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63話 その神の名は(2)



 ****



「っ――……嫌ぁあああああッ!」


 硬直、そして絶叫。

 ニィナリアの柳眉が絶望に歪み、赤い瞳がすがりつくように周りに向けられる。


「早く、早く、私をケーィのところに!」

「おいッ、治療だ! ケイのところに移動させろ!」


 ニィナリアとグレッグが全員の顔を見渡していく。

 しかし、応える者は誰もない。


「ねぇ!? 早く! ケーィが死んじゃうッ!」

「おいッ、移動させられるやつは誰だ!?」


 グレッグが憤怒の形相で手近にいたスイシアに迫った。

 しかしスイシアは、困惑の表情を浮かべるのみ。


「あそこはヒュピの神世界だから、ヒュピが招待するはずなんだけど……」


 スイシアの黒目が一つのソファに向けられる。

 ふかふかのそこには、体を丸めて眠りこける桃髪の幼女。

 

「寝てるじゃねえか!」

「いや、ヒュピは寝ていても動けるんだ。さっきだってケイニーをあっちに転移させていたでしょ?」

「じゃあなんで俺たちを転移させない!?」

「それは……分からない。何か考えがあるのかも……」


 スイシアとグレッグの会話を聞いていたニィナリアは、一瞬でヒュピのもとへと移動すると、ヒュピを揺さぶり起こそうとする。

 だが、すり抜けた。

 ヒュピは実体化を解き、魔力体に戻ったのだ。

 ニィナリアはカッと目を見開く。


「どうして!? 早く移動させなさい! 起きなさい! 話を聞きなさい!」

「すぴー、すぴー」

『起きなさい』


 ニィナリアは魔王の言葉を使った。

 脳を揺らし、被支配欲を抱かせる甘美なる声。

 聞いてしまったグレッグとアレックス、それからフマは、意識がぐらつくのを感じる。

 

 しかし、ギフト【王者:4】と表されるその力は、神には通じない。

 なぜなら、神は【王者:5】以上を有しているのだから。


「どうして!? お願いだからッ、ケーィのところに移動させて!」


 ニィナリアは魔王の魔力を解放し、ヒュピに叩きつける。

 しかしヒュピの魔力量には遠く及ばず、弾き返されるだけに終わる。


 ヒュピが攻撃される様子を目にしたスイシアは、視界が一瞬揺らぐも、すぐに治り、首をひねる。

 それでスイッチが入ったのだが、判明するのはまだ先のことである。


 一方、グレッグ、アレックス、フマの3名は膝をつかされていた。


「おい……なんだ、これは……!?」

「高位四家の当主レベル……いえ……それ以上……」

「ちょっと、ニィナ! 抑えるさ! オレたちを殺す気さ!?」


 魔人の魔力になら耐えられる3人であるが、規格外の魔王の魔力には耐えられるはずもない。

 体がみるみる衰弱していく。

 ただし、ヒュピ、スイシア、リーガル、ヤック、ルエの5名は、こたえた様子がなかった。

 理由は単純明快、神の魔力がそれ以上だからだ。


「ごめんなさい」魔力を抑えるニィナリア。「でもケーィが!」

「ニィナ、落ち着くさ」動けるようになったフマが、ニィナリアのもとへと飛んでいく。「向こうにいた男が、ケイを治療したさ。もう大丈夫さ」

「でもっ! ケーィの傍に行かせて! ケーィの容態を見ないと!」

「いいから落ち着くさ。ヒュピも何か考えがあってオレたちを移動させないんさ。ここは待つのがいいさ」

「嫌! ケーィの傍に行かせて! お願い! 私を向こうに行かせて!」

「……もう、うるさい。落ち着けば?」


 不思議なほどによく通る、囁くようなかすれた声。

 瞬間、その場にいた全員が倒れ込んだ。 


 ――長老会で、ヴェロニカさんを――いえ、スイシアさんを殺しますよ。


 モニターから流れた不穏な発言を、誰もが聞き逃す。

 それどころではなかった。

 まるで、自殺に踏み切ろうとして二の足を踏んだかのよう。

 自分というものがなかったことになる怯え。

 積み上げたものが無に帰する恐怖。

 一寸先に、死という自我の虚無が待ち受けている感覚。 

 心にぬくもりを感じない。

 ああ、自分は死んでいくんだ。


 それは、死への誘導。

 紛れもなく、死の神ルエの能力である。


 ヒュピも例外ではない。

 悪夢にうなされるように、幼い寝顔を見せたままうんうんうなる。


 ただ、そのせいでヒュピの自己防衛機能が発動した。

 次の瞬間、全員の意識がまどろみに侵される。

 1秒後、そこに意識を保っている者はいなかった。


 強制睡眠。


 眠りの神ヒュピの能力である。

 

「すぴー、すぴー」


 寝静まった会場。

 ルエですら、抗えず眠っている。


 このまま放っておけば、彼らは半日は眠り続けただろう。

 しかし、起こされればすぐにでも目を覚ます。

 

 幸いにも、メロウたちがヒュピの神世界から帰ってきたのは、数分後のことだった。



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みなさま、ありがとうございます!


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