド目掛けて投げつける。煙幕の中でアカネは、それがアメジストによる直接攻撃なのか、一瞬戸惑う。直接攻撃にしては、あまりにも軽すぎる衝撃だった。

 その隙に、アメジストはブレードを展開してアイオライトに向かって突撃した。軽い攻撃からの、重い一撃。その時間差攻撃によって、アイオライトはシールドに攻撃を受けながらも後ろに倒れこんだ。

 アメジストはそのままアイオライトに馬乗りになり、首元に向けてブレードを振り上げた。


「うぅっ!」


 アイオライトは、アメジストのブレードに自身のブレードをぶつけて何とか軌道を止める。しかし、止めるのが些か遅かった。ブレードは既にアイオライトの首筋を脅かすほどにまで近付けられており、このままでは押しきられてしまう。


「ああぁっ!」

「うっ!?」


 アイオライトは脚を振り上げ、巴投げをしてアメジストを引き剥がした。黒瀬のよくやっていた手法だった。


「中々っ…!」


 アメジストは、空中でのブースターによる姿勢制御で、無事に着地する。しかし、ゆっくりとした着地が逆に仇となった。その時には既に、アイオライトがシールドを投げ付けて来ていた。


「何故、シールドっ!?…くっ!」


 アメジストの右腕を使い、弾き飛ばそうとする。


「なっ!?」


 が、その瞬間、シールドは爆発を起こした。設置型の爆弾が仕掛けられていたのだ。イレギュラーがやっていたような、戦闘中の小細工だ。


「はあぁっ!」


 爆発で怯んでいる隙に、アイオライトが左腕のブレードを突き出して突進していた。


「ぐっ…!」


 アメジストは胸元を傷つけられながらも、右腕でアイオライトの左腕を自機の左へ反らす。

 しかし、アイオライトによる攻撃は終わっていなかった。アイオライトは掴まれた左腕を軸にして時計回りに回転し、そのまま右肘をアメジストの頭部に叩き込んだ。

 リンのように、アクロバティックな動きだった。


「ぐうぅっ!!!」


 アメジストの頭部が引き千切れた。胸元の傷に伴って装甲がごっそりと剥がされ、コクピットが剥き出しとなった。アイオライトの左腕を掴んでいた力が弱まる。

 アイオライトはそのまま、解放された左腕のブレードによって、アメジストの両腕を切り裂いた。

 最早アメジストには、剥き出しのコクピットと両足しか残っていなかった。

 アイオライトは、アメジストの前に立って動きを止めた。ハッチが開けられ、アカネが中から飛び出してきた。


「教官殿!」


 アイオライトのコクピットから身を乗り出し、アメジストのコクピットの中を覗く。


「何をしている!」


 後藤の怒号が聞こえてきた。アカネはビクッと肩を震わせた。何度も聞いたことのある怒鳴り声だった。

 しかし、今日のは特別大きな声だった。

 銃声が聞こえ、アカネの横を弾丸が通り過ぎていった。後藤は、コクピットの中からハンドガンを構えていた。破壊されたアメジストの破片により、その身体は血だらけになっていた。


「…敵はまだ息絶えていません。それなのに、何故のこのことコクピットから顔を出すのですか。本当の戦場ならば、貴方は既に死んでいます」


 息も絶え絶えだった。


「でも、教官殿…!」

「貴方の覚悟は、そんなものだったのですか!?貴方は自ら自由を手にしたいと言い、貴方を育てた私すら裏切って逃げようとしていたのですよ!そして、貴方は見事私に勝利しました。ならば、私を殺して屍を蹴り飛ばし、貴方の道へと進んでみなさい!」


 後藤はアカネに向かってハンドガンを投げ渡した。アカネは受け取った。その意味は、聞くまでも無かった。


「この帝国から抜け出すのならば、それくらいの覚悟を見せなさい!」

「…うぅ…」


 アカネはハンドガンを握ったまま、ただ狼狽えた。目の前にいるのは、いつも叱られてばかりで恐ろしかった鬼教官。しかし、自分の育ての親のような存在でもあるのだ。


《いや、いい!アカネ、そんなことはしなくていい!》


 黒瀬がブラッドストーンの中から叫んだ。


《目的は果たした。もう良いんだ。早くここに戻ってこい!》

「殺しなさい!さあ、早く!」

《アカネ!》

「8号!」

「…う…う、うぅぅ…」


 どちらも、大切な人の言葉だった。

 どちらにも、従うことが出来なかった。


《いやァ、どっちの言葉にも従う必要はねェ》


 唐突に、第三者の声が聞こえてきた。

 イレギュラーだった。


《お前ェよォ…何で帝国から出ようと思ったんだァ?》

「それは…少佐殿に、言われたから」

《あァ、確かにそうかもしれねェ。だがなァ、最終的に決めたのはお前だァ。言われて、納得して、自分で帝国から出たいと思ったからここまで来たんだろォがァ…》


 イレギュラーの口調は、いつになく真剣だった。


《お前は教官に従ってェ、上司に従ってェ。そうやって指図されて生きてきたんだろォが、もう違ェんだよ。お前は自分で自分の生きる道を決めて、自由になってんだァ。…だったら自分で決めろォ。その女の言うことにも、この軍人の言うことにも従う必要は無ェんだよ》

「…」


 アカネは自分の握りしめているハンドガンを見つめた。黒瀬の言葉を反芻した。後藤の言葉を反芻した。

 笑っている仲間達の姿を思い浮かべた。皆で叱られた記憶を思い出した。初めて教官に褒められた日を思い出した。

 アカネは、ハンドガンを構えて後藤に向けた。


「…」

「…」

「……う…」

「…どうして」


 後藤は目を瞑りながら言った。


「…どうして、撃つ側の貴方が泣いているのですか」

「…うっ…う、うぅ…」


 涙が止まらなかった。雫は頬をつたって顎から地面に落ちていった。手が震えて、照準が定まらなかった。


「…わたし…」


 嗚咽を堪えながら言った。


「……私は、貴方のことが怖くて…」

「はい」

「…いつも怒られて…」

「はい」

「……会いたくないって思ったときも、いっぱいあったけど…」

「はい」


 教官は目を開いた。教え子の顔を、もう一度見ておきたかった。


「…私の事を、愛してくれているって…分かってました…」

「…そうですか」


 泣きじゃくってぐちゃぐちゃになった顔は、この世の何よりも美しく見えた。

 アカネはハンドガンを両手で持ち直した。


「教官殿」

「はい」


 引き金を引く指に、力を込めた。


「ありがとうございました」


 後藤の頭蓋は撃ち抜かれた。僅かな微笑みを携えて、後藤は息絶えた。

 アカネはそのまま、コクピットに泣き崩れた。



 * * *



「もうすぐ地上だ」


 安堂の言葉と共に、リンは座席から立ち上がってモニターの前へと歩み寄った。イレギュラーも、座りながらモニターを見つめる。黒瀬も立ち上がり、隣に座っていたアカネに手を差し出す。アカネはそれを受け取って立ち上がった。アカネの目は真っ赤になって腫れていた。

 モニターは、頭上の光景を写し出していた。円柱状の竪穴をずっと登って来ているので、何度も円の形をした大門を通り抜けてきた。しかし、明らかに他のものとは作りが異なる大門がモニターに映っていた。


「なんかカッコいいねー」

「うん、こいつだけ強度も厚さも段違いなんだ。恐らくこいつを通り抜ければ地上だろう」

「地上!やったー地上だー!」

「…そこ、はしゃぐ所なのかァ?」

「まあ一応、目的を達成できた訳ですからね」


 賑やかな操縦席周りを見つめながら、一歩引いた場所でアカネと黒瀬は立っていた。アカネが黒瀬の手を握り、身体を寄せてきた。黒瀬がアカネの方を見ると、目があった。黒瀬も手を握り返した。

 きっとこれから、輝かしい未来なんて待っていない。むしろ今までを超える苦難が舞っていることだろう。

 だが、俺は守ることができた。

 初めて、自分の愛する人を、自分の意思で守ることが出来た。

 ならば、これからも終わるつもりはない。いつまでだって守りきって、苦しみながらでも生き抜いてみせる。死んでいった者達の為にも。


「あっ、開くよ!」


 大門が段々と左右に割れていき、外の光が差し込んでくる。

 皆揃って釘付けになっていた。それは希望の光にはとても見えなかったけれど。

 それでも、六人の行く先を照らし出すには、十分過ぎるほど眩しかった。



 * * *



アイオライト 石言葉…初恋



(了)

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