大妖狐再び
――ちゅどーんっ!
…町に入って真っ先に耳にした音がそれだ。
即座に回れ右して帰りたくなった俺の気持ちをだれが否定できよう?
周囲は中世ヨーロッパ風の赤レンガ造りの町並み。
俺とアンノウンは商店立ち並ぶメインストリートに入り込んだらしい。
まあ、町の出入り口付近なんだから大通りに出るのは当然といえば当然なわけだ、が、いったいここはどこの内戦地域だ?
まさかそこらに地雷なんぞ埋められていやしないだろうな?
さすがに踏み出した瞬間「ちゅどーんっ!」はごめんだぞ、「ちゅどーんっ!」は!
普通に死ねるからな、俺。
できることなら一歩も歩きたくねぇ。っと、失礼、言い直そう。
歩きたくない。立ち入りたくない。さっさと帰って切に引きこもりたい。
そして、そこに息づく住人たちにも容易には歩み寄れそうにない。
「ケンカだケンカだー!」と楽しそうに騒ぎの中心に走っていったやつらはもちろん、店番をしている人たちも平然と事態を容認している。
当然まともな人間はほとんどいない。
脳味噌の中身はもちろんだが、人種もだ。
ほとんどが天使とか悪魔とか獣人とかで、見かける人間も傭兵の類だ。
もしかしたら英雄とかとか呼ばれている人材やもしれない。
「…帰りたい」
急性ホームシックが発症した。泣きたくなってくる。
俺、こういう展開にわくわくするような人間じゃないんですよ、ほんと。
「どうやらここはヨーロッパ圏伝承神話が主の西洋街のようですね。
案内図によると、南に行けばケルトからエジプト神話の集落をまわって、アステカやクトゥルー神話。
北へ行けば北欧神話の街を抜けて、中国伝承や日本神話の集落に区分けされているようです。
町並みもそれぞれの区によるみたいですね。なんともカオスな町です。
いえ、ここは、さすがは日本と賞賛すべきでしょうか?」
「どうでもいい。めっさどうでもいい」
「しっかりしてください、マスター。
すでに目をつけられてカモ扱いされてますよ?」
「――ッ!?」
俺はまったく気付かなかったが、このチビが言うなら信じたほうがいいだろう。
もっとも、すべての問題の根源がこのチビに帰結するのだからまた泣けるが。
「と、とりあえずどうすりゃいいんだ?」
「そうですね。裏路地に入ってのんびり『お話』するか、放置してさっさと闘技場にでも向かうか、というところでしょう。
目的が目的ですが、雑魚を相手にしても大して意味はないでしょうし」
中央に寄れば寄るほど強者が集まるってことか?
「…極力ムダな戦闘は避ける方向でたのむ」
「了解しました。ではひとつ脅しをかけておくとしましょう」
などと言いながら平常時の姿のまま、紙片を収束させた小さな拳を石畳に叩き付けるアンノウン。
直後「ドコドコドドド」とでるわでるわ、剣の山。
ショート、ミドル、ロングソード。
フランベルジュにカトラス、レイピア、バスタード。
小太刀、大太刀、打刀に忍者刀。
うぉ、斬馬刀まで屹立してる!?
俺とアンノウンの周囲十メートルを円状に尖ったクリスタルのように突き出る刃物の群れ。
運悪く範囲内に巻き込まれた無関係な人、十人近く。
ギリギリの寸止め、ほんとにゴメンナサイ!
せめてもの救いは、ここが街の出入り口となる門のすぐ近くで、メインストリートに入った直後だったということだけだ。
商店街のど真ん中でやられてたらシャレにならんかった。
「…術式『剣の間欠泉』…もっともこれはただの威嚇です。
これでしばらくスリなどの小物はやってこないでしょう」
そうかもしれないけど、しかし代償の大きさが計り知れないから!
アンノウンが突き立てた拳を引き抜くと、同時に剣も地中深くへともぐっていった。
せめてパッと消してやれよと思うのは俺だけか?
再び突き出してくるのが怖くて、しばらくあの穴、近づけないぞ。
「さて、行きましょう」
「いや、おい、待てコラ。ちゃんと剣出した穴埋めてからにしろ」
「…マスター、細かいですね」
やるだけやりっぱなしでそのまま立ち去ろうとするアンノウンをとっつかまえ、ネコ掴みしてぶら下げる。
「世の主役どもが大雑把すぎんだよ! ほら、さっさとやる」
「ぬむぅ」
ぶつくさ言いながらも周囲に自分の紙片を撒き散らして復元作業にとりかかるアンノウン。
『ただいま工事中。ご迷惑をおかけしております』と、まあ、そんな感じだ。
最後に一言、周囲に「ご迷惑をおかけしました」と言いつつ、路地裏に向けて拳銃での威嚇射撃を忘れないアンノウン。
うちの子がほんとスイマセン。
「マスター、せっかくですのでどなたかに『道案内』を――
と、アンノウンが言ったところで、周囲の人垣がきれいに日常に帰っていった。
「…ですよねー」
触らぬ大罪に祟りなし。俺が一番よく知ってるこの世界の真理さ。
あまりに普通な対応を、この異常な風景から引き出したことになんともいえない気分を感じた。
当面の目標としてコロシアムを目指す俺とアンノウン。
虫除けスプレーのようなアンノウンの行為のおかげか、西洋街でのエンカウントはゼロに抑えられたのだが…、
さすがにイベント発生地点まではスルーできないよな、うん。
めまいがしたよ。
中央区街へと渡る橋の上に屍の山。
そのお山の頂上に武蔵坊弁慶さんが呵呵大笑。
鎮座ましましていらっしゃってご降臨くださいましたよ。
「表現重複しすぎてますよ、マスター」
「わかってるよ。てかあれ、なんなんだよ…」
指差す先には紅白色鮮やかな服飾に、元気絶好調という風に天を衝くキツネミミ。
しかもほんの一日目を離した間に尻尾が九本と進化している。
〈カーッカッカッカ♪ 弱い。弱すぎるぞ、主ら!〉
「ううう、なんでこないなことにぃ…」
今俺の目に映るのは、橋一本の上を事後の戦場のごとく覆い尽くした死体(生きてるかどうかは不明)の群れ。
その光景を生み出したのはまず間違いなく、この目の前の、傍らに日本刀ぶっ刺した九尾のおきつね様だろう。
〈お? おお、ようやっと来おったか、お主ら。待ちくたびれたぞ〉
「…せ、センパーイ、助けてぇ」
げ、認識された。いや、雫ちゃん見捨てる気はないぞ?
「こんなところでなにをやってるんですか、あなたは」
〈決まっておろう。祭りが催されるとあらば馳せ参じねばなるまいて〉
「なんか、よう知らんけど、センパイに人形をつけたらしくて」
「あ」
駅で拾った雫ちゃん人形だ。
「コイツか!」
胸ポケットから引きずりだして地面にたたきつけた。
〈げふっ〉「くはっ」
くの字に折れる雫ちゃん、と、九尾のタマモ。
なんかダメージ受けてるな。
…うん、大事にもっておくか。お仕置き用に。
「んで? わざわざお仕置きされに来たのか?」
〈そ、そんなわけがなかろう!〉
俺がアンノウンに愚者狩りを要求すると、大妖狐さまは反射的に及び腰になった。
まあ、冗談抜きに昇天させられかけてるしな。気にせず張り叩くけど。
〈ま、待つのぢゃご主人。聴くところによると、そちらの童が闘技の場におもむくそうではないか〉
「それを聴いたタマモが」〈そんな面白そうなこと、放ってはおけぬわ!〉
「と、日本代表枠でエントリーしてもうたんよ…もちろんウチの体で」
この二人、テンションの落差が激しいな。わかるけど。
「…ん? 今『日本代表枠』って言ったか?」
〈うむ。此度の試合は智欲の大罪の歴史美女まっちとやらでな〉
「エキシビジョンマッチや」
〈うむ。そのえきしびじょんまっちとやらでな。
各神話参加者自由の罵倒なんとかなのじゃ〉
「バトルロイヤル、やったんです。
参加者リスト枠に『ドラゴン』とか書かれてて…ウチ、ウチもう…」
ああ、今回もご愁傷様、雫ちゃん。
彼女からしてみれば、幻想世界に引きずり込まれてわずか三日目にしてドラゴンと対戦決定なわけだ。
少しは手加減しろよ九尾。
彼女のレベルを考えてやれ。全力投球にもほどがあるぞ。
俺もルシファー、ミカエルとハイレベルなやつらに連続して戦場に送られたからよくわかる。
正直なところ、九尾のバカが大暴れした末に息絶えるのはともかく、雫ちゃんが巻き添えくらうのはさすがに忍びない。
自分のことで手一杯な状況には間違いないのだが…仕方ない。
少しぐらいは気にかけておくとするか。
…はぁ。問題が積み重なっていくよ…。
これまでの取得情報、戦闘形式・バトルロイヤル。
参加者・アンノウン、タマモ、ドラゴン。
さらに増える可能性あり。
…うん、帰りたいね。




