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13話 レイチェルの不満



 僕は上半身裸の状態で、裸シャツの美少女に抱きつかれている。

 ……うん、この状況なら既に何度も経験した。

 でも今、目の前には2人の魔人。

 ニィが魔王として振舞った相手がいるのだ。

 2人はとても不愉快そうにしている。

 それはそうだろう。天下の魔王が、僕みたいなぱっとしない男に、恋する乙女のようにひっついているのだから。

 ……いや、恋する乙女のように、ではなく、恋する乙女であるから余計にばつが悪い。


 しかし、怯んでいるわけにもいかない。

 今のニィは、遠い世界にトリップしているような状態だ。ニィに援護を期待することはできない。

 僕は気を引き締めて、2人が来るのを待つ。

 ああ、針のむしろに座らされているようだ。


 2人が目の前にやってくる。 

 2人の内の1人、水色の髪を後ろで束ねた美女が、困惑交じりの表情で口を開いた。


「ニィ。貴女何を……?」


 そこに魔王と謁見していたときのような空気はない。

 公私をキッパリと分けているのだろう。

 つまり、僕の仲間にはただの少女しかいないというわけだ。

 ……ちょっと、誰か助けて。


 美女の呼びかけに、ニィは反応しない。

 どういうつもりかは知らない。

 ……いやほんと、どういうつもりなの? 


「ニィ! ちょっと! まずはこっちを見なさい!」


 ついに怒りを露わにした美女は、僕にひっついたまま離れないニィを実力行使で離そうとしてくる。

 そのとき、美女の腕が僕に触れた。


「ぅわ!? 何者!?」


 美女が驚きの声を上げる。

 そういえばまだ触れていなかった。僕の存在に気付いていなかったのか。


「レイ嬢よ。彼がケイ殿じゃ」

「え?」


 エンデベルドおじいさんが、美女に僕を紹介する。

 レイ嬢と呼ばれた彼女は、その碧眼に驚きの色を宿した。僕が神の使いだと信じられないのだろう。

 だがそれも一瞬だけ。次の瞬間には、憤りの顔に戻ってしまう。


「ちょっと! ニィ! まずは離れなさい!」

「いや! 離れない! 話ならこのままで聞くぅ!」

「そんな聞き方がありますか! まずはこっちを見なさい! ニィ!」


 僕の腰に抱きつくニィの腰に腕を回して、美女はニィを引き剥がそうとする。

 ……ああ、空を雲が流れていく。

 そういえば鷲の魔物がいたなぁ。

 魔人は魔物を飼ってるのかなぁ。


 僕が現実逃避をしているところに、エンデベルドおじいさんが入ってくる。


「ケイ殿よ。ニィが迷惑を掛けた。おそらくニィが懇願したんじゃろう?」


 エンデベルドおじいさんの言葉から察するに、ニィが自分から連れ出してほしいと願ったことに、当たりが付いていたのだろう。


「ああ、いえ、迷惑だなんてことは。……色々と驚かされてはいますけど」


 抱きついてきたりとか。

 抱きついてきたりとか。

 あと、(抱きついてきたりとか)告白してきたりとか。


「ほっほっほっ、そうじゃろうのう。……して、その様子じゃと、どこまで進んだんじゃ?」

「……え?」

「ケイ殿がニィを(たぶら)かしたとは思わんが、ニィは純粋すぎる所があるからのう。よもや、その気もないのに侍らせているわけではあるまいな?」


 エンデベルドおじいさんの優しげな瞳が、ギラリと光る。


「いえいえいえ、そんなことは全くありません! 僕としてはニィの気持ちを踏みにじらないよう、真摯に向き合おうと思っています!」

「ほう? では付き合っておるのかのう?」

「い、いえ! 告白されて、返事を保留しています! 自分の心がまだ定まっていないので!」


 僕は何か口走っているような気もしたけど、エンデベルドおじいさんの眼光に射抜かれてそれどころじゃない。

 年を顔に刻んでいる分、凄みがあるのだ。


「……偽りはなさそうじゃな」


 ふと、エンデベルドおじいさんは柔和に笑む。


「いや、試すような真似をして悪かったのう。儂としても、可愛い孫が泣くところは見たくないんじゃよ」


 何を試されたのだろうか? よく分からない。

 

「……孫、ですか」


 そういえば、エンデベルドおじいさんは、赤髪赤眼。ニィと一緒だ。


「さっきのことかのう?」


 僕の呟きを、エンデベルドおじいさんは違う意味で捉えたようで、説明を始めた。


「たとえ孫であっても、魔王として会うなら、形式を守らねばならん。たとえ身内であっても、たとえ孫であっても、魔王であるならば、礼を尽くさねばならんのじゃよ」

「もっとも、今は別ですがね!」


 エンデベルドおじいさんの説明に、美女が割り入ってくる。


「今はプライベートです! だからニィ! 貴女も我儘ばかりしてないで、こっちを向きなさい!」

「いやぁ! プライベートだから我儘言わせてぇ!」

「駄目です! 貴女には言いたいことが山ほどあるんですから!」

「そんなの聞きたくないぃ!」


 美女とニィが、やいのやいのと騒いでいる。

 それを見守るエンデベルドおじいさんが、顎をさすって考える。


「……レイ嬢よ。少し落ち着いてはどうかのう? より効果的な方法があるのではないかのう?」

「効果的な方法ですか?」

「言い聞かせられる人間を選べばいいんじゃよ」


 そう言ってエンデベルドおじいさんは、僕をニコニコとしながら見やる。


「……僕が言えばいいんですね?」

「30分ほど身内の話がしたいんじゃ。構わんかね?」

「分かりました。……ニィ。僕の話を聞いてくれる?」


 美女は、ニィを引き剥がそうとする動きを一旦止める。

 ニィは、僕を不安そうに見上げる。


 ……うっ、心が痛い。

 でも、ここで甘やかしてはいけない。

 ニィが旅立つに際して、わだかまりを残してはいけないのだ。

 

「……ニィ。話をしておいで。……えっと、……我儘ばかり言っている子は、あまり好きじゃないかな」


 途端、ニィの瞳に涙があふれた。


「ああ!? うそうそうそっ! ニィが嫌いってわけじゃないから! ええっと……、君は無断で出てきてるから、身内で話をしておかないといけない。じゃないと、置いていかれた人が君を心配する。だから、行っておいで。僕はここで待ってるから」


 僕はニィを励ますように、頭を撫でた。

 すると効果があったのか、ニィは涙を拭って、情けない顔をしながらも頷いた。


「分かった……。絶対に待っててね?」

「うん。約束する」

「……絶対?」

「う、うん。絶対」


 そこで諦めがついたのだろう、ニィは僕の腰から離れる。


「ほっほっほっ。若いもんはいいのう。そう思わんか、レイ嬢よ」

「な、何を呑気な! ただの人間なんかにはニィをやれません!」

「ん? そういう話だったかのう?」

「そういう話です!」

「ほっほっほっ。まずは落ち着くんじゃレイ嬢よ。種族を理由にするとはお主らしくもない。妹のように可愛いがっておるのは分かっておるが、それゆえに目を曇らせるのはよくないことじゃ」

「そ、それは……」

「気持ちは分からないではない。あとはニィに直接言えばよかろう」

「……はい、そうします。さあ、ニィ、行きますよ」


 美女に促され、ニィは渋々ついていく。

 そうして3人は、空き地の隅へと向かっていった。


 3人がいなくなった後、僕は修羅場にならなくてよかったと、安堵の溜め息をついた。




 ****




「では聞かせてもらいますよ、ニィ。貴女が城を出たのは……あの人間の少年に惚れたからですか?」


 レイチェルとニィナリアは、広場の隅で、互いに向かい合っていた。

 レイチェルの表情は険しい。腕を組んで、ニィナリアを見下ろしている。

 対するニィナリアも、レイチェルの鋭い眼光を見返して負けていない。


「そうよ!」

「まさかとは思いますが、あの少年が旅人だからですか?」

「それは切っ掛けでしかないわ。旅人だったら、誰でもいいってわけではないもの」


 2人の様子を横から見守っていたエンデベルドは、そこでレイチェルに声を掛ける。

 

「良かったのう。これでレイ嬢が思い悩む必要はなくなったじゃろう」 

「別に私はそういうつもりで聞いたんじゃありません! ニィがきちんと相手を見ているかどうかを確かめたかっただけです!」

「では、責任を感じてはおらんのじゃな?」

「……それとこれとは話が別です。私のせいで、ニィのためにならない切っ掛けを作ってしまったのは事実なんですから」


 エンデベルドが危惧した通り、レイチェルはニィナリアに対して責任を感じていた。

 元はと言えば、レイチェルがニィナリアに旅の素晴らしさを伝えていたのが原因だった。

 レイチェルは遍歴の魔人である。

 各地を巡り、情勢を知り、学べるものを学び取って、魔国にそれを還元する。

 帰還した際には、旅先での出来事を、レイチェルはニィナリアに語り聞かせていた。

 魔王城を離れることができないニィナリアは、レイチェルの話を聞いて、外を旅して回る憧れを募らせていったのだ。

 ……しかし、ニィナリアは乙女であった。

 自分が主体となって旅をするのではなく、異性が迎えに来て、自分を旅に連れて行ってくれないかとひそかに憧れていたのだ。

 レイチェルはそのことに気付いていなかった。

 レイチェルにとって旅とは、一人で行うものだったから。

 だから、ニィナリアが恋する乙女の姿で佐々倉啓に抱きついているのを見て、そのことに初めてレイチェルは思い至ったのである。


 自分がニィナリアに旅の話を語って聞かせなければ、こんなことにはならなかった。

 それがたとえ見当違いな後悔であると自覚していても、レイチェルはそう思わずにはいられない。

 レイチェルは、自分が帰る場所に、ニィナリアがいてほしかった。

 そして欲をいえば、ゆくゆくは一緒に旅をしたかった。

 そういう願いがあった。


 しかしそれを、佐々倉啓が横から(かす)め取った形となる。

 レイチェルが面白く感じないのは、当然のことであった。


 そのことをエンデベルドは正確に把握しているわけではなかったが、レイチェル個人の問題に首を突っ込みすぎるのは良くないと、あくまでそれを見守る姿勢で話を変えた。


「……まあよい。ときにニィよ。服はどうしたんじゃ?」


 エンデベルドに聞かれて、ニィナリアは羞恥に自身を抱く。


「こ、これは、急いでいたからですわ、お爺様」

「ほう? 儂はてっきり、ニィがケイ殿に色仕掛けをしているものと」

「そ、そんなことはありませんわ! 意地悪をおっしゃらないでください!」

「ふむ? では抱きついておったのは?」

「あ、あれは、私がそうしたいからで、ケイに色仕掛けなんて……」


 ニィナリアは無意識にやっていた。天然の小悪魔といっても差し支えない。

 しかしそういう考えを知らないわけではなく、エンデベルドに指摘されたことで、色仕掛けというものをやってみようかと思い始める。

 その光景を想像して、ニィナリアは頬を染めた。


「ほっほっほっ。可愛いもんじゃな」

「もうっ! 意地悪です!」


 と、そこへレイチェルが入ってくる。


「あの少年のどこがいいんですか。いえ、ニィには聞いてません。そもそも、あの少年が、神の使いなんですか? 本当にニィよりも強いんですか? とてもそうは見えませんが」

「ふむ。レイ嬢の言いたいことは分かるがのう。ケイ殿になら、ニィを任せられると儂は思っておる。それは神の使いであろうとなかろうとじゃ。それと強さじゃったか。初見であれば、ケイ殿に勝てる者はおらんじゃろうな」

「隠密能力に関しては異論はありません! しかし、それだけでは……」

「……そういえば、ケイ殿が魔力を操る場面を、レイ嬢は見ることができんかったか。ふむ。……ケイ殿と勝負をしてみるかのう?」

「な!? まさかエンデベルド卿がですか!?」

「儂ではない。負け戦はしたくないからのう。納得がいかない者がすればよかろう、レイ嬢よ?」

「……うっかり魔法が滑って殺してしまうかもしれませんが、それでもいいのであれば」


 最後の台詞は、ニィナリアに向けられていた。

 ニィナリアは強気で返す。


「私よりも強いケイが、レイに負けるはずがないわ」

「いいでしょう。ニィが盲目になっているだけでないことに期待します」

「ほっほっ。面白いことになったのう」


 これはエンデベルドのせいではあったが、それを指摘する者は誰もいない。

 話は、レイチェルと佐々倉啓が勝負をすることでまとまってしまった。




 ****




「……ケイ。あっちの女と、オマエが、勝負をすることに決まったみたいさ」


 風精の力で風を操り、3人の会話を盗み聞きしていたフマが、何とも言えない表情で教えてくれた。


「……どうしてそうなったの」


 僕は愚痴るように呟いたのだけど、フマはそれを拾って説明してくれる。


「向こうの女、レイチェルが、ケイの強さを認めないと。それをエンデベルドが、勝負すればいいんじゃないかと提案して、ニィナがそれを止めなかったと。ちなみにニィナは、ケイがニィナよりも強いと本気で思っているらしいさ」

「な、なんてことだ……」


 転生直前は、無双したいと確かに思ったよ。

 なんかハイテンションになっていたのは認めるよ。

 でも別に、最強にならないでもいいんじゃないかと思うようになったんだ。

 旅で死なない実力があればいいと。

 それがいったいどうして、魔王よりも強いことになってしまってるんだ……?

 というか、誰もそんなこと言ってないし、言っても信じる人はいないだろうに。

 ああ、そうか、ニィがそう信じてるからなのか?

 僕にそうあってほしいと?

 

「ハ、ハハ……。僕が死にそうになったら助けてね? フマ」

「なに言ってるんさ。助けられる時は助けるに決まってるさ」


 あれ? 言外に、無理な時は見捨てると言われてる?


「……」

「大丈夫さ。どうにもならなくなったら、ニィナに助けてもらえばいいさ」

「……まあ、そうだね。そうしよう」

「でも、今回の勝負は、1対1だから、助けはないさ」

「……」


 ア、アハハ、今日はいろいろあって疲れたのかな?

 なんかもう、勝負する気分じゃないや……。


「が、頑張るさ! レイチェルは、キーグリッドよりも弱いさ! ケイならどうにでもなるさ!」

「……殺さないでってなると、難しいんだけどね」 


 それに、【存在希薄】も切れてるし。

 ……ん? もしかして復活してるかも?


「ねえフマ。勝負って、僕が見えない状態から始めてもいいのかな?」

「ん? それは駄目さ。お互いに同じ条件のもとで始めないと、公平じゃないさ」


 ど、どうしよう。認識されてる状態で戦ったのは、フマとの勝負のときだけだ。

 そのときだって、フマには先手を譲られ、かなり手加減されていた。

 うーん、どうにかなるのかな……?


「安心するさ。レイチェルが使うのは氷魔法さ。氷付けになってもニィナの炎魔法で溶かせばいいから、負けても死なないさ」

「そ、そうだね」


 氷付けの初体験なんて嫌だよ。


「あ、来たみたいさ」


 見れば、3人がこちらに歩いてくる。


「避けられないんだろうな……」


 僕はこれから行う勝負のことを思って、憂鬱になった。



 主人公は戦闘狂ではありません。

 1日の内に何戦もしているので、実は疲れています。

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