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75話 ノエルとカナ(2)



 人の流れに乗って大通りを進む。

 目的地に直接転移することは可能だけどそれだと味気ないので、ニィを先頭にして頭上のフマに道案内をしてもらっていた。


「へぇ、フマはカナさんと面識あるんだ?」

「といっても4年ほど前だけどな。あの頃はカナもまだSランクじゃなかったさ。時代の流れを感じるな」


 僕の頭の上であぐらをかくフマが答えた。するとニィが歩きながらも振り返る。


「フーマったらおばあ様みたい」

「あ、それ僕も思った」

「ふん、寿命が違えば見え方も変わるさ」


 フマがいじけるように言うので、僕は思わず首を傾げる。おっと、フマが落ちそうになって浮遊して持ち直す。


「ごめんごめん。それで、フマってそんなに年取ってるの?」

「少なくとも、ケイの祖母よりは年上さ」

「え」


 ……そもそも祖母の顔が記憶にないんだけど、それはおいておこう。

 母がいたとして……多分40代……。

 うん、きっといたんだ、母親は。

 えっと、母が40代なら、祖母は60代?

 

「フマの年齢は60以上?」

「いや、100は超えてるさ」

「え」


 視線を上に向ける。さすがに頭の上は見えないけども。

 確かに妖精は魔力体だから寿命がなさそうではあるけど、まさかフマが御歳100歳を超えるご長寿様だとは思わなかった。


「ケイは知らないだろうから言っとくが、魔人だって特殊だからな? 多大な魔力に影響を受けて年の取り方が遅くなるんさ。ケイはニィナを何歳だと思う?」


 フマの問いかけに反応して、ニィが僕に体を向けて後ろ歩きになる。

 頭一つ分は小さい低身長に、あどけなくも艶やかな容姿。

 ニィは恥ずかしそうに上目遣いをしている。


「……えっと、14歳?」


 ちょっと見惚れた後、正直な感想を述べる。

 

「ふふっ、嬉しい」


 ニィは華々しく笑った。

 嬉しいってことは、実際はもっと上? などと考えているとフマが続ける。


「あー、ケイにはそう見えるのか。一般的には10歳ほどだと思うがな」

「10歳? え、10歳?」

「てっきりケイはそういう趣味なのかと思ってたさ」

「違うよ!? 小さければいいってもんじゃないからね!?」

「はいはい、のろけはいいさ。もう満腹」

「ちがっ」


 フマが仰いで気だるげに吐息をつくので、仕方なく弁明をやめる。

 

「……で、本当は何歳なの?」


 僕の推測だと14~17歳。

 年の取り方が遅くなるってことは、若く見えるってこと。

 つまり見た目より実際の年齢は上ってことだね。

 ただし僕より上には思えないから17歳以下だと思うけど。


「……ぅ」

「え? ごめんもう1回」


 ニィが小声で言うので、聞き返す。

 ニィは首元まで赤くして答える。


「だから……にじゅう」

「にじゅう? ……20!?」


 冗談かと思うも、ニィの赤い瞳は羞恥にゆらゆらと揺れている。

 なんだか申し訳なくなり、驚きを押し殺してニィの赤髪を優しく撫でた。


「ごめん、いや、ありがとうかな。でもなんで教えてくれたの?」

「だって……これからもずっと一緒なら……」

「……そうだね、僕はそれを知らないといけないね」


 僕が年を取っても、ニィは年を取っていないように見えるだろう。

 もしかしたら、僕がおじいちゃんになってもニィは若いままかもしれない。

 これは隠しておくべきじゃない。自分だけ老いることに覚悟は必要だから。


 だけどそれはそれとして。

 カミングアウトはニィにとって勇気のいる行為だっただろう。

 見た目は年下なのに、実際は相手より年上だというのだから。

 それを臆すことなく実行してくれたニィに、愛しさを感じる。


「教えてくれて、ありがとうね」

「ううん」


 僕とニィが見詰め合っていると、頭の上でフマが苦しげに呻いた。


「ぅー、胸焼けするー」


 僕とニィは苦笑して、歩みを再開した。






 僕たちは今、ノエルさんとカナさんの家に向かっている。

 家というか、工房というか。

 宿を出たときの予定ではカリオストロを旅立ち、街道を歩きながら、あるいは馬車に揺られながら、ゆっくりと次の町へと向かっているはずだった。

 そうなっていないのは、冒険者ギルドでギルド長のティファさんと別れの挨拶を交わしたことに起因する。

 ティファさんは僕たちに、とある人物と面識を作ってきてほしいとお願いしたのだ。

 そのとある人物というのが、昨夕の武具店で名前の挙がったノエルさんとカナさんだった。

 

 そうして僕たちはカリオストロでの最後の所用を済ませるべくノエルさんの鍛冶工房へと向かっている。


 大通りから外れ、工業区に入る。この辺りから煙突の割合がぐっと増えるが、空は青く、煤に汚れてはいない。

 その区画の奥深く、僻地ともいえそうな寂れた一角。

 店の看板もなく、工房であろう平屋の前で僕たちは足を止めた。


「着いたさ」


 フマが僕の頭から飛び立ち、その小さな拳で扉をノックする。


「カナー、ノエルー、いるかー?」


 しばらくして、魔力反応の大きな人物が扉に近づいてきた。

 その人物は魔力を抑えてはいるのだけど、僕が魔力感知に習熟してきたためか、内包魔力を感じられる。

 その魔力量たるや、ティファさん以上、フマ未満。

 エルフより多いのだから相当だろう。

 背格好からして女性かな。赤ちゃんを抱っこしているようだ。


「はいはーい」


 扉が開き、黒髪黒目の女性が顔を覗かせた。


「妖精……フマちゃん?」

「うー?」

「カナ、久しぶりさ。……2人の子供か。祝福するさ」


 カナさんとフマが言葉を交わす傍ら。

 僕は郷愁に目を細めながらカナさんの顔を見つめていた。




 

「改めまして、私はカナ・ミウラ。Sランク冒険者よ。といっても今は育児休業してるけどね。で、こっちが」

「……ノエルだ。魔剣の研究をしている」

「魔剣の研究者、兼、鍛冶師って言ったら伝わるかな。で、こっちが私たちの子どものパスク。はいパーちゃん、ご挨拶して」

「ぱすー、ぱすー」


 4人掛けのテーブルに僕とニィ、ノエルさんとカナさんのセットで座っている。フマはテーブルの上、パスクくんはカナさんの膝の上だ。

 それぞれの容姿を簡単に述べると、カナさんは黒髪を結い上げた利発そうな女性で、ノエルさんは刈り上げた短髪と神経質そうに細められた赤色の瞳を持つ男性、父親譲りのとび色の髪と母親譲りの黒目の赤ちゃんがパスクくんだ。


「今度はこっちの番だな。オレは面識があるからいいとして、この人騒がせなステータス持ちがケイさ」


 ノエルさんとカナさん、特にカナさんが、興味深そうに僕を見る。【存在希薄】は既に無効化してあるから心配無用。その際にパスクくんが驚いて泣き出すというハプニングがあり、落ち着くまで少し掛かった。


「一言余計。ごほん、ケイ・ササクラと言います。よろしくお願いします」


 僕はカナさんを見つめ返す。きっと同じことを考えているに違いない。

 

「うぃ!?」


 ふいにわき腹を小突かれて身をよじる。

 横を見ればニィがにこにこと微笑んでいる。

 ……それは誤解です。見惚れていたわけではありません。


「事情は後で説明するとして、先に自己紹介だけ、ね?」


 相手の素性を許可なく暴くのはいただけないので、僕はお茶を濁してニィを促した。

 ニィは僕の膝の上に手を置いた。

 どっちの意味だろう。信頼してる? 逃がさない? ニィのことだから前者かな。


「私はニィナリア。ただのニィナリアよ」


 含みのある言い回しに、カナさんとノエルさんは不思議そうにする。どうやら魔人であることには気付いていないようだ。

 というかニィ、わざわざそんな言い方しなくていいのに。


「ん? 私は苗字持ちだけど貴族じゃないよ?」


 カナさんはなぜかそう断った。

 あ、いやなるほど、『ただのニィナリア』という言い回しを『あなたのように貴族じゃありませんよ』というふうに捉えたのか。


 簡潔な自己紹介を終えると、フマがここへ来た目的を話した。

 それを聞いて、カナさんが頷く。

 

「面識を作る、ね……納得かも」

「ほう、納得できるんさ?」

「多分だけど、並々ならぬ能力を持ってるでしょ? ケイは。Sランク冒険者になるかはともかく、力を持つ者同士、繋がりは作っておくべきよね。お互いのためにも」

「どうしてケイの能力が分かったさ?」


 カナさんが僕を一瞥する。


「先に確認しておきたいことがあるんだけど、いいかな?」


 そうして僕だけ家の外へと連れ出されてしまう。

 意図は想像つくのだけど、カナさんの手の中にある緑色の棒は何に使うんだろう?


 ひと気のない小さな通りの真ん中で、カナさんは挑むように僕を見据えた。


「私の名前は、正しくは三浦加奈」


 カナさんはそこで区切り、僕は一つ頷く。


「僕の名前は佐々倉啓です」


 ああ、転生の仲間がいたんだ。


 確認できたことで、僕は気を緩めた。


 まるでその隙を突くかのように、カナさんは一歩踏み込んだ。


 手中の棒に魔力が通され、隙間風のような甲高い音とともに、風の刃と化すのを見た。


 薙ぐ腕。

 僕を試すような黒目。


 突然の強襲。

 僕の頭は真っ白になっていた。


 風の刀身が胴に届く。

 その瞬間。


 ――加速上書き上書き上書き上書き。


 僕は腹を折りつつ後ろに倒れこみ、尻もちをつく。

 風の刀身は間一髪、加速空間の効果で止まっていた。


 ……違う、止まったんじゃなく、止められていた。

 寸止めだ。

 カナさんに害意はなかったらしい。


 じゃあ、もし切るつもりだったら?

 僕の《加速空間》は間に合っていない。

 その事実に背筋が凍り、自分の見通しの甘さに歯噛みする。


 ……これでも、脊髄反射で発動できるように練習してたんだけどね。

 僕はもう死にかけるわけにはいかないのに。

 何がいけなかったのか。

 気を緩めたことだ。

 常在戦場をいかないといけないのか?

 ……もっと人を疑うべきなのかもしれないね。

 

 そこまで考えて僕は溜め息をつく。


 まあ、タイミングからしてカナさんの奇襲もえげつなかったんだけどね。


「はぁ、反省終わり」 


 僕は起き上がり、元の位置まで戻ると、棒に流れる魔力を自分の圧縮した魔力で遮り、《加速空間》を解いた。

 維持できなくなった風の刀身が吹き荒れ、僕たちの髪を巻き上げたあと霧散する。


「……何をしたの?」


 カナさんは目を丸くしている。

 手の内を明かす気にはなれないので、僕ははぐらかす。


「なんでしょうね?」


 これにカナさんは訝しむのではなく、どうしてか満足そうに笑った。


「うん、良かった」

「良かった?」

「転生直後って、厭世的というか、自分の生死に拘りがなくなるのよね。危ない目にあっても警戒心が薄かったり、無茶したり。だからそうやって警戒して慎重になってるってことは、峠は越えているってこと。だから良かった」

「それを確かめるために?」

「あ、家を出た理由はこっちがメインじゃないんだけどね。こっちはついでというか。仲間に恵まれていたから、大丈夫な気はしてたし」

 

 ただ、まさかあれを処理されるとは思わなかったと、カナさんはちょっとだけ悔しそうに苦笑した。


「いえ……寸止めされなかったら間に合ってなかったです」

「いいのいいの、気にしないで。私のこれはあくまで護身用だから。勝てなくても問題なし」


 カナさんは自分に言い聞かせるように最後は呟いた。


「さて、確認したいのはね、ケイは仲間に自分の素性を明かしてるかどうかってこと」

「ああ、それですか。隠してないですよ」

「了解。それじゃあ戻ろっか」


 カナさんは豪快にニッと笑って、背中を向けた。

 それが強かに見えたのだろうか。

 二十歳ほどに思えるカナさんの容姿。

 そんなに年は離れていないはずなのに、人として随分と先を行っているように感じた。




 魔法の発動を悟って僕の心配をしていたニィをなだめたあと、カナさんの素性を明かしてもらい、これまでの経歴を聞いた。


 僕との相違点は、シア様のミスがなかったことだろう。

 アプトもギフトも、レベルはExではなく、4。

 転生先は、遠く離れた森の中ではなく、このカリオストロの町の中だったそうだ。


「その2ヶ月後に、魔物の大移動があったの。総数は100もなかったんだけど、その半数がA級だった」


 森から現れた魔物たちは、カリオストロの町を襲った。

 町には外壁があるものの、A級の魔物相手には厳しいそうだ。

 そこで迎撃に出る必要があるのだが、A級の魔物にはAランク冒険者のパーティで当たらなければ確実に倒せない。

 Sランク冒険者なら1対1で当たれるけど、鎧袖一触にはできず、時間が掛かるとのこと。

 当時はSランク冒険者がアレックスさんしかおらず、Aランク冒険者も十分な数がいなかった。


「Eランクだった私は、実力だけ見ればもっと上ってことで、戦闘に参加したの。そのときにノエルの魔剣と出会ったわけ」


 ノエルさんの魔剣は剣としての性能よりも魔法的機能に重きを置いた武器のようで、外観は剣に見えない。

 昨日の武具店でもそうだったし、さっきの棒もそうだった。

 今でこそノエルさんは著名な鍛冶師だが、カナさんがノエルさんの魔剣を使うまでは、その奇抜で斬新なフォルムから買い手がつかなかったそうだ。


「まあ、売れても使える人は少ないんだけどね」


 カナさんがノエルさんを見ながら言うと、ノエルさんは胸を張る。


「俺は最高の魔剣を作るまでだ」

「使い手がいなくても?」

「お前が使える」

「鍛冶師としては駄目なんだけどね、その発想」

 

 カナさんは呆れ顔だけど、最高の魔剣を追求する点では一致しているそうだ。

 その後にノエルさんの作品を見せてもらったとき、剣らしからぬそれらを熱心に語るノエルさんの横で、カナさんも熱心に使い勝手を語っていた。

 僕はそれを聞きながら、2人を鍛冶師と剣士ではなく、芸術家と収集家のようだと考えていた。

 その間パスクくんは、前衛的な絵を布切れに殴り書いていた。この子も将来は芸術家になるのだろうなと想像した。


 ニィも魔剣には興味があると見えて、自身の炎剣を僕の異空間から取り出して魔剣談義に花を咲かせていた。

 そこからは魔術回路の専門的な話になったので、ニィとノエルさんを工房に残して、僕とフマはカナさんの見守る中、パスクくんの遊び相手をしていた。

 パスクくんは、まけーまけーと言いながら僕とフマを追い回すという謎の遊びを披露してくれた。

 その謎の遊びはよく分からなかったけど、無邪気に笑いながらよたよた歩く様はとても可愛かった。





 昼食をごちそうになり、ニィがパスクくんと遊び、遊びつかれたのかパスクくんがお昼寝タイムを迎える。

 

「あの、その子守唄……」

「ごめんね、音痴なんだけどついつい。パーちゃんもこれで眠るもんだから」


 地味に精神攻撃になりうる破壊力だったけど、実は転生の代償らしい。

 その名も【音感欠如:4】。

 よく思いついたね。


「それが、前世で楽器の演奏の才能があったって聞いたから、それ繋がりで代償を考えちゃったのよ。ケイはどう?」

「僕は代償を考えるのに一苦労しましたね。チートできればなんでもいいや、なんて考えてましたけど」


 思い返せばはっちゃけてたね。

 は、恥ずかしい。


「さて、あまり長居しても迷惑だからそろそろ行くさ」

「ん、そうだね」 


 僕たちは別れの挨拶を交わしてカナさんとノエルさんの家をお暇した。


 町の南口へと向かいつつ、雑談をする。


「パスクくん、可愛かったね。そういえばカナさんはニィと同い年っぽかったけど、ニィは子供はほしいと思う?」

「ええ、ほしいわ」


 平静を装いつつフランクに尋ねたのだけど、ニィからは真剣な眼差しを返されてしまう。

 押し負けて僕はくらりとふらついた。


「そ、その、少なくとも落ち着いてからじゃないとね。旅の最中は厳しいですから」


 なぜか敬語になる僕。


「うん、分かってる。魔国に戻ってからよね」


 期待に弾む声でニィが今後の進路を決定する。

 それは各地を巡りつつ、魔国を目指すルートと相成った。


「あー、宿でやるときはオレに声を」

「やらないから!」


 フマに最後まで言わせず言い返すと、ニィが絶望したとばかりに声を漏らす。


「え……」

「嫌って意味じゃないから! むしろやりた――って往来の真ん中で言えないから!」

「大丈夫さ。ケイの声は誰にも気付かれない」

「そういう問題じゃない!」


 僕は全力で反応しつつ、意識の片隅で警戒の糸を張り続けていた。 

 それが、カナさんとのやり取りで得た教訓だった。

 願わくば、この教訓が生かされることのなきように。


 まあ、それはそれとして。

 こうして、濃い日々を過ごしたカリオストロの町を僕たちは旅立った。


彼らの旅はこれからも続いていくのであった。完。


嘘です。まだまだ続きます。


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