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15話 村での日常



 ****


 その日の夜。


 アイル村の冒険者ギルド長ザックは、蝋燭の明かりのもとで、手紙をしたためていた。

 その手紙は最寄町カリオストロの、冒険者ギルド長へと宛てたもの。

 内容としては、アイル村の避難民の受け入れ申請の取り消し、そして、事件の経緯説明である。

 なお、受け入れ先であるカリオストロの領主には、「冒険者ギルド」として、カリオストロのギルド長から報告が上がるだろう。


 ザックは羽根ペンを置き、最後に内容のチェックを行う。


「……こんなもん、誰が信じるかよ」


 事件の経緯。

 そこには、以下の内容が書かれている。


 アイル村の近郊で、S級に匹敵する魔力を二つ補足したこと。

 即座にアイル村に避難命令を発令したこと。

 Cランク以上の冒険者のみ居残り、村の防衛に当たったこと。

 二つの魔力が森の中で戦闘に入り、その後消失したこと。

 クラス(役割)「隠密」の冒険者4名に、調査に行かせたこと。

 二つの魔力に関する情報は得られなかったが、その帰り、A級の魔物「ヴェズルフェルニル」とA級相当の魔人を目撃したこと。

 それらの魔物と魔人が、すぐに引き上げたこと。

 調査隊とは別に、妖精と少女が森から村に現れたこと。

 妖精の供述によれば、実は二つの魔力のうち、一つがその妖精であったこと。

 もう一つの魔力の持ち主に()()()()()()()のが、()()()()()()()()こと。


「S級の魔力。A級の魔物。A級相当の魔人。手紙だけじゃ、信じられないな。……やっぱり、当事者には説明に行ってもらうしかないか」


 ザックは、溜め息をついた。


「いったい何が起きてんだか」


 情報不足のため、一連の流れをザックが理解することはない。

 神代魔法の件も、魔王の件も、彼は知らない。

 A級以上の強者たちが、まるでそこらのスライムやアンデッドのように、次々と現れたようにしか見えないのだ。


 その不可解で手に負えない現象に、ザックはまた、溜め息をついた。




 ****




 その日の夕方。


 僕たち3人は、戦士風の中年男と、老いてやせている村長に、冒険者ギルドまで同行させられ、情報提供を求められた。

 戦士風の男は、この村の冒険者ギルド長だった。

 名は、ザックさん。

 僕はわざわざ姿を見せるのも面倒だったので、というか僕が出ると、伏せなければならない事実が増えて経緯説明がややこしくなりそうだったので、僕は何もしないまま、説明はフマに丸投げした。


 フマは事実のほとんどを隠し、一部嘘を混ぜ、一部真実を話した。

 隠したのは、ニィが魔人であることと、僕の存在。それと、キーグリッドの目的や、魔王捜索隊との関わり。

 嘘は、ニィがキーグリッドにさらわれていたこと。

 真実は、フマとキーグリッドが戦ったこと。


 魔人と人間は敵対しているらしく、ニィはただの少女ということで通した。

 そうなると魔王捜索の件はまるまる隠さなければならない。

 しかしニィがまるっきりの無関係とするには、状況が怪しすぎる。

 ニィの身元も不明となるから、さらわれてきたとしたほうが、都合が良かった。

 なお、さらわれた理由は、美少女だったからということにした。

 それに対してザックさんと村長は少しも疑う素振りを見せず、僕は恐ろしいと思った。

 美少女だから誘拐される。

 このことが珍しくないことを示していたから。


 最初、フマがキーグリッドと戦ったことを伝えても信じてもらえなかったけど、フマが魔力を開放すると、あちらの態度が改まった。

 ただ、フマの魔力に当てられた冒険者たちが外でパニックを起こしたため、話を一時中断して収拾にあたる羽目になった。


 諸々の説明が終わると、キーグリッドの脅威が去ったということで、村の警戒体制が解除された。

 同時に、村人の避難も取り消しとなり、急遽避難民を呼び戻すために早馬が出された。

 明日の昼過ぎには避難民が戻ってくるだろうとのことだ。


 宿は取れなかったため、村長の家の客室を借りることとなった。

 というのも、宿の運営者のほとんどが避難していたためだ。

 村に残った冒険者の中には、野宿する者もいるらしい。

 そういう意味では僕らはラッキーだろう。

 キーグリッドを撤退させたフマの功労に感謝したい。


 ……とはいえ、僕の姿は見せていなかったので、借りた客室は一室のみ。ニィとフマが一緒の部屋だ。

 当然、男女を分けるためにもう一室借りることなどできない。

 

 野宿でもいいか。

 他の冒険者に教わる良い機会だし。

 

 そう思った僕は、必死に引きとめようとするニィに説得を試みた。


「そんなの、駄目! 《身体強化(フィーズ・フォルス)――4(フォール)》」


 あろうことかニィは、実力行使に訴えてきた。

 僕に抱きついた状態から、僕の体を持ち上げると、そのままベッドに押し倒す。

 あまりの膂力に、僕は襲われるかと気が気じゃない。


「《転移》」


 ニィに僕の圧縮した魔力を封じる術はなく、僕は客室の外へと逃げる。


「ケーィ! 待って!」


 尋常じゃない速力で追いかけてくるので、僕は村の中を転移して逃げ回る。

 隠れ鬼ごっこみたいなことを1時間ほどやって、とうとう僕は魔力切れした。

 僕はニィに抱きつかれた後、どうして野宿がいけないかと理由を尋ねてみる。


「野宿の方法なら、フーマに聞いたらいいわ。それに教わるときは、私はケーィと一緒に教わりたいの」

「……でも、客室のベッドは一つしかないし……」

「ケーィは、私と一緒に寝るのが嫌なの……?」


 本気で不安そうに聞いてくるので、僕は途端に断りきれなくなる。


「えっと、嫌ってわけじゃなくてね。男女が一緒にってのは……」

「それの何が問題なの?」

「いや、例えば僕がニィを襲うとか」

「え? ……えっと」


 ニィは俯く。

 僕は説得が成功しそうだと油断した。


「……いいよ。ケーィなら」


 羞恥なのか、ニィは頬を染めて、甘い声で小さく漏らした。

 僕は一瞬で顔が火照ってしまい、ばっと背ける。


 ……耐えろ。耐えろ僕。

 まだ告白の返事すら決まってないんだ。

 

「……駄目だよ。そんなこと言っちゃ。そういうのは、付き合っている人にしか言っちゃ駄目だ」

「……じゃあ、言わないから一緒に寝てくれる?」

「…………」


 僕は冷静じゃないのかもしれない。言い返すべき言葉が見つからない。

 だからといって、ニィのお願いを聞くわけにもいかない。

 ニィは問題ないかもしれないけど、僕が駄目なんだ。

 あまりにも辛すぎる。

 我慢はできると思うけど……いや、どうだろう。


「やっぱり駄目だよ」

「それは、どうして?」

「……」

「嫌……なの?」

「嫌じゃ、ないけど」

「じゃあ、どうして?」


 ああもう! なにこの問答!

 嫌じゃないから駄目なのに!


「……フマ」

「え?」

「フマとの3人なら、いいよ」


 困ったときの、フマ頼みだね!


「……分かった」


 渋々といったていで、ニィは納得してくれた。


 その後、僕とニィは、遅めの夕食を取る。

 場所は村で一番大きな食堂だ。

 フマはいない。

 フマはもともとが魔力の体なので、食事を取る必要はなく、むしろ魔力を吸収するために森の中へと行ってしまった。

 食事を取らないなら仕方ない。

 その考えが甘かった。

 フマについてきてもらっていれば、大ごとにならずに済んだかもしれない。


 時間にして20時頃だろうか。

 僕とニィが食堂に来ると、中は冒険者でごった返していた。

 誰も彼もが麦酒をあおっている。

 僕らは隅のほうに席を見つけ、そこに座った。

 食事を注文して店員さんが去る。

 すると、顔を赤くした酔っ払い2人が寄ってきた。


「おう、お嬢ちゃんっ、こ、こっちで一緒に食べないか?」

「そうそう、にゃんなら、ごほん! なんならおごるぜ?」


 男の2人だが、どちらもちょっと緊張気味だ。

 ニィの容姿に気負ってしまうのだろう。

 

 それにしても、僕は無用心だったね。

 僕が見えていないだろうから、ニィは一人に映るだろう。

 美少女が一人で食事に来ていて、ナンパされないわけがなかった。


 僕は2人の肩を叩く。


「ぅおう!?」

「ひゃあ!?」

「驚かせてすみません。……2人で食事がしたいので、お構いなく」


 僕は毎度の儀式を行った後、2人を追い払おうとする。

 が、酒のせいか、ニィの容姿のせいか、彼らは諦めが悪かった。

 しかも僕は舐められているらしく、僕を相手にした途端彼らが余裕の表情を見せる。


「おうおう、こんなひょろっちいやつじゃ、頼りないなぁ。そっちに前衛がいねえじゃねえか」

「そうそう、お嬢ちゃん、うちらのほうがいいぜ? 俺もこいつも前衛だ。バランス的にも、こっちに乗り換えなよ」

 

 向こうの認識では、僕とニィが魔法使いで、どちらも後衛だと思っているのだろう。

 それは間違ってはいないから、訂正はしない。一応ニィは前衛もできるらしいけどね。

 しかしそうなると、向こうの言い分で否定できるところがない。

 うーん、どうしよう。


「ケーィ」


 ニィに呼ばれて顔を向けると、なんか拳を握り締めてエールを送ってくる。

 いや、そんなキラキラした目を向けられても。


「えっと、うちには他にも仲間がいますし、ご心配には及びませんので」 


 僕はあくまで穏便に済ませようとする。

 しかし相手が悪かった。


「よし、坊主、勝負しようや。男としてお嬢ちゃんを守れるか試してやる!」

「……いや、本当に結構ですんで」

「これはお嬢ちゃんのためだ。坊主に拒否権はない!」


 僕はニィに視線を向ける。

 ……うん、拳をぐっと見せないでいいからね。

 

「あの、僕たちは食事がしたいんですけど」

「表へ出るぞ坊主。お嬢ちゃんは審判だ!」


 どういうつもりかニィがノリノリで男2人についていってしまうので、僕は渋々追いかけるしかない。

 仕方がないので僕は勝負を言い出した男の相手をする。


 すると、僕らのことを遠巻きに眺めていたのだろう冒険者達が、ぞろぞろ食堂から出てくる、出てくる。

 瞬く間に、ギャラリーが大勢できてしまった。

 しかし彼らは一様に、釈然としない表情をしている。


 僕は男と対峙しながら、さもありなんと納得する。

 僕の姿は彼らには見えていない。

 男が一人相撲を取っているようにしか映らないのだ。

 しかしニィの態度から、男一人がおかしいわけではないらしいと察する。

 だから釈然としない、というわけだ。


 さて、衆人のもと、ニィの掛け声により勝負が開始される。

 僕はニィの期待に沿うかのように、開始早々の《固定》で男の喉を覆って降参を促す。

 男は何が起こっているかも分からないまま、窒息する前に負けを認めた。


 すると今度は、相方らしいもう一人の男が名乗り出てくる。

 が、同様の戦術で圧勝させてもらう。


 これで終わりかと思いきや、今度はギャラリーの中から別の男がやってくる。

 どうやら負けた男から事情を聞き、見えない僕と勝負したいらしい。


 僕としては見えないなら相手にする気はゼロなんだけど、ニィのほうがやる気で、僕と男を戦わせようとする。


「ちょっと待って、ニィ。これじゃ切りがないって」

「でも、私が一人に見えているから、結局はまた声をかけられると思うの」

「……」


 忘れてた。僕がここで引き上げたとして、今度は別の男がニィを誘いに来るに違いない。

 それを阻むには僕の存在を教える必要があって、そうなると勝負になる可能性は高い。

 ならば、ここで勝負を受けたほうがいいということだ。


「……分かったよ」


 僕は新たなる挑戦者に僕のことを認識させ、戦い、勝利する。

 するとまた、新たなる挑戦者が。

 ……以降、これの繰り返し。

 酒のせいか、みんな同じ負け方をしている。

 一応僕の魔法を振り切ろうと、開始直後に駆け出そうとするんだけど、その瞬間に僕の魔法は発動するので、結末は変わらない。


 ……結局、意味が分からないことに100人抜きをする羽目となった。


 その頃には2時間たっていて、ニィはずっと飽きもせず審判していた。

 しかし暇を見つけてはニィは串焼きを食べていて、腹ペコの僕とは違い満腹だろう。


 食堂に戻ると、僕とニィは戦った冒険者に囲まれて、がやがやと騒がれた。

 どこから来たのかとか、どういう魔法を使ったのかとか、質問攻めにされて、僕はなかなか食事が進まなかった。

 飢えがひどくてとりあえず食べたかったので、質問の矛先をニィに変更させたら、ニィは魔王城での浮世離れした話を始めてしまう。

 冒険者たちとの認識が噛み合わなくなったところで、ばれたらまずいとこちらから向こうに質問を投げる。

 それからは、どんな珍しい魔物と戦ったとか、ピンチをどうやって切り抜けたかとか、面白い話を聞くことができた。

 初めからこうしていれば良かった。


 あと、教訓。今度からフマも連れて来よう。ニィと僕だけじゃ迂闊に出歩けない。

 

 くたくたになって(主に僕だけ)村長宅に帰ってくると、フマが待ちくたびれていた。


「遅いさ! どこ行ってたさ!」

「えっと、食堂だけど」

「食事だけで3時間もかからないさ!」

「それがね……」


 僕はフマにいきさつを話し、今度からフマもついてきてほしいと頼みこむ。


「分かったさ。でも、本来ならニィナが相手をすればいいことは分かってるさ?」

「……あ」


 そうか。僕が相手をしたからいけなかったんだ。

 ニィが自分で力を示せば、もっと分かりやすかった。


「まあ、ニィナに噂が立つと、それはそれでややこしくなりそうさ。だからこれからはオレも行くさ」


 こうして、とりあえず話はまとまった。


 そして本日最後の仕事に取り掛かる。


「フマ。風呂ってあるの?」

「高級な宿にはあるさ。でも、ここにはないさ。普通は汗を流して終わりさ」

「それは、どうやって?」

「魔法を使うさ」


 フマには僕が記憶喪失で常識を失っていると話しているので、当たり前のことでも訝しむことなく教えてくれる。

 ここで嫌な顔をしないのが、フマのいいところだろう。


「こうやるさ。《(ウォード)》」

 

 フマの目の前に、コップ一杯程度の水が現れる。

 それから、フマの服が消える。

 途端に、女の子の裸が目に飛び込んできた。


「ちょ、ちょっと、フマ!?」


 僕は慌てて視線を逸らす。

 30センチほどの体とはいえ、女児というよりは少女の体つきだった。


「……ケイ。そういう反応をされるとオレが困るんだが」


 フマは特に気にしたふうもなく言う。しいて言えば、やりづらいといった程度。


「フマは、恥ずかしくないわけ?」

「オレにとっては作り物の体さ。オレの本体は魔力のほうだからな」


 妖精は魔力から生まれると言っていたけど、魔力から生き物になるのではないのかもしれない。


「もしかして、擬態みたいなもん?」

「それに近いさ」


 厳密には違うということか。よく分からない。


「……でも、だからって急に裸になるのは」

「オレは気にしないさ」


 いや、僕が気にするんで。


 ただ、フマは頓着していないので、僕は目線を戻すことにした。

 別に、じろじろ見なければいいんじゃないかな。


「説明に戻るさ。魔法で水を出した後は――」


 フマは水を操り、自分の体に纏わせる。


「――こうやって汗を吸い取らせて、捨てるさ」


 そう言って、水を体から離す。

 水を操っているためか、フマの体は濡れていなかった。


 使った水は窓から外に捨て、フマは服を出現させる。


「……その服ってどうなってんの?」


 まるで魔法を使っているように消えたり現れたりしている。


「これもオレの魔力さ。魔力を実体化させているさ」 


 あ、なるほど。消すときは魔力に戻しているのか。


「なんとも便利だね。……それで、僕は外で洗ってこようと思うんだけど、水を出す魔法教えて」

「呪文は(ウォード)。水をイメージするだけでいいさ」

「なるほど。……(ウォード)


 僕は言われた通りにやってみた。

 ……何も起こらない。

 あ。


「ごめん、フマ。魔法使えないんだった」

「何言ってるさ。才能がなくても、雨粒サイズの水は出せるさ」

「いや、そうじゃないんだ。僕のギフトに【不器用】ってのがあって、空間魔法以外の魔法が一切使えないんだ」


 そう、僕は空間魔法しか使えない。

 これは代償だ。シア様から才能を授かるために、僕はこの条件を提案した。


「……そんなの、聞いたことないさ」

「それじゃあ確認する?」

「いや、いいさ」


 僕はギルドカードを取り出そうとして、フマに止められる。


「別に疑うわけじゃないさ。ただ、初めて聞いたってだけで。ケイは俺が洗ってやるさ」

「え、それは……」


 うーん、フマは女の子だけど、性のある生き物じゃないみたいだし、いいのかな?


 僕はそう考えて、フマの提案を受け入れようとする。

 だが、ニィが黙っていなかった。


「その役目は私がする」

「いやっ、ちょっと、それは勘弁して。さすがに恥ずかしいから」

「だって、いずれは……」

「まだ分からないから!」

「そうさ。今はオレがやるさ」


 僕が断ろうとしているところに、フマが援護をしてくれる。

 それでもニィは食い下がる。ニィとフマが言い合う。


「見なければいいんでしょ? 私、後ろ向いてるから」

「それだと上手く洗えないさ」

「いっぱい水を出せばいいわ」

「捨てるときに、問題さ。量が少なく済むならそっちのほうがいいさ」

「だったら炎で蒸発させるわ」

「そこまでして洗いたいのか!?」


 ニィの執念に、フマが驚く。


「そ、それなら、問題はないさ」

「いや問題あるよ!」


 なに負けてんの! 譲っちゃ駄目でしょ!


「ケイ、諦めるさ。潔くニィに洗われるさ」


 しかもニィ側に陥落した!?


「いやいやいや、洗うのはフマでもいいでしょ」

「ケーィは、私に洗ってもらうの、嫌?」

「……嫌じゃないけど……」


 ニィが心配そうに尋ねてくるので、僕は強く否定できなくなる。


「それなら、私が洗っちゃ駄目?」

「……そこまで洗いたがらなくても」

「ケーィの役に立つことをしたいの」


 ニィが赤い瞳を真っ直ぐに向けてくる。

 僕は、その強さに負けてしまった。


「分かった。いいよ。いや、よろしくお願い」

「うん!」


 それから僕は、ニィに後ろを向いてもらって服を脱ぎ、ニィが出してくれた、体が丸々入ってしまうほどの大量の水を潜ると、服を着る。

 ニィは服を脱ぎ始める。


「ちょちょちょ、ちょっと待って、今出ていくから!」

「……別に、見てもいいよ」

「顔赤くなってるからね!? 恥ずかしいなら見せなくていいからね!?」

「……もう、見られたもの」

「いやいやいや、そういう問題じゃないから! あとあれは数えないで!」


 僕はニィが暴走する前に、素早く部屋を出る。

 しばらくしてから、終わったとの声。

 部屋に戻ると、ニィは確かに服を着終わっている。

 でもさ。


「ニィ、魔法使ってないよね?」

「? うん」

「水は? まさかとは思うけど、僕が使ったやつ……使った?」

「? うん」


 いやいやいや、そんな不思議そうな顔をしない! あと首を傾げない!


「なんで使ったの!? 汚いでしょ!?」

「大丈夫よ。私の汗だけ吸い取られるもの」

「……ん? あ、そうか。汚れた水は体に残らないのか……って、そういう問題じゃないでしょ!? 普通は汚れた水に触れるのも嫌がるでしょ!?」

「……節約のため」


 頬が赤いよ!? それが答えだね!?


「フマ。なんで止めなかった?」

「仕方ないさ。ニィの言葉にも一理ある。冒険者の間でも、魔力が足りなければ水を使い回すことはあるさ。まあ、魔力が余っていれば使い回さないんだけど」

「ですよね!? じゃあ止めてよ!」

「本人がいいって言ってるのに、どうやって止めるさ?」

「僕の気持ちは!?」

「具体的にどういうふうに駄目なのさ?」

「それは、自分ので汚れたものを使用されるという、恥ずかしさみたいな?」

「いずれ慣れるさ」

「いやっ、違った! つまり……普通は嫌がるだろうことを望んでするという、その好意みたいなものが、恥ずかしい?」

「素直に受け取っておけばいいさ」

「うっ……」


 好意を受け取ればいいと言われると、反論できない……。


「オレとしては、あの水を飲まなければセーフだと思うさ」

「そりゃあ、そこまでいけばアウトっていうのは同意だけど」


 ……あれ? ニィが恥ずかしそうに飲んでいるところを想像してしまったけど、あんまり嫌じゃない?

 むしろ可愛い?

 はい、アウトォーっ!


「もうやめよう、この話は。うん。フマは止められなかった。それで終わり」

「なんか八つ当たりされている気分さ」


 フマが睨んでくる。

 知らない。ニィに味方するフマなんて知らないもんね!


 使った大量の水は、窓の外に出した後、ニィが魔法で蒸発させた。


「《炎獄よ。それを燃やしてはくれないだろうか? 意のままに、炎》」


 炎が水を飲み込む。

 かなり量があるのにあっという間に蒸発させてしまった。

 そんな炎だったけど、こちらまで熱を感じることはなかった。

 さすが、魔法で出した炎だ。


 それから僕らは、時間も遅いので寝ることにした。

 なんか口の中が気持ち悪くて気になったけど、何がどう気になるのか分からず、どうしようもない。

 僕はベッドに向かう。


 ベッドの上では、僕とニィで、フマを挟む形になった。

 しかしベッドがシングルで、身を寄せないといけない。

 しかもフマは30センチの体なので、仕切りの役目をあんまり果たさない。

 さらには、ニィが僕に腕を回して抱きつくので、さらに密着する。

 僕は間近でニィの整った顔を見ることになる。

 ただ救いは、光が窓からの月明かりしかないため部屋が薄暗く、ニィの顔がぼんやりとしか視認できないこと。

 とはいえ、普段は腰ぐらいの所にあるニィの顔が、ベッドだと目の前に来ているので、平静でいられるかというと微妙だけど。


 緊張してなかなか寝付けないことを危惧したけれど、今日一日でいろいろと、本当にいろいろとあったせいで疲れていたのだろう。

 すぐにまぶたが重くなった。



 多分次の話で1章が終わります。

 1日のできごとだけで1章が終わるとか。


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