九尾、紅に墜つ
『本番はここからです。照野さん、行きますよ』
焦土と化したステージに向かい、赤角を立てたティラノサウルスの突貫が始まる。
両腕を失って怒り狂ったアンドドレイクが再び、
しかし先の倍の威力を思わせるファイアブレスを放射する。
アンノウンの紙片によって武装したティラノサウルスは、トンファー状に収納されていた鉄扇盾を再び展開。
勢いを衰えさせずにそのまま突き進む。
炎の壁を貫き、真っ赤に赤熱した盾を掲げて飛び込むティラノサウルス。
焼けた鉄扇盾は再びトンファー状に戻される途上で放棄され、
兜の一角を水平に構えた頭突きがアンドドレイクの口内を貫く。
「――エグッ!」
「ああ、エグイな」
「でもこれでブレスは吐けない」
一角を引き抜いたティラノは、痛みに暴れるドレイクの背後に回り、羽交い絞め状態に捕らえた。
まさかの予感に会場がざわめく。
直後、ティラノはドレイクを羽交い絞めにしたまま後方に仰け反り、ブリッジ。
ドレイクを顔面から大地に叩き付けた。
………シンと静まりかえる会場。
「…ティラノサウルス属レックス種(T・レックス)がアンドドレイクに…」
「…ドラゴン、スープレックス? てか、あのティラノ、いったいどんな間接してんのよ…?」
ティラノサウルスのローリングソバット以上にありえない光景だった。それはもう骨格的にも。
ドレイクを解放した照野さんは、犬のようにブルブルと身体を震わせてゴキゴキ骨を鳴らし、
その後再びドレイクを立ち上がらせて拘束し、両脚を踏ん張った。
『call「ロケットブースター」』
そしてアンノウンがスラスターウィング付きのバックパックとロケットブースターを召還したことで、ティラノサウルスがさらなる進化をとげた。
背に鉄塔を背負ったティラノは白煙上げてアンドドレイクごと雷撃ステージを飛び去っていく。
「…脳みそ、ついていけてるか?」
「…ちょっとキツイかなー」
「…アンノウン選手、ティラノサウルスにロケットブースターを装着させ、アンドドレイクを雷撃ステージから連れ去りました。
古代生物が宇宙へと進出していきます。とてつもない進化です」
「お、アンドドレイクが途中でパージされたぞ?」
「ここで軽く解説。パージとは、よくロボットモノとかでデッドウェイトとなった部分を切り離す行為を指すときに使われてる単語」
「ティラノはそのまま飛んでくわね。帰ってこない気かしら?」
ペットの散歩にしてもひどすぎるな、あれ。
アンノウンが付いていったとも思えんし、とんでもないリードの外し方があったもんだ。
「あ。なんか光った」
ティラノとは別のブースター光が、パージされたアンドドレイクの元へと飛んでいく。
たぶんアンノウンのやつだ。
――きらん☆
光輝く白刃の軌跡。
「――ぶっ!?」
「……まんが肉。…アンドドレイクが、伝説のまんが肉に…」
言わずと知れた、ぶっとい骨に肉の塊が不思議な魅力を放つ伝統的料理。
憐れにもアンドドレイクは、アンノウンの手によって大小さまざまな大きさのまんが肉へと解体されてしまった。周囲には血で満タンの注射器と白い塊、骨やラードか?
「…わざわざ打ち上げた理由はコレか。下が火山塔ステージだ」
「あ」
あのチビ、この場で焼く気だ。
「総員、対食欲防御。よだれに注意せよ」
そして落ちていく肉隕石。
アンノウンのヤツはまず骨と黒鉄の巨大鉄板を岩塔ぶち壊す勢いで叩き付け、
次いでアンドドレイク産のラード塊を連続投下。
鉄板に熱が通り、油が溶けてきたあたりで保持していたまんが肉を落とし始めた。
…そして肉の焼けるいーにおいが…。
焼肉屋の前を通りかかると妙に食欲刺激されるんだよな。いわゆる無言の客寄せってやつだ。
「…じゅるり」
「ルシファー。よだれよだれ」
「お前もな」
『…ふむ。火力が足りませんね。竜の肉なので仕方ないといえば仕方ないのですが…。
あ、そうです、ウリエルが――』
「出て来い、ウリエルぅ!! 今すぐにっ!!」
アンノウンの言葉を受けてルシファーが咆哮した。
実に目がマジだ。
「竜の肉を焼くのに火力が足りないもよう。
…いた。ウリエル発見。ちびちゃん。北西300メートル」
コイツもコイツでおもいっきり一選手に肩入れしてるし。
それでいいのか、お前ら?
「アンノウン選手がウリエルを捉えた! いっけぇぇぇ、おチビ!!」
レヴィアタンのナビに従って飛翔。ブースターを全開に噴かせるアンノウンが、その鋼鉄の篭手をウリエルの紅蓮の拳とぶつかり合わせる。
『ウリエル、あなたに恨みはありませんが…墜ちてもらいます』
『ざけんなコラ! んな理由で墜とされてたまるか!!』
…確かに。負けたら雪辱どころか恥の上塗りだな。
『どうであれ一度は必ず墜ちてもらいますよ?
…聴こえていますか、ウリエル?』
アンノウンが示唆するそれは、いま会場に居る観客たちからの「墜ちろ」コールだ。
「オ・チ・ロ! オ・チ・ロ!」
「オ・チ・ロ! オ・チ・ロ!」
ルシファーとレヴィアタンも参加してるし。
『もはやほとんどすべての観客が私の味方です。
参加していないのはトトカルチョであなたに賭けた人ぐらいでしょう』
あー。そういやそんな話があったな。
そして焼肉に釣られて出てきたヤツがもう一匹。
………頭上から飢えた獣の殺気が!
《ちぇいっ!》/『――チッ』
殺意は全開だがしかし殺しちゃマズイとばかりに、手にした日本刀を峰打ちで叩き込んでくる、
左の袖を失くして獣化した腕を晒す九尾の狐巫女。
勘付いたウリエルは逆手に握ったナイフでその打撃を受け止め、高度をわずかに下げただけで持ちこたえた。
《話は聞かせてもろぅたぞ。往けぃ、智欲の大罪よ。ここは妾が引き受ける! お主はお主の仕事をするがよい!》
…実にカッコいいセリフなところを悪いが、アンノウンに示唆した『仕事』ってのは、たぶん肉の『味付け』だよな?
『しかし、いくらあなたでもウリエルが相手では…』
《なめるでないわ小童! 妾をだれぞと思ぅておるか?
この程度が修羅場のひとつやふたつ、くぐれぬ妾では断じてない!!》
『行ってあげて、チビちゃん。ウチもお腹空いたし』
『…わかりました。ここはお任せします』
身を翻して二人を背に飛び去るアンノウン。
そしてそれを追おうとしたウリエルが九尾に阻まれ、赤と青の炎がぶつかり合った。
一方アンノウンはそれぞれの肉に塩を振り、コショウを振りひっくり返して角度を変え、
筋を断ち切る串を通し、と、九尾を信じて肉の世話に飛び回る。
「――来た!」/「おチビっ!」
ウリエルのナイフを自慢の肉球を刺し貫いてまで受け止めた九尾が、ヤツの肩に刀を突き立てた上で全力の体当たりを仕掛けて急速落下してくる。
合図を受けたアンノウンは即座に追加の油をばら撒いて再離脱。
上空から熱を逃がさないための結界を落とした。
激しく燃え上がる火山塔改め鉄板フィールド。
刺し違えて落下した九尾とウリエルが炎に包まれて遠くなっていく。
ムダにカッコよすぎる九尾の姿に涙を流す観客。
最敬礼で見送るルシファー&レヴィアタン。
そして九尾の献身に応えるべく、砕け散った結界の中、炎の渦の底へと飛び込んでいくアンノウン。
炎の渦は立ち昇る火柱へと姿を変え、やがて掻き消える。
残ったのものは上空に吹き上げられた、九尾の遺産、いくつもの肉塊。
「………来る…!」
地上で巨大出刃包丁を構えたアンノウンからほとばしる、最後の一撃を思わせる清澄なる闘気。
ブースターをフルに噴かせたアンノウンは、己の身の丈に倍する包丁を振りかぶり飛び上がる。
先を行く肉塊に向け、追い越しざまに秒間何発に至るのかも計り知れない閃きを繰り出してみせた。
『…命銘、約束された暴食です…』
「斬」と一文字、最後に見栄を切るアンノウン。
そしてそこには、食べやすい大きさに切り分けられた肉だけが残った。
――アンドドレイク、脱落。
あけましておめでとうございます。
お年玉代わりにホカホカのマンガ肉をどうぞ。




