45話 剣の神ケイニーの問答
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13歳ほどの少年。
まだ幼さの残る身体で、2メートル超えの大剣をぶんぶんと振り回しているさまは、異様だ。
普通は持ち上げることすら叶わないそれを、少年は、大剣に身体を持っていかれることなく振り回している。
それこそ、木の枝か何かのように。
ニィナリアは、ケイニーと名乗った少年の猛攻を、逃げに徹することでなんとか回避していた。
その際、フランベルジュで受け流すこともできていない。
一合だけ剣を合わせたことがあったが、ケイニーの軽々とした振り方が嘘のように、大剣にはそれに見合った重量があった。
神速の振りに、圧倒的重量、そしてさらに、ケイニーの剣筋はアレックスの槍以上に鋭い。
受け流そうとしたときには、ニィナリアの矮躯は10メートルほど吹っ飛んでおり、両手の痺れからしばらく剣を振ることもできないほどだった。
現在は、速力任せの無茶な回避を続けている。
ただ、それが続けられるのは、ケイニーが手加減をしているからだとニィナリアは理解していた。
それほどまでに、彼我に力量差があった。
槍術士最強のアレックスと対等にやり合えたニィナリアが、一方的にやられているのは不可解に思える。
しかしその答えは、ケイニーの口から話されていた。
「ご存じのとおり、俺は、剣の神だ」
なんてことはない、アレックスは人間の中で最強だが、神の世界ではそうではなかったというだけの話だった。
ケイニーは続けて言う。
「これはじゃれ合いみたいなもんだから、安心しな、殺す気はねえ」
大剣による袈裟切りを屈んで避け、間をおかずに振るわれる大剣による足払いを足だけ上げて避け、続いて胴を狙った横薙ぎを這うようにして避け……。
喋りながらにもかかわらずケイニーの繰り出す大剣は凶悪で、ニィナリアの1センチ先には死が控えている。
これがじゃれ合いなのか? と疑問に思う余裕すらニィナリアにはない。
「殺す気はない」というただその一言のみ、かろうじて意識に上ったぐらいだ。
「あっちの槍使いは、槍の神、ヤックだ。俺の弟分みたいなやつだから、よろしくな」
「……ッ、ッ」
5連薙ぎをぎりぎりで回避するニィナリアに、返答する暇はない。
「たはは、会話が成立しねえか。しょうがねえ、ほら、これならどうだ?」
ケイニーの攻撃の手が、少しだけ緩む。
とはいえそれでも即死級の一撃ばかりだが、速度が落ちた分、かろうじてニィナリアに話す時間ができる。
それを見取って、ケイニーは言う。
「聞きてえことがあるんだよ。リーガルの兄貴がどっか行っちまってさあ。それの情報を探してんだ」
「……それ、で?」
なおも回避を強制させられるニィナリア。
長く喋ることはできそうになかった。
「最近リーガルの魔脈に向かったのは、あんたらしかいねえみたいなんだけどよ。なんか、知ってることはあるだろ?」
「……ない、わ」
「まったく?」
「……ええ」
「本当に?」
「ええ、ほん、とうよ」
切羽詰まった表情のニィナリアを、ケイニーはしばらく眺めて、ふいに大剣を止める。
「そうか。じゃあ、他のヤツに聞くかね」
言い終えるや、ケイニーは佐々倉啓のもとへと走り出す。
アレックスと矛を交えていたヤックも、それを見て追従する。
自分が行っても足手まといにしかならないと自覚はしていたが、ニィナリアも2人の後を追わないではいられなかった。
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「ん? こっちに来ましたよ?」
「構えとけ。襲われるぞ」
ニィ、アレックスさんとそれぞれ戦っていた2人の少年が、こちらへと向かってきている。
フマと僕が魔力障壁を張り、グレッグさんは剣を構える。
2人の神様が到着する直前、ニィが先にやってきて、僕の隣で剣を構えた。
僕らが会話をする暇もなく、ケイニーとヤックが武器を繰り出す。
「《固定》」
2人の前に魔力の壁を張り、その空間を固定する。
そこにケイニーの大剣とヤックの長槍が打ち付けられる。
2人の武器が、固定された大気にめり込む。
「……止めやがったか」
ケイニーの口端がにやりと吊りあがった。
なんと、固定された大気は、完全に破れることなく、大剣と長槍を途中で止めていた。耐えられるとは思っていなかったため、僕も内心驚いた。
なにはともあれ、これで2人の武器は使い物にならなくなった。
そう思ったとき、2人の武器が魔力になった。
魔力は2人の手元へと帰っていき、そこに再度、武器が現れる。
……実体化じゃん。
うんざりしている暇もなく、僕を唐竹割りにするように大剣が振り下ろされる。
「《接続》」
途端、僕の全身をゲートが包み、目の前が真っ暗になる。
「《連結》」
ゲートの覆いを、僕の身体に固定した。
同時に、外に小さい聞き取り穴をゲートで作り、異空間を経由して僕の耳へと繋いでおく。これで会話ができる。
視界は確保できないけど、魔力感知で相手の位置は分かるから、問題はない。
どうやらケイニーが僕めがけて大剣を何度も振り下ろしているようだけど、ことごとくゲートに飲み込まれ、地面へと叩きつけられている。
「反則くさい魔法だなあ」
「神様の存在のほうが、よっぽど反則だと思うけど」
ケイニーは軽く笑って、本題を言う。
「リーガルの兄貴がいなくなったんだけどよ、何か知ってるだろ?」
「……いや、知らないね」
「最後に会ったのはあんたたちだ、何か変わったこととかなかったか?」
「僕は初めてリーガルに会ったから、普段と違うところは分からないね」
心臓をバクバク言わせながら、僕は何気ない風を装って嘘を重ねた。
「そうか。じゃあ、最後は妖精だな」
そう言うや、ケイニーはフマのもとへと向かっていった。
僕はゲートの覆いを解く。
フマはというと、実体化を解いて、魔力体で大剣を避けているようだ。
そうこうしているうちに、問答も終わるだろう。
どうやらケイニーは、僕たちが何かをしたとは思っていないらしい。
この場を切り抜けられそうなことに、僕は深く安堵した。




