雪月花『遮絶吹雪』
アンノウンが撃ち放ったブーストナックルが、竜の一撃を思わせる爪を立ててウリエルへと迫る。
自分の力量を過信し、半端な気持ちで受けようなどと考えてはならない。
一撃でももらえば即、死につながる。
それが智欲の大罪との闘いだと認識を切り替えろ。
前回の闘いでなにが起こったか思い出せ。
今この瞬間、『ティラノサウルスが頭上から降ってくる』可能性を考えろ。
そのイカレた攻撃バリエーションの多さこそが智欲の大罪最大の持ち味だ!
「見切った!? ウリエル選手、智欲の大罪のロケットパンチをギリギリで回避!」
「続くスナイパーライフルの弾丸もナイフで捌いた。
あののーきん真っ向勝負のウリエルが頭を使ってる?」
「知識欲の大罪に触発されたか、野生の勘に一点賭けか…飛び込むわよ!」
ナイフを大剣へと膨張させたウリエルが、二発限りの銃弾を撃ち尽くし、事実上無手となったアンノウンへと襲い掛かる。
一方アンノウンはスナイパーライフルを放棄してブースター逆噴射。
ライフル銃の影に潜り込み、ウリエルの攻撃を一時的に凌ぐ盾に使用。
かまわず斬り抜いたウリエル。
だが、その影には鋼鉄の球体が。
…2…1…。
――カッ!
「――ッ!」
「…スタン、グレネード…!」
スタングレネードの爆音とはまた別に、ひとつなにかが激突するような音が響く。
「…つぁ…こっちもそうだが、やられたな、あの不良天使…アンノウンのやつ、無茶なことしやがる…」
俺がルシファーと九尾相手に使わせたのを覚えていたか。…やっかいな。
効果圏内から大分離れているとはいえ、あの二人を映し出していたスタンドスクリーンが四枚そろって発光したのだ。
耳はともかく目をやられた。そういや、最後、レヴィアタンのヤツがなにか慌てて手を伸ばしてたな。
「なあおい、レヴィアタン。お前、もしかして今、音声のスイッチ切らなかったか?」
「…ごめん。できればスクリーンもカットしたかったんだけど」
「いや、十分だろ。この上聴覚までやられてたらさすがにシャレにならんぞ」
少なくとも直視することになったカメラマンは全員やられてのた打ち回っているようだし、会場いるほとんどの人間、もとい観客たちも視力に少なからずダメージを受けている。
もちろん俺たち三人も例外じゃない。正直違和感がひどくてたまらないぞ。
「~~~っ! ウリエルのやつ、今ので墜ちたの?」
「見えないけど、たぶん。高度50はあると思ったけど…」
「下はまだ鉄板のはずだよな? 生きてんのか、アイツ」
「知んないわよ、んなこと! …あ、少し見えてきた」
「…ん。もすこし」
人外のみなさんは回復の早いこって羨ましいね。
こっちはもうしばらくかかりそうだってのに。
「…見えて…チッ。ぼやけるわね…見え、た――ってなにがあったのコレ!?」
「こっちが聞きてぇよ。まだ見えないんだから、もちっと詳細に報告しろ」
「あ、うん、ゴメン。なんかよくわかんないんだけど、鉄板の上、吹雪が渦巻いてるわ。
たぶんおチビの仕業だとは思うけど…レヴィ、画像戻せる?」
「ん。ちょっと待って…これ以上戻すと閃光で見えないから…今」
「ウリエルのやつが鉄板に墜落。おチビが後を追って――レヴィ、音声」
「ん」
『setcallモデル雪月花「遮絶吹雪」』
おいおい今なんつった!?「setcall」だと!?
ミカエルが襲ってきたときに使った『常識を破壊するもの』の同カテゴリ技か!?
「む。これはなかなか」
「巻き戻すなそこっ! オタクかアンタわ!
まさかスロー再生しようとしてんじゃないでしょうね!?」
「なんだ、なにが起こってんだよ!」
「あ…あー、えっとね。おチビがワンピから着物に衣替えしてね。
その変身シーンを、レヴィのバカが、まあ、その、ね?」
「着物は白の雪女風でミニスカに。緑の髪を雪うさぎを連想させるリボンでツインテにくくり、本型ブースターの色彩も同じく白の雪国仕様。む。噴射も火炎から吹雪に仕様変更されてるもよう。足元の装備には足袋。手袋に口元を覆う純白のマフラーも装備。総評すると雪んこ忍者アクマ。とりあえずこの画像、ベルフェゴールに送信。ぽちっと」
「…なんかいろいろゴメン」
ムダに饒舌になったレヴィアタンをたぶん横目に、なぜかルシファーが謝ってきた。
コイツもコイツで苦労してんだなー。
まあ、身内がひきこもりにヤクザにストーカー、とどめに魔王とくれば当然か。
アスモデウスとベルゼブブについても苦労はありそうだしな。
――ピロリン♪
レヴィアタンの携帯がメールを着信した。内容はわざわざ聞かなくてもわかるな。
どうせキリッとした顔文字つきで「詳細求む」とか言ってきてるに違いない。
ほしいならがんばって出て来い、ひきこもり。
「…で、結局どうなったんだ?」
「ああ、うん。ドーム状の吹雪が発生してて中がまったく見えなくなってるわ。
たぶんウリエルのやつがボコられてるんだとは思うけど…」
「それで『遮絶吹雪』か………」
閃光と墜落の衝撃から目覚めたウリエル。
立ち上がった彼が目にしたものは、視界ゼロの猛吹雪だった。
脳の理解が追いつかない。自分はついさっきまで灼熱のフィールドにいたはずだ。
…飛ばされたのか? 自分の苦手とするどこかまで…。
「――ッ!?」
失策だ。戦闘の続行を自覚していながらなにをやっているのか!
「クソがっ!」
背後の敵へと炎上させる翼。しかし手ごたえは得られない。
背から腹部へと、氷で作られたと思しき一振りの小太刀が血を滴らせて突き立てられていた。
智欲の大罪の気配は見えない。
「――ッ!」
首筋に吹雪以上に冷えたなにかを感じた。
反射的に周辺一帯を炎で薙ぎ払う。
しかし返って来た手応えは「多量の水風船を叩き割ったような感触」だった。
「ムダです。私手製の消炎手榴弾を周囲に仕込んでいます。
諸事情あって火力に自信は持てませんが、射撃でダメなら爆破して消すだけです」
「チィッ」
最悪としか言えない状況だ。
前後左右、どの水平方向へ移動したところで、まず間違いなく迷わされる。
かといって下はおそらく鉄板だ。
半端な熱量じゃ溶かせないのは肉の一件で実証済み。
上以外に選択肢がない。
あいにく空間転移なんて上等なスキルは持ち合わせてないんでな。
即断実行で跳んだ瞬間、足元をさらう白刃。
まるで暗殺者のような戦闘方法。いまさらに思い知る。
智欲の大罪にバトルスタイルなどというものは端から存在しない。
時に罠を張り、時に弓を射ち、時に速さを求め、時に獣を使い、時に拳を振るう。
そして今度は影に潜んできた。
こういう手合いが相手の場合、その得意とする土俵で戦ったところで勝機は薄い。
なによりまずは相手のペースを――
「――が、ぁ!? んだこりゃぁ!!」
吹雪を往く先に待っていたのは、どこまでも透き通った氷の剣の群れ。
不用意に突っ込んだウリエルが頬と両肩を深く抉られて血を噴き流し、
致命的ダメージからの緊急避難として魔人化する。
吹雪の天井に足を着いたウリエルは、己の血で赤く染まった氷剣に拳を叩き込んで破壊する。
並みの氷剣ならば神の炎はかまわず突き破っていただろう。
だが、智欲の大罪の呼び出した得物は弾丸一発ですら魔獣を仕留める危険な代物。
この氷剣もまた同様、ウリエルの力を以ってしても瞬間蒸発させることができない魔剣の群れだった。
「…名を『氷雪剣河』と言います。
離脱するつもりなら十回は死ぬと覚悟を決めてください」
吹雪の奥から声とともに透明な刃物が投げ込まれる。
回避したウリエルが見たものは、氷剣とぶつかり合い、ウリエルの炎に照らされて輝く500mmほどの大きさの十字手裏剣だった。
砕け散る銀氷を視界に収めながら、ウリエルは長期戦に勝機がないことを再認識する。
出力最大。全エネルギーを右腕一本に収束。こうなれば水蒸気爆発を巻き起こしてでも状況を打破する。
分の悪い賭けだが、やるしかない。
不快にまとわり付く雪片を薙ぎ払い、剣の河を踏みつけて地表へと跳ぶ。
紅蓮の矢と化し、その拳が地を叩く――その瞬間、ウリエルの身体は硬直した。
「……どうした? 殺れよ」
地表に向けて拳を突き出すウリエルは…その全身を幾十、幾百もの氷の紐に絡め取られて覆い尽くされ、一体の彫像のような姿をさらしていた。
「説明はいりますか?」
「ハッ、いるかよんなもん」
ハメられた。それだけだ。
「…ウリエル、せめてあなたに敬意を…スキル『小太刀二刀流』fullroad」
銀幕の吹雪を貫いて、忍者と雪女を混ぜ合わせたような姿をした、小太刀を二刀構えた智欲の大罪が飛び込んでくる。
閃く剣閃は左右三撃の計六連撃。
口元を覆う純白のマフラーをなびかせ、小柄な身体に最大限のバネを効かせての突進。
「…刻印剣舞六連『天使殺しの六芒星』」
掻き消える吹雪。砕け散る氷。頭から落ちていくが支える力もない。
魔人化を解かれ、九尾や智欲の大罪に刻まれた傷跡から、改めて血が吹き出る。
六芒星を刻み込まれた身体が雪の上を転がった。
決めの一撃が見事に極まったためか、覆われた空間が風と共に吹き去り、雪も音も一気に遠ざかっていく。
大の字に倒れこみ、力なく見上げた空はどこまでも青かった。
「………ハッ。……まったくやってくれんぜ、なっさけねぇ…」
――神の炎ウリエル、脱落。
バトルロイヤル、これにて決着。
勝者、智欲の大罪アンノウン。




