61話 神候補佐々倉啓 vs 剣の神ケイニー(7)
闇の中。
体に力が入らない。
横向きに倒れた僕は、起き上がれない。
大剣は腹部に刺さったまま。
致命傷が、他人事のように感じられる。
とうとう、まぶたを持ち上げていられなくなった。
意識が、遠のいていく……。
二度寝にも似たまどろみ――。
甘美なる永遠の眠り。
僕は全てを委ねるように、最後の緊張の糸を緩めようとした。
そのときだった。
――ふいに、ニィの嗚咽する姿が脳裏に浮かんだ。
「っ……」
冷水を浴びせられたようだった。
僕はすんでのところで、意識をひしと掴みなおす。
「……死ね、ない」
僕が死んだら、ニィを泣かせてしまう。
「そん、な……のは、嫌、だ……」
リーガルさんとの戦いの後も、ルエに狂わされたときも、僕はニィを泣かせてしまったんだ。
もう、僕はニィを悲しませたくはない。
震えるニィの小さな体を抱きしめながら、何度もそうやって心に誓ったんだ。
僕はこんなところで、寝ている場合じゃない。
「……早く」
早く、僕が死ぬ前に。
この勝負を終わらせよう。
「……早く、早く、早く」
時間を、加速させて。
とっととこのどうでもいい勝負を終わらせて、ニィを安心させてやるんだ。
「……いくよ」
僕は、実体化を発動させた。
――加速空間、10倍。
……それだけで足りるのか?
いいや、それだけじゃ、足りないね。
もっと、加速を。
「……」
――上書き、加速空間、10倍。
体に連結。
《加速空間》の重ねがけにより、時間の流れ100倍。
「……ニィ」
次の瞬間、僕はケイニーの上方に転移した。
大気を水平に固定し、その場に倒れこむ。
――さらに上書き、加速空間、10倍。
僕は二度目の重ねがけをしてから、動きの止まった世界で、魔力を操る。
光だけがゆっくりと動くなか、暗闇の中を魔力感知で探り、僕はケイニーを捕捉した。
――転送。
人形のように動かなくなったケイニーを、僕は魔力で包み込むと、異空間へと送り込む。
――加速空間、解除。
途端、世界が動き出す。
「……ニィ」
腕を持ち上げようとするも、ピクリとも動かせない。
「僕、は……ぶ、じ、に……」
そこで、意識が途切れた。
……。
……。
気付けば、僕は野花の咲き乱れる草原に立っていた。
周囲には地平線しかなく、空には寂しそうな青。
風に揺れる草原が、何かを待っているように感じられた。
「……あれ?」
ここは、天国じゃないよね?
僕は自分の体を見下ろす。
無事だ。
大剣も刺さっていない。
「生きてる。……うん、生きてるね」
僕は草原を見回す。
ここはどこだろう?
魔力感知で、何かないか探る。
背後に反応があった。
「うわ!?」
振り向けば、幼い女の子が立っていた。
「ケイ……?」
9歳ほどの、年端のいかない女の子。
桃色の巻き髪。
丸みを残した輪郭。
怯えたような上目遣いと、身を守るように組まれた両手。
見たこともない子だ。
「あれ? 僕のこと知ってるの?」
今、僕の名前を呼んだよね?
女の子は、僕の言葉に身を縮めながら、尻すぼみの声で言う。
「ケイニーと、戦った……」
「え? あ、うん、そうだね」
「あなたは……死にたくなったの……?」
「……え?」
誰よりも小さいだろうその女の子は。
誰よりも怯えた目で、誰よりも似つかわしくない言葉を喋った。
「生きるのが……嫌になったの……?」
僕は、すぐさま否定できたはずなのに、なんて返せばいいのか迷ってしまった。
風が、女の子の儚げな桃髪を揺らした。
す、少なめですよ……。




