前編
綺麗な話になってくれたらな、と思って書きました!
実力不足が著しいですが、最後まで読んでくれたら幸いです。
「私流れ星になりたいな」
夜空に広がる満天の星を見ながら、天音が言った。
「はぁ?」
何を言ってるんだ?
寒い中、山の展望台に来たからおかしくなったんだろうか。
「まったく……空はロマンがないなぁ」
天音は両手のひらを上に向けて、やれやれというポーズをとる。
「大体流れ星って人工衛せ……」
「欠片もないよね! ひどいよ空、ひどすぎる!」
「そうか? ロマンなんて持ってても食えないぞ?」
「食べられなきゃ価値がないわけじゃないでしょ!」
ダメだこりゃ。と呟いて、天音はまた夜空を見上げた。
すぐ近くに町があるが、ここら一帯は村なので星がよく見える。
そりゃ綺麗だと思うけど、流れ星になりたいと思うほどじゃ……。
天音がまたこちらを振り向く。
「というかね。こういうときは普通、『綺麗だな……』って女の子が星を見てたら、『君のほうが綺麗だよ……』って言うんだよ」
「発想が古いわ。いつの時代だよ」
「これだから空は……」
「いやそれはただの願望だから」
天音はネジが抜けているようなやつだった。
「で? なんの星を見に来たんだよ。わざわざ望遠鏡なんか抱えて」
「べっつにー。ロマンがない人には教えてあげませーん」
「あっそ。じゃあいいよ」
ふんっ! とそっぽを向いて、天音は持ってきた望遠鏡を組み立てて覗く。
「…………」
「…………」
無言の時間が続いた。
すると突然、天音は顔を勢いよくあげる。
「なんで聞いてこないのさ!」
「は、はぁ?」
「こんなかわいい子が望遠鏡を覗いてるのに無言はないよ!」
「いや自分でかわいいとか言われても……」
「なんで目をそらすのよ! 普通はね、『何を見てるんだい?』『星を見てるの』『何の星だい?』『空に輝く天の川を……』『僕にとっては君のほうが輝いてるよ……』って! キャーー!」
確かに天音はかわいい容姿をかわいい容姿をしている。まぁこういうところを見ると、残念なやつにしか見えないが。
天音は長くなった髪を振り乱して、叫んでいた。
「はぁ……。お前少し漫画の読みすぎじゃないか?」
「失礼な! そんなに読んでないよ! 月に200冊くらい」
「おばさん泣いてたぞ。家の底が抜けるって」
「ぬ、抜けないよ! 多分……」
天音は目をそらす。
というかどこからそんなに金が出てるのだろうか。
不思議すぎる。
「じゃあ何を見てるんだよ。夏の第三角とか?」
「まぁね。今日は晴れたから見たいなって」
「ふーん」
確かに今日は星がよく見える。
ここのところ梅雨だったので、天音は星が見えなくて機嫌が悪かった。
天音は星が好きだ。
昔から一週間に一回は町外れの展望台までやって来て、星を見るのが習慣だった。
高校で天文部に入ろうとしたが、天文部は存在しなかった。村の学校なのであまり生徒もいなくて先生も少ない。そのためか、部活が全然なかった。
だからこうして前のように、展望台に通っていた。
「私はさ」
「ん?」
望遠鏡を覗きながら、天音が呟いた。
「私は、夢って星のようにきらきらしてるものだと思うんだ」
少し真剣な声音だ。
急にどうしたんだろうか。
「とてもきらきらして、持ったらわくわくして、生きる原動力にさえなる。一つ一つの夢が私にはこの夜空の星のように見えるの」
「…………」
「そんな、夢を叶えるって言われてる流れ星は例え人工衛星だとしても、私はすごいって思う。憧れちゃうんだよ」
「……天音は誰かの夢を叶えたいのか?」
「自分が頑張ることで誰かの夢が一歩近づくなら、それはとても素晴らしいことだと思うの」
「そっか……」
俺はそれ以外、言うことができなかった。
なんて言っていいのかわからなかったからだ。
「……帰るか」
「そだね」
天音が望遠鏡を片付ける。
ふと空を見る。
「あ、流れ星」
「え!? どこ!?」
望遠鏡の片付けから顔をあげて、天音は空を見る。
「いや、もう消えちゃった」
「なんだ~」
「またここに来て、探せばいいじゃん」
「そだね。帰ろ」
俺たちは展望台を去る。
だが、二度と天音が望遠鏡を持ってここに来ることはなかった。
「大丈夫か?」
病室を開けながら、俺は天音に言った。
「うん。今は落ち着いてる」
ベッドに座りながら天音は答える。
天音は昔からよく入退院を繰り返していた。
体が弱いことは知っていたが、何の病気までかは知らなかった。
いや、医者でもよくわかっていないらしい。
だがおばさんが言うには、もう長くないとのことだった。
発作が起こるたびに、どんどん悪くなってる。
おばさんは今まで俺にはあまりその話をしなかった。普通の友だちとして接してほしかったからだそうだ。
「持ってきてくれた?」
「ああ、これだろ?」
天音が欲しがってた漫画の新刊を渡す。
「ありがと。これすごく気になってたんだよねー。あつしの愛人がそば子と駆け落ち……どうなるんだろ!」
「その漫画がどうなってんだよ」
天音は漫画を棚の上に置いた。
「読まないのか?」
「あとでね」
それから俺は学校の話をした。
先生がどうとか、あいつがどうとかこいつが付き合い始めたらしいとか。
はっきり言ってくだらない話だ。
だが、天音はうんうんと聞いてくれた。
「そうだ。花瓶の水取り替えてきてやるよ」
「ほんと? お願い」
俺は花瓶を持って病室の外に出る。
本当はもっと話すことがあるのにな。
たくさんたくさん言いたいことがある。
なのに天音を前にすると、どうしても言えなくなってしまった。
洗面所に行き、水を入れ替える。
「おっと!」
花瓶を持とうとしたら、手を滑らせて床に落としてしまった。
パリンッと花瓶が割れる。
そこに通りかかった看護婦さんが、片付けるのを手伝ってくれた。
片付け終わると、看護婦さんはにこっと笑って行ってしまう。
俺は花瓶を割ったことを謝るために、病室に戻った。
だが、俺が花瓶を割ったことを謝ることは、もうできなかった。




