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平凡男と危険すぎて抹消されたアクマ  作者: 折れた筆
第一章 ルシファー強襲編
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平凡男と危険すぎて抹消されたアクマ

 視界は青一色。

 墜ち行く彼女の周囲を魚系生命体が群れを成して泳ぎ、湖底には大量に青く生い茂った水草の寝台。

 探れば甲虫系水様生物の気配も多い。

 彼女は直接見たことはないが、現代日本の水質がこの湖に勝つのは少々難しいだろう。


 ルシファーに受けたダメージはかなり深刻。

 ゲージにして表現してみるとイエローゾーンをまわって40%を切っていた。

 さすがはルシファーかと言わざるをえない。

 並みの英雄相手なら、あれだけ食らっても70%は残るはずだと思う。

 戦ったことはないが。


 それでもまだ戦えるはずだ。

 少なくとも残る戦闘能力はそう判断している。

 しかし、手も、足も。体がまともに動かない。

 この水の中に落とされて、本の持つ力が一時的に激減して、ほんの少しだけ心に弱さができた。

 結果、付け込まれた。

 動けないのはきっと、昨日感じた迷いが、形になってささやいたからだ。

「このまま消えた方が、マスターにとっては…」と。

 そして彼女は沈む。

 本は、水を吸って…重くなる。



   きっと、体は、動かない。





 アンノウン存在抹消の真実は核じゃなかった。

 だが、まだ疑問は消えない。

 それでも存在を抹消されたという事実が消えてなくなったわけじゃなかったからだ。

 他の理由を自分なりに考えてみるも、まるで形にならない。

 当時に核兵器どころか戦闘機もミサイルもないのなら、知識欲の力がそれほど大きく危険視されるとは考えにくい。

 せいぜい単独で無双できる程度だろう。

 なら他の大罪とさして大差はないはずだ。

 なのにアイツは、アイツだけは消された。

 我ながら勝手な話だが、無関係なはずなのに妙にイラつくな。


「なら! それならなんでアイツは存在を消されたんだ!?

 核が原因じゃないんだろう。ならなんで!」

「うるっさいわねー」


 アンノウンを蹴り飛ばし、俺の不明を大笑いして一人楽しんでいたルシファーが、ストレートの金の髪と真紅のドレスの裾を風になびかせながらやってくる。

 左右の爪剣はすでに収めているが、折られた右の爪をガジガジ齧って整えているのがシュールすぎる。

「どーでもいーでしょそんなこと」と言いつつ、再び1センチほど伸ばした爪に、取り出したやすりを丁寧にかけていく金髪少女。


「てゆーか、あんたみたいな凡人が知ったところでなんの意味もありゃしないわよ。

 平民は平民らしく、明日のパンでも考えてなさいよ」


 宝石のような碧眼でガンくれてくる推定年齢16、7の金髪少女。

 負けじと視殺戦に応じる俺。

 見た目、大学生男子VS.高校生女子と絵的に情けないことこの上ないが、ここが俺の勝負どころだ。

 目を血走らせてでも、勝つ。

 …結果、「きもっ」と、勝ったのに負けたような気分を味わった。


「まーいいわ。暇つぶしにお喋りに付き合ったげる」


「アタシが喋ったってバラしたら殺すわよ?」と前置きして、ルシファーは爪を研ぎながら続ける。

 …爆弾発言を。


「そもそも、特に壮大な背景なんてありゃしないのよ。

 すべては教会の利益、それだけ。

 食欲、性欲、睡眠欲、物欲、狩猟欲、自己顕示欲、それに破滅欲。

 教会としては、これらを『他人』に禁則事項として定着させた方が、自分達の地位を脅かされずに済むのね。

 飢えて暴動、性欲持て余して犯罪、怠けてニート、欲しくて強盗、ストレス溜まってハンティング、オレサマ主義のアジテーター。

 んで、だれでもいいから殺しちゃえって類ね。いるでしょ、そーゆーの」


 ルシファーは、にやりといやらしく嗤い。

 いきなり利益の言葉で切り込んできた。

 それも、現代にも身近な犯罪にたとえを出しての人間侮蔑を加えて。


「で・も、知識欲だけは別。

 誰かが生み出した知識は巡り巡って自分の利益になる。

 それもちゃちな犯罪なんか目じゃない、異常にでかい利益よ。

 自己発展は人間が生き残るための必須スキルでしょ?

 マッドなサイエンティスト、それも、特に人の命を平然と実験に使えるようなマッドなヤツは大歓迎フゥゥーハハハ、な、わけよ。

 だから禁止しないの。んなのちょっと考えりゃわかんでしょ?

 人体実験のサンプルとか、試用実験の被害者人数とか、何万人いるのかっつーは・な・し」


 人は人が生きるために人を殺す。と、語っているのだろう。

 それが人を教え導く者であっても。

 それとも問うているのか?

 歴史の影に消えていった星の数ほどの名も無き人たちに。

「あなたは誰かの利益のために殺されたけれど、満足しているか?」と。

 答えられるとしたら、今は水没したアンノウンだけか。

 ルシファーは磨いた爪をピンと伸ばして指を振り、歌うように続きを語る。


「教会だって例外じゃないわ。聖戦・魔女狩り・異端審問♪ 

 何千、何万と殺してるのよ、容赦なくね。

 んで、過去のお話だって平然と言うのよー。

 でもま、否定はしないわ。ただ、自分達が生き残るために。

 ただ、強者であるために。

 キレイなだけじゃ世の中生きて行けないのだもの。当然よね。

 人生エンジョイしたいなら、死んだ人間なんて忘れられるんならさっさと忘れてゴミ箱に放り込むのが正解よ。

 必要なもんだけちゃっかり残してねー。

 ああ、ちなみに七大罪なんかあの子のTotal killカウントに比べりゃかわいいもんよ。

 拷問道具も核の犠牲者も、基本的に智欲の大罪預かりのカウントなんだからねー。

 正直今、あの子の罪業カルマカウンターがどうなってるのか訊いてみたい気分よ。

 きっとすっごい数になってるわ。あ、話がそれたわね。

 ん・で、ま、結論。

 ヤツらはそれだけの殺戮をきっかりバッチリ認識していながら、知識欲は禁止しない。

 マッドなヤツらがどれだけ人を虐殺しようと、大罪としては扱わない・取り上げない・取り合わない♪

 利益を知っているから。強者でいたいから。生きていたいから。

 だからあの子は抹消された。存在されると危険だから。

 すべては自分達の利益のために。

 以上、証明終わり。おわかり?」


「…………」


 正直なところ、なんと言えばいいのかわからなかった。

 ヒーロ-のように「そんなことのためにアイツを消したのか」と叫ぶこともできる。

 その気持ちがまったくないわけじゃない。

 俺が怒ればアイツは少なからず喜ぶかもしれない。

 だが、それだけだ。

 俺は他になにひとつしてやれない。

 俺はヒーローじゃないのだから。

 無責任に怒るだけ怒って「後は自分でなんとかしろ」などとは、断じて言えない。

 言える訳がない。

 気のせいか、アイツの冷えた心が伝わってくるような気がした。


「…………(つまんないヤツね、アンタ)」

「なにか言ったか?」

「べっつっにぃ」


 急に不機嫌になったルシファーが、磨いたばかりの爪を俺に向けて振った。


「はぁ。なんかもういいわ。死になさい、アンタ」




「…………………………………え?」



 気付いた時には胸に爪が突き刺さっていた。

 …そう、俺はあっさりと死んだ。

 自分でも疑問に思うほど、あっさりと。




 湖底に沈む悪魔は思う。

「自分さえいなければ」と。

 この一昼夜は、そう、知識にある映画、ローマの休日のようなものだったのだ、と。

 自分は再び消滅し、自分にほんの一時とはいえ、世界をくれた人に、世界を返す。

 ただそれだけのことだ、と。

 欲を言えば、もっと外に出たかったし、木陰で本の陰干しとしゃれ込みたかった。

 遊園地における娯楽知識を徹底的に、そう徹底的に分析したかったし、全国図書巡りを実行してみたかった。

 海やプールはだめだ。

 紙片が水を吸って重くなる。私はカナヅチ。

 できればヤギという生き物には出会いたくない。

 あれはきっと天敵だ。

 羊皮紙以外の紙片は全部持っていかれる気がする。

 あと、シロアリ駆除の薬剤を常にキープ。これは確定事項だ。


 短かったな、と、そう思う。

 思って、気付かされた。

 裏切られた。

 殺意が沸いた。

 止まらない。


   マスターガコロサレタ。



 深い水の底で、憎悪が産声を上げた。

この物語はフィクションです。実在の人物、団体とは一切関係ありません。

主人公アンノウンの存在設定上、必要不可欠な悪意を最大限表現したものであることをご了承くださいますようお願い申し上げます。

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