14話 レイチェルとの勝負
僕とフマの前に、ニィ、レイチェルさん、エンデベルドおじいさんの3人がやってくる。
「儂らの話は終わったんじゃが、一つ頼みたいことがあってな。……ケイ殿はどちらに?」
レイチェルさんとエンデベルドおじいさんは、僕を見失っているらしい。
僕のことを一度でも認識から外すと、【存在希薄】が再発するのだろう。
「ケーィ! ただいまぁ!」
……その点、戻ってくるや僕に取り付いたニィは、僕のことをずっと意識し続けていたということ。
嬉しいような、驚くような。まあ、美少女に思われて悪い気はしないよね。
「おかえり。ちょっと待ってね、2人に気付いてもらうから」
僕はニィに離れてもらい、レイチェルさんとエンデベルドおじいさんの肩に同時に触れる。
「っ!?」
「……」
ビクっとしたのはレイチェルさん。無反応を装うのはエンデベルドおじいさん。
なんというか、面倒くさいよね、この能力。
「すみません。驚かせてしまうかもしれませんが、必要な方法ですので」
「……ほっほっ。必要なら仕方ないのう。そういえば、まだ全員の紹介をしておらんかったな」
そう言ってエンデベルドおじいさんは、レイチェルさんに一瞥を送る。
レイチェルさんは、それに応じる。
「はい。レイチェル・フリズビリジと申します。普段は旅をしております。どうぞお見知りおきを」
「こちらこそよろしくお願いします」
「よろしくするさ」
僕とフマは一言返し、次にフマが名乗りを上げる。
「オレはフマ。冒険者をやってるさ。敬語はあまり得意じゃないから、そこは大目に見てほしいさ」
「……ふむ。覚えておこうかのう」
エンデベルドおじいさんが、ちょっと意味深な反応。
「さて、紹介もすんだことじゃ、……レイ嬢よ」
「はい。ケイ殿、一つお願いが」
それから僕はレイチェルさんに勝負をお願いされ、断りたかったけど、了承した。
「分かりました。お互いの認識に齟齬があるのもよくないですし、やりましょう」
乗り気じゃないんだけどね。
でも、僕のことを過小評価されても後々困る。
魔王の傍にいるにはふさわしくない実力だとか、神の使いとして疑わしいとか、魔王城の幹部にごねられてあとで追いかけられるようなことは避けたい。
そのためには必要な手続きだろう。
それから僕とレイチェルさんは、勝負の詳細を取り決める。
舞台は空。
攻撃方法は何でもあり。
どちらかが行動不能に陥るか、負けを認めることで決着とする。
あと、殺しを目的とした攻撃は禁止。
僕は転移と固定によって、レイチェルさんは氷の足場を作ることによって、互いに空へと移動する。
一応審判は、エンデベルドおじいさんが務める。
フマとニィは、巻き込まれない位置から観覧するようだ。
考えてみれば、僕の手持ちの魔法は攻撃寄りだ。
攻撃に関しては、《転送》を使えば相手に重傷を負わせることができる。手加減は難しいけど。
一方、防御に使える魔法は《固定》しかない。
しかもその固定にしたって、不便だ。
魔力量の問題で広範囲をカバーできないし、自分の周囲に張り巡らせば、僕自身も攻撃ができなくなる。
そのため相手の攻撃を受けるわけにはいかず、すぐに決着を付ける必要がある。
……今回は仕方ないけど、今度、防御魔法を新たに作ろう。
僕は心にとどめておく。
「ケイ殿よ。準備はよいかのう?」
炎を体に纏って浮遊しているエンデベルドおじいさんが、僕に確認をしてくる。
「はい、いつでも大丈夫です」
返事を聞いたエンデベルドおじいさんは、僕から離れていき、僕とレイチェルさんから等間隔離れた地点に退避した。
僕とレイチェルさんの間には、50メートルほどの距離がある。
僕は既に臨戦態勢に入っている。
高圧縮して薄い膜状になった魔力障壁を展開しているし、いつでも魔力を飛ばす心構えがある。
使用する魔法も決めてある。
対するレイチェルさんも、魔力障壁を展開している。
僕の薄い魔力障壁とは正反対の、分厚くて膨大な魔力の塊だ。
厚さは10メートルほどだろうか。なかなかに威圧感がある。
レイチェルさんの魔力は冷たく感じる。氷魔法を使うらしいから、そのせいかもしれない。
僕は固定した大気の上に立っていて、レイチェルさんは氷結させた大気の上に立っている。
ここからじゃ、レイチェルさんの表情は見えない。
分かるのは、彼女の髪の色が水色だというぐらい。
今から魔法戦が始まるだろう。
……普通であれば。
僕はレイチェルさんとまともに戦う気はない。
僕は、僕の魔法で、僕の戦いをする。
勝負は一瞬だ。
これに失敗すれば、僕は負ける。
「儂が合図をする。双方、よいな?」
エンデベルドおじいさんの最終確認に、僕とレイチェルさんは首肯する。
「それでは……、始め!」
エンデベルドおじいさんから、合図が上がった。
レイチェルさんと僕との勝負が開始した。
「《固定》」
「《氷晶よ。私は――っ!?」
……悪いね。
もう終わったよ。
「降参するなら、両手を上に挙げてください! それを確認したら魔法を解きます!」
僕はレイチェルさんに向けて、声を張り上げる。
あとは、レイチェルさんの降参を待てばいい。
レイチェルさんは首に手をやり、美しい顔をおそらく苦悶に歪めている。
放っておけば、酸素不足で顔が紅潮し、いずれは窒息死するだろう。
……僕がやったことは、単純だ。
レイチェルさんの喉を、《固定》した。
ただし、レイチェルさんの喉全体を固定するには、僕の魔力量は全然足りない。
レイチェルさんの体内には莫大な魔力が巡っており、それを押しのけて喉全体を覆う体積の魔力量を、高密度で実現することができないからだ。
だから、一工夫加えた。
何も、立体で捉える必要はない。平面でも十分なのだ。
僕は自分の魔力を、薄い円盤状に圧縮した。
あとは簡単だ。その魔力円盤を、音速を超えて飛ばし、レイチェルさんの喉を円盤で塞ぐように配置。
そして固定した。
そうするとどうなるか。
気管が塞がれる。
息を吸えないし、――吐き出せない。
もちろん、声も出せないし、呪文なんて唱えられるはずがない。
呪文が完成しないから、魔法も使えないというわけだ。
それならば、白兵戦に持ち込めばいい?
魔人が魔法をメインウェポンにするとはいえ、腰に吊っている剣で戦えばいい?
……そんなのは無理だ。
なにせ、喉が固定されているのだから。
言い方を変えれば、体の一部がその場に縫い付けられているということ。
要するに、動けないのだ。
つまり、僕の固定が成功したことで、レイチェルさんは魔法戦と白兵戦の両方を封じられたことになる。
加えて、放っておけば窒息死。
もう、どうしようもないのだ。
……僕としては、呪文を唱えられなくすればいいんじゃないかという発想だったけど、この戦法は何気にえげつない。
固定が成功して心に余裕のできた僕は、遅ればせながら、そのことに気が付いたのだった。
それから1分ほどして、レイチェルさんは両手を上げた。
「レイ嬢の降参を認めよう。ケイ殿の勝ちじゃ」
僕はふぅと溜め息をついて、レイチェルさんにかけた固定を解いた。
勝負が終わった後、僕はレイチェルさんに、何をしたのかと問われた。
どうやら圧縮した魔力円盤を、感知することができなかったらしい。
つくづく凶悪な攻撃手段だと僕は思った。
魔法についてはあまり隠す意味もないので、というか勝負の結果を納得してもらうために、魔力を圧縮したことと《固定》をかけたことを包み隠さず明かした。
レイチェルさんはどういうわけだか碧眼に絶望を映して、それから僕に謝ってきた。
「お力を疑って申し訳ありませんでした」
思うに、魔法に精通している魔人は僕以上に、僕の力の異常性を理解しているのではないだろうか。
ニィ、エンデベルドおじいさん、レイチェルさん、あとは妖精のフマの反応を見ていると、そんな気がする。
「いえ、気にしないでください。認めてもらえればそれでいいですから」
あとはこのことを魔王城の幹部に伝えてくれればそれでいいのよ。
どのみち報告はするだろうと、僕は口にはしないでおいた。
それから、ニィとフマの2人と合流する。
「勝負の前はあれだけ不安にしてたくせに、心配して損したさ」とはフマ。
「ケーィ、お疲れ~」と抱きついてきたのは、ニィ。
僕はフマに「それは結果論だよ」と返しておき、ニィには返事の代わりに、頭を撫でておいた。
ニィからの常時のスキンシップの効果か、それとも緊張の場面を一緒に何回か乗り越えたからか、僕はニィに対してほとんど自然に接することができている。
出会って間もないのにニィの抱きつきが普通だと思え始めている僕は、もしかしたら頭がおかしいのかもしれない。
いや、そんなはずはない。
とりあえず全部ニィのせいにしておく。
その後、ニィはレイチェルさんに旅の心得を教わった。
ニィが僕から離れたがらなかったため、僕もそこに同席することになった。
とはいえ僕にはそういう常識が欠けているので、ニィよりも熱心に聞き入った。
それを見たニィが態度を改めたため、僕はエンデベルドおじいさんにお礼を言われることになった。
レイチェルさんも感謝しているのかと思いきや、微妙な表情をしていた。どうして?
講習会が終わる頃合に、魔王城から派遣された魔人たちが到着した。
彼らはニィの旅に必要な物を持ってきており、服や装備品、武器やお金、その他必要な物、あとは魔石であった。
魔石はこぶし大の大きさで、無色透明の鉱物だ。
これには魔力を蓄える性質があるとのことで、僕はエンデベルドおじいさんに、これに魔力を込めるよう言われた。
なんでも、魔王城からニィに呼び出しが掛かったときに、ニィを連れてこれるようにと。
この魔石を魔王城に置いておくことで、僕はそこに転移できる。そのためのマーカーということだ。
僕はいつものように魔力を圧縮して、それを魔石に送り込むと、魔力が黒い点となって中に留まった。
色は人によって変わるらしい。
黒は、固有魔法を使う人に多いとのこと。
「《炎獄よ。此方を包み隠してはくれないだろうか? その覆いは、炎幕》」
裸シャツだったニィは装備一式を受け取ると、炎で周囲を隙間なく覆い隠し、中で着替えを済ませる。
次に現れたその姿に、僕ははっと息を飲み込んだ。
防具は見た目にも良質だとわかる上品な皮の装備で、肩と胸を精緻な文様入りの漆黒のプレートが覆い、背中には灰色のマントが下がっている。
腰には漆黒の剣を吊り、足元には、これまた文様の入った漆黒の靴。
全体的に黒の比率が多い中で、首もとの白い肌が艶かしい。
対して、肩より少し低い位置まで伸びるウェーブしたミディアムヘアーは、鮮やかな赤。
片方の赤髪は耳にかけられており、そこには黒い魔石がはまったイヤリング。
赤い瞳の目つきは凛々しく、口元には余裕をたたえている。
少女らしい可愛い格好ではなく、魔王らしい威風匂わせる姿がそこにはあった。
僕は何と言葉を掛けたらいいか、分からない。
……かっこいい。そう素直に評するのは、その偉容に対して薄っぺらい。
言葉がない。
それが正しい。
……そんな魔王の装いに変貌したニィだったけど、でも、ニィはやっぱりニィだった。
「ケーィ! ……私の格好、変じゃ、ない?」
頬を染めて尋ねるそれは、少女のもの。
途端に、服に着られている子どもへと、早変わりしてしまう。
「うーん……、魔王としては似合ってるかな」
僕は苦笑しながら答えた。
「……やっぱり私、可愛いのがいい」
ニィは唇を尖らせて、誰にともなく言う。
しかしその言葉が聞き入れられることはなく、ニィもそれは承知していたのか、それ以上文句を言うことはなかった。
……可愛い服を買えばいいとニィがひそかに企んでいたことは、僕らが村に戻ってから判明する。
「ニィ。儂らはずっと帰りを待っておる。いつでも戻ってくるがよい」
「そうですよ。なんなら今からでも戻りましょう。ええ、そうしましょう」
「もうっ、レーィったら。私はやっと旅ができるの。レーィの教えてくれた景色とか、食べ物とか、生き物とか、全部この目で見てくるまで、絶対に帰らないから。それではお爺様、レーィ、行ってきます」
「ああ、気をつけてのう」
「……行ってらっしゃいませ、ニィ」
ニィと、エンデベルドおじいさん、レイチェルさんが別れのあいさつを済ませる。
「ケイ殿よ。ニィを頼んじゃよ」
「……はい」
エンデベルドおじいさんの、いかにもな好々爺の笑みに、僕は含みがあるように感じてしまう。
孫を泣かせたら、……分かっているな? みたいな。
つ、付き合うなんてまだ決めてないからね。
その瞬間、ぎらりと赤い瞳が光った気がしたけど……多分気のせいだ。そうしておく。
僕、ニィ、フマの3人は、エンデベルドおじいさんとレイチェルさん、それと装備を持ってきた魔人たちに見送られ、出発する。
日は暮れかかっている。
とりあえず村に戻って、宿を取って、今日の活動は終わりにしよう。
「《炎獄よ。此方に空を飛ぶ衣を与えてはくれぬだろうか? その衣は、炎の羽衣》」
「《転移》《固定》」
僕は転移で移動し、ニィは炎を纏って浮遊し、フマは羽を媒体に飛行する。
障害物を無視できるのは大きく、完全に日が落ちてしまう前に、村へと戻ることができた。
「……ん? フマ。人が少なくない?」
村の上空に辿り着いて、僕はフマへと確認する。
村の魔力の数が、昼間より激減しているように感じる。
「そうだな……。おそらく、村人の大半が町に避難してるさ」
「え、避難? なんで?」
「オレとキーグリッドが手加減なしで戦ったから、それを警戒してるんだと思うんさ」
「ああ、なるほど……」
つまり、僕らが当事者であると。
なんて面倒な。
もう休みたいんだけど、説明は明日でもいいですか?
僕ら3人が村の大通りに降り立つと、通りの前後から、わらわらと冒険者がやってくる。
「……ねえ、フマ。なんか、囲まれたよ?」
「説明を求められているさ」
「なるほど。……ニィ、もう離れたほうがいいんじゃない?」
「え、どうして?」
僕の転移が終わるやいなや、いつもの状態になったニィが、赤い瞳で不思議そうに見上げてくる。
「いや、周りからは僕が見えないわけで、ニィは変なポーズを取っているようにしか見えないよ?」
「ケーィは私の独り占めね」
僕の説明をとんでもない方向に解釈したニィが、嬉々として頬ずりをしてくる。
ちなみに僕の上半身は、既に上着を返してもらっているため、頬ずりをされてもくすぐったくはない。いや、違う意味でくすぐったいけども。
そうこうしているうちに、冒険者の人だかりの中から2人がこちらにやってきた。
1人は金属プレートで全身を包んだ見るからに筋肉質の中年男で、もう1人は見たことのある老人、村長だ。
中年男は品定めするような目線を、村長は困惑の視線を寄こしている。
……事態が収拾するまで、時間がかかるんだろうなぁ。
僕らの休息は、まだまだ先らしかった。
実はまだ転生初日。
詰め込みすぎ?
いえ、充実してるだけなんです。




