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正義無き白き翼の秩序

 一行が奥まった定席で、テーブルの上に生首を配置し準備万端。


 今回はシャラの奢りという事で、安心してメニューを広げる魔神には、冒険者ギルド内での不穏な空気は無い。


 食卓の上には焼き物を中心とした料理がずらりと並び、開け放たれた天窓から差し込む午後の光の中で盛大に湯気を上げていた。グラスには上等の果実酒が並々と注がれて、夢の様な有様であったが、配置された幼女生首の存在が、夢は夢でも悪夢っぽく仕上げる辺り、たくみの技を感じさせる。


 金に飽かせて御馳走を並べ、好きなものだけちょっとづつ食べる。決して良い子は真似してはいけない作法で行われる晩餐の最中。


 デザートに頼んだ自家製プリンを受け取ってにこにこしている《幻鬼》に、《死霊姫》が胡乱げなモノを見る視線を向けた。


 視線に気が付いた《幻鬼》は、プリンをひと欠片スプーンにのせたまま何か言いたげな《死霊姫》を一瞥し、もきもきとテーブル上の料理を食べ比べている魔神を横目に、《死霊姫》に問いかけた。


「何さ。プティングがそんなに珍しい?」


「お主は本当にわからんのう。平然と魔女を従え、魔神と友好関係を構築する程の聡明さがある癖に。ぷりん一つで大げさに喜びおって」


「急になに、僕を褒めても何も出ないよ。ほら、口あけなよ」


「要らんわ。妾は首だけじゃぞ?口にできても、どろっと首の断面から漏れるじゃろ。消化器官すら無いんじゃぞ」


 光速で馴染み始めている生首幼女に、シャラはにんまりと唇を歪めて嗤いかけた。


「……そうなると思う?」


 普通はそうなるに決まっているのだが、何やら意味深な言い回しをされ困惑する《死霊姫》。

 食べる必要が無いくせに、一番積極的に料理を片付けていた魔神が顔を上げ、口の中のものを呑み込んでから慌てた様に口をはさむ。


「わ、シャラもしかして。気が付いた?気が付いちゃったの?」


 目を丸くして驚いているディスの横で、魔女がモソモソと行っていた食事の手を止めていた。


「…………」


 じっとりとした昏い黒瞳が、シャラと《死霊姫》に向けられていた。

 その何処か偏執的な気配を感じさせる視線は、アンデッドである《死霊姫》が若干引く位であったが、《幻鬼》は気が付いているのかいないのか、とっとと喰えとばかりに、スプーンを《死霊姫》の唇に近づけている。


「はよっ」


「え~い!どうなっても知らんぞっ」


 はむっ!むぐむぐ……


 アンデッドの癖に味覚が有るのか、若干幸せそうな表情になりつつ頬を動かす《死霊姫》。

 ディスはハムスターへの餌やりを見る目でその光景を眺めている。


「……これは一体どういう事じゃ?ぷりんが妾の魔力に変換されておる」


「“特定の条件”を満たしていれば、一定以上の魔力を持つ存在は胃袋が無くても“消化”出来ちゃうのさ。ただし、消化を引き起こす為の魔力は消費されるけどね」

 

 肩を竦めて続ける。


「消化器官が無ければ、っていうのはさ。首だけで喋れている時点で既におかしくない?っていう辺りから疑問が出るべきだと思うんだ。まぁ《残骸世界》の資料にはこういった“違い”が結構あるんだよね」


 したり顔でプリンにスプーンを走らせる《幻鬼》。スプーンというより刃物で切り取ったかのようにプリンを切り分け、一欠けらを自分の口に放り込む。


 魔女が昏い眼で、じとっとその様子を眺めている横で、魔神が「あっ」と小さな声を上げた。


「何が違うんだと思う?」


「ねぇねぇ、シャラ今そのスプーンで間接キス成立したんじゃない?」


「だって、替えのスプーン持ってきてって頼むのダルイ」


 魔神の茶々も怠惰に撃退。適当にあしらってる風でありながら、内容自体は否定していない。

 密かに《死霊姫》も、自分が口にした時点で思っていたのだが口に出せない乙女回路内蔵であった。首しかないけど。


 割と見た目年齢的な空気が漂う中、シャラはスプーンの先にゆっくりと練り上げた勁を注ぎ始めた。

 通常、魔力を純化させた勁を視覚的に見ることはできないが、このテーブルに着いている者で“それ”を感知できない者はいなかった。


 《幻鬼》の魔力がその体内を巡り、純化。更にそれらが圧縮循環。練り上げられて勁と成るその流れは紅い色として感知できた。


「魔力。存在する為に必須のエネルギー。万能といっていいエネルギー。物理法則を超えるキーとなるエネルギー……それは何の法則に従って巡っていると思う?」


 通常ならば、制御力を失った勁は魔力となって大気や大地に放出されるか、通していた肉体を一時的に頑健なものに変化させて立ち消えるという過程を辿るはずである。


 シャラはゆっくりと勁の制御を外す。静かに注がれた勁は制御力を失い、魔力へと転化する過程の途中、エネルギーが非実態の白い羽となって霧散した。


《蒼白い羽》はこの世界で最も有名な魔神の一柱の象徴である。


「僕は元々勁を練る素質は無かったんだ。とある《魔神》との契約で“魔力を使用する事が出来る”っていう事と引き替えに“勁を使用することが出来る”という力を得た訳だけど、こんな感じになる」


「こ、これは……現象に一々直接干渉してきておる訳ではないな。お主に働く法則だけを書き換えてあるとしか思えぬ。というか、アホか。前衛の癖に魔力が随意的に使用できないとか不便すぎるじゃろ」


 真面目な顔になった《死霊姫》が、哲学的ですらある分析を口にした。

 “斬る”意味を強化するより、存在する力(魔力)で全体的に強化したほうが効率も打撃力も上であるし、勁のままでは防御や回避に使用することが出来ない。エネルギーとして純粋すぎるので、制御に要する集中力の割に使い勝手が悪すぎるのだ。


「後半は今関係ないからおいておいて、はい正解。僕の体やら魂にこういう機能を付加したっていうんじゃないんだよね。世界の法則の方を書き換えてあるっていう、ちょっと何やってんのって突っ込みたい所だけど、つまりこういう事だよね」


 シャラは銀のスプーンをタクトの様に振りながら続ける。


「《魔神》は動き回る“法則”の化身そのものだ。さっきの例をあげるなら“食べたものを力とする”法則をつかさどる魔神が存在する限り、食べることで僕たちは魔力をいくばくか得ることが出来るという事」


 空いている左手の人差し指が上がる。


「魔力の法則こそが魔神であり、それゆえに魔神は必ず二面性を持つ。そしてそれは物理的な法則も兼ねる場合もある。例えばディス(影の魔神)がいるからこそ影が出来る現象は起こるし、秘密や嘘を含む物事の表と裏という概念も存在出来る」


 中指が上がる。


「究極的に言うと“夜があり、昼が有る”分かるかな?魔神は事実上不滅で、同時に世界を支える存在だ。どの魔神も、その力の一欠けらそれ自身が無限の力を持つ程の」


 薬指が上がる。


「では、魔神の序列とは何か?魔神は全て無限の力を持つが、行使できる権能が違う。世界に干渉できる窓口の広さの差が序列と繋がっているんじゃないのかな?」


 右手のスプーンが影の魔神をさす。まるで挑む様な剣尖の輝きであった。

 魔神序列三位、万能の力を持つ少女は満面の笑みを浮かべ、夢見る様に呟いた。


「ねぇ、やっぱりシャラとアウラは、影の城に持ち帰って良いかな?剥製にして、ずっとずぅっと綺麗に飾ってあげるよ?」


 異様な熱で輝く黄金の眼から「あ、やべっ」って表情になった《幻鬼》は颯爽を視線を魔女に逸らし、魔女が《死霊姫》に視線をパス。


 華麗なるヘイトパスの流れ。《死霊姫》がまごついている内に、今世界で最も死神に近い、影の魔神はそっと闇の翼で《死霊姫》を引き寄せた。


「ボ、ボスケテっ!」


 屠殺される豚の様な悲鳴を上げる《死霊姫》を眺めつつ、キリッとした顔になったシャラが、まるで某赤い彗星の表情になって呟く。魔女はいつの間にか席を立って、シャラの横で敬礼を《死霊姫》に捧げていた。


「気の毒だけど《死霊姫》に魔神の抱擁突破(大気圏突入)能力は、ない。だけど……犬死じゃないよ」


 犬死以外何だというのか。バッチリ台詞も決まって処刑三秒前。


 哀れ、空の粒子となりて宇宙に散華するかと思われた《死霊姫》だったが

 ディスは、引き寄せた頭を両手で抱え、闇の翼で《死霊姫》の首から下の空間を撫でる様に動かした。


 闇の翼が通り過ぎた場所には、アングラ地下墓地で遭遇した《死霊姫》の身体が創造されていた。

 唐突に身体を衣服ごと復元され、酸欠の金魚の様うに口をパクパクさせている《死霊姫》を、ゆっくりと地面に降ろす。


 ディスは。身体にたまった熱を吐き出す様に深呼吸をすると、微塵も笑っていない眼で


「でも、今は一緒のパーティだものね?だから、パーティの内は我慢しないと駄目だよね?」


 と微笑んだ。


 


 この後、この酒場からは出禁になりました。

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