63話 その神の名は(2)
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「っ――……嫌ぁあああああッ!」
硬直、そして絶叫。
ニィナリアの柳眉が絶望に歪み、赤い瞳がすがりつくように周りに向けられる。
「早く、早く、私をケーィのところに!」
「おいッ、治療だ! ケイのところに移動させろ!」
ニィナリアとグレッグが全員の顔を見渡していく。
しかし、応える者は誰もない。
「ねぇ!? 早く! ケーィが死んじゃうッ!」
「おいッ、移動させられるやつは誰だ!?」
グレッグが憤怒の形相で手近にいたスイシアに迫った。
しかしスイシアは、困惑の表情を浮かべるのみ。
「あそこはヒュピの神世界だから、ヒュピが招待するはずなんだけど……」
スイシアの黒目が一つのソファに向けられる。
ふかふかのそこには、体を丸めて眠りこける桃髪の幼女。
「寝てるじゃねえか!」
「いや、ヒュピは寝ていても動けるんだ。さっきだってケイニーをあっちに転移させていたでしょ?」
「じゃあなんで俺たちを転移させない!?」
「それは……分からない。何か考えがあるのかも……」
スイシアとグレッグの会話を聞いていたニィナリアは、一瞬でヒュピのもとへと移動すると、ヒュピを揺さぶり起こそうとする。
だが、すり抜けた。
ヒュピは実体化を解き、魔力体に戻ったのだ。
ニィナリアはカッと目を見開く。
「どうして!? 早く移動させなさい! 起きなさい! 話を聞きなさい!」
「すぴー、すぴー」
『起きなさい』
ニィナリアは魔王の言葉を使った。
脳を揺らし、被支配欲を抱かせる甘美なる声。
聞いてしまったグレッグとアレックス、それからフマは、意識がぐらつくのを感じる。
しかし、ギフト【王者:4】と表されるその力は、神には通じない。
なぜなら、神は【王者:5】以上を有しているのだから。
「どうして!? お願いだからッ、ケーィのところに移動させて!」
ニィナリアは魔王の魔力を解放し、ヒュピに叩きつける。
しかしヒュピの魔力量には遠く及ばず、弾き返されるだけに終わる。
ヒュピが攻撃される様子を目にしたスイシアは、視界が一瞬揺らぐも、すぐに治り、首をひねる。
それでスイッチが入ったのだが、判明するのはまだ先のことである。
一方、グレッグ、アレックス、フマの3名は膝をつかされていた。
「おい……なんだ、これは……!?」
「高位四家の当主レベル……いえ……それ以上……」
「ちょっと、ニィナ! 抑えるさ! オレたちを殺す気さ!?」
魔人の魔力になら耐えられる3人であるが、規格外の魔王の魔力には耐えられるはずもない。
体がみるみる衰弱していく。
ただし、ヒュピ、スイシア、リーガル、ヤック、ルエの5名は、こたえた様子がなかった。
理由は単純明快、神の魔力がそれ以上だからだ。
「ごめんなさい」魔力を抑えるニィナリア。「でもケーィが!」
「ニィナ、落ち着くさ」動けるようになったフマが、ニィナリアのもとへと飛んでいく。「向こうにいた男が、ケイを治療したさ。もう大丈夫さ」
「でもっ! ケーィの傍に行かせて! ケーィの容態を見ないと!」
「いいから落ち着くさ。ヒュピも何か考えがあってオレたちを移動させないんさ。ここは待つのがいいさ」
「嫌! ケーィの傍に行かせて! お願い! 私を向こうに行かせて!」
「……もう、うるさい。落ち着けば?」
不思議なほどによく通る、囁くようなかすれた声。
瞬間、その場にいた全員が倒れ込んだ。
――長老会で、ヴェロニカさんを――いえ、スイシアさんを殺しますよ。
モニターから流れた不穏な発言を、誰もが聞き逃す。
それどころではなかった。
まるで、自殺に踏み切ろうとして二の足を踏んだかのよう。
自分というものがなかったことになる怯え。
積み上げたものが無に帰する恐怖。
一寸先に、死という自我の虚無が待ち受けている感覚。
心にぬくもりを感じない。
ああ、自分は死んでいくんだ。
それは、死への誘導。
紛れもなく、死の神ルエの能力である。
ヒュピも例外ではない。
悪夢にうなされるように、幼い寝顔を見せたままうんうんうなる。
ただ、そのせいでヒュピの自己防衛機能が発動した。
次の瞬間、全員の意識がまどろみに侵される。
1秒後、そこに意識を保っている者はいなかった。
強制睡眠。
眠りの神ヒュピの能力である。
「すぴー、すぴー」
寝静まった会場。
ルエですら、抗えず眠っている。
このまま放っておけば、彼らは半日は眠り続けただろう。
しかし、起こされればすぐにでも目を覚ます。
幸いにも、メロウたちがヒュピの神世界から帰ってきたのは、数分後のことだった。
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