テンシに別れと哀れみを
アンノウンのゲイ・ジャルグとルシファーの真紅の爪弾が、それぞれウリエルとミカエルに一撃を見舞った。
ルシファーはミカエルを追撃せずに見送ったが、アンノウンは容赦をしない。
右頬から肩と翼を撃ち抜かれて落下するウリエルを全身に冷気をまとって追う。
新開発技能の行使。
素の両腕を緑色に「竜化」し、ブースター四基を支えるシャフトに日本刀四種を「install」しての高速機動で切り刻む。
その姿はまるで蒼い彗星。
使用属性が炎じゃなくて本当によかったと思う。
さらにその顔が上向いた瞬間に飛び込んで、機械の手に握ったイチイバルの弦にウリエルの首を引っ掛けて番える。
即席のギロチン。
ちょうど見ていたルシファーが「うぁ、えげつな」とつぶやく。
そのまま落下の勢いに身を任せて地表に向かってウリエルを引きずり回す。
落下の寸前にブースターと体捌きを最大限利用してブレーキをかけ、ウリエルをイチイバルから「射出する」アンノウン。
予想違わず轟音上げて地表に叩き付けられるウリエル。
土砂のクッションを突き抜けて本来の大地にまで貫通した。
さすがはイチイバルとウリエルの矢か。
「ウリエル!」
気付いたミカエルがルシファーを警戒しながら離脱する。
ルシファーも追いかけ、アンノウンと合流。
「アンタ、ほんと容赦ないわねー」
「このぐらいは使いこなさないと弓神ウルに失礼ですから」
ブースターを噴射させて地に降り立つアンノウン。
素と鉄の手を元に戻し、四刀とイチイバルを紙片に還して油断なく状況を見守る。
「はいはい、んじゃこっちも、アーサー王に失礼にならない程度にこの剣、使いこなしてみせましょーか」
左右二刀のエクスカリバーに魔力が通る。
片方は聖剣として光を強く放出し、
片方は魔剣として光を融け爛れさせての侵食を表現してみせる。
その間にミカエルが元の人型に戻されたウリエルを引きずり出した。
三点を撃ち抜かれ、あちこち切り刻まれ、首に痣を作り、土砂にまみれたウリエルが姿を現すも膝を突く。
「いけるか、ウリエル?」
「…っぁー。んん。あー、なんとかな。
だがあのガキ、想像以上に底が見えねぇ。
能力的にゃぁオレの方が優勢のはずなのに、そんな気がまるでしやがらねぇ。
炎に弱ぇってのはブラフかよ」
「そこまでのヤツか」
「ああ、オレの炎は確かに当たってやがるはずだってぇのにコゲ跡ひとつ残りゃしねぇ。
体表に不可視の紙でシールド張って、喰らい次第剥離してんのは読めたんだが、それでも一割程度も熱量が通らねぇってのは、一体どぉゆう了見だ?
まるで無効化属性だぜ、ありゃあ」
ミカエルとウリエルの会話がルシファーの耳に届く。
瞬間彼女の「S」の血が騒ぎ、聞こえよがしにアンノウンに一つ質問を投げかけた。
「そういやおチビ、アンタなんで『変身』しないの?」
ぎょっとする二柱の天使たち。
「いろいろと理由はあるのですが、こちらから先制して仕掛ける分には特に必要な能力ではありませんでしたから、使わずにおきました。
マスターに(心理的な)負担をかけるのもどうかと思いますし」
この発言に天使二柱の自尊心にひびが入る。
かき集めた千の軍勢は手加減して勝てる程度の認識で、しかも結果はその通りになった。
さらに言うなら嘘と断じられない知識を彼らは所有している。
そう、アポロ11号による異空間崩壊現象。
あれを引き起こしたのが本当にこの智欲の大罪なら、と、彼らはその可能性を決して否定できないのだ。
それをする者に生き残りの目は出ないことを彼らは十分過ぎるほどに戦いの中で知っている。
そして、そんな二柱の表情を、一人のアクマがニ~ヤニヤとそれはもう愉しそうに眺めている。
「ッざけんなよ、チクショウが。なめてくれやがんのも大概に
吐く言葉の途中でウリエルが硬直する。
屈して血を吐く。
…いや、吐き出しているのは赤くとも血ではなく、炎だ。
しかし一気に消耗していくウリエル。
「て、めぇ、くそガキ…なに、しやがった…?」
「簡単なことです。同格か、それ以上の相手の能力は、よほど切迫した状況でもない限り、迂闊に食べたりしないほうがいい、というだけのことですよ」
思い返されるのはアンノウンがウリエルの顔面目掛けて放った炎の槍だ。
ウリエルはそれを喰って吸収した直後に心臓を素通りする攻撃を感得し、炎の槍が自分を固定標的にして釣り上げるための餌だったと、あの瞬間思い知った。
だというのに、今更それが毒入りだときたもんだ。
一齧りが恐ろしく高くついた。
天使千柱をもって釣るはずだった相手に逆に釣り上げられたのだ。
だが、実際にはそれだけで済まされてはいない。
接近時におけるブースターの噴射炎にバーナー、相殺のために放った紙片はすべて火属性。
それにニトロの爆発と幾度となく段階的に炎をウリエルに吸収させている。
ウリエルは常に上限をキープしているように思っていただろう。
しかし、実際のウリエルの体内では、本人の炎が50%、アンノウンから吸収、いや、むしろ居座られた炎が50%と仕組まれていた。
もしも、もしもそのアンノウンが放った炎、つまりエネルギーの使用権が、いまだに彼女の下にあったとしたら、どうなる?
アンノウンは今回、自分の炎にウリエルの炎を巻き込ませて体外へと放出した。
結果としてウリエルの残存炎は20%を切る。
100%から20%へと、一気に。
「ふっっざけ、や、がってぇぇぇぇ!」
「call」
怒りに任せて立ち上がろうとしたウリエルに対し、しかしアンノウンはやはり至極冷静、かつ冷徹に対処した。
貝は砂を吐いた。なら後は調理を残すのみ。
そしてそれは、ルシファーとミカエルの目に、数枚の写真のように映る。
一枚目、アンノウンが手を空に向けて「call」発声している写真。
二枚目、不審に感じたウリエルが上を見上げる写真。
三枚目、ウリエルの頭上に黒い影が迫り来る写真。
四枚目、ウリエルが「ばっくん」と照野さんに美味しく食べられる写真。
五枚目、ズズンと着地する照野・左右留守さん。
…ルシファーとミカエルの目は点になった。
アンノウンはウリエル落下時に手堅く何枚かの紙片を放出していた。
これはその一枚。
「照野さん、召還です」
「ぬおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「おや、しぶといですね」
ウリエルが四肢を突っ張って照野さんの口をこじ開ける。
足の一本はいったと思ったのだが、自分から口内に飛び込んだのかもしれない。
「照野さん、ぺっしなさい」
「べっ!」
「ぐはっ!?」(ぐちゃっ)
アンノウンの指示に従ってウリエルを吐き出す照野さん。
ウリエルは涎まみれで地面に叩き付けられた。
「ゴメンウリちゃん、近寄んないでくんない」
「悪いウリエル。僕にもだ」
場所こそ違うが揃って後ずさるミカエルとルシファー。
「どこまでも…どこまでもふざけやがってえええええ!!!」
倒れたまま残りの炎を燃やし始めるウリエル。
だが、アンノウンはそのシチュエーションを許してはくれない。
「照野さん、緊急消火」
照野さんの頭に飛び乗ったアンノウンから再び指示が飛ぶ。
ズンズンズンと突進してズムッとウリエルの背中を踏みつける照野さん。
そのままズムズムズムズムとその場でスタンプ。
数秒後には、照野さんの足型をくっきりと付けたウリエルがそこに伸びていた。
「さて、そろそろ仕上げましょうか」
すっかり伸びたウリエルの周囲に紙片を撒くアンノウン。
「――ッ。させるか」
「こっちのセリフよ」
一見ギャグの光景に二の足を踏んでいたミカエルが今度こそ飛び込む。
しかしルシファーもまたそれを許さずに迎撃。
アンノウンの舞台が整う。
「ウリエル、先に謝っておきます。他にいいのが思いつきませんでしたから。
恨むなら火の属性だったあなたの身の上を恨んでください。…Overcall」
紙片が蛍火を灯して陣を組む。
ウリエルの体を包み込む祭壇のように顕れる、長さ5メートル、
幅3メートル、高さ2メートルの巨大な白い棺。
その形は楕円形をしており、奥には水が満たされている。
「せめてもの慰めに、材質は大理石を採用しました」
その全景を空中から見る羽目になったミカエルとルシファーが驚愕し、戦慄し、恐れおののき言葉を失う。
対象が自分じゃなくてよかったと心底思ってしまうのを止められない。
「戦士という生き物は、よく己を倒した技の名を知りたがるそうですが、
…あなたの名誉のためにも、あえて名を語らずにおきましょう」
その姿は…………………巨大な便器そのものだった。
「…それではウリエル、御機嫌よう」
アンノウンがどこからか垂れ下がった分銅付きの鉄鎖を引く。
ウリエルの便器、いや失敬、棺が水を流し始めてウリエルを濁流に沈める。
「ぐはっ、(ゴボゴボ)な、なんだこりゃあ!?」
「おや、気付いてしまいましたか」
「ご愁傷様、ウリエル」
「すまないウリエル僕の力が足りないばかりにお前まで…!」
アンノウンの平素な言葉と、ルシファーの敵に贈るには複雑すぎる感情を込められた言葉。
そしてミカエルの苦渋と悔恨に満ち満ちた言葉がウリエルに対して贈られる。
よくはわからないが危機的状況らしいことをウリエルは理解した。
となれば全力で脱出するのみ。だというのに、
「炎が出ねぇ!?(ゴボァ)なんなんだよこの水はぁ!?(ゴボゴボ)」
「対火属性に私がチューニングした特注の水です。
『神の炎』であるあなたならまず死にはしないでしょうが、もうこの戦いにあなたの出番はありません。
お別れです、ウリエル…call『名状しがたいバールのようなもの』」
「ちっきしょーーがぁぁぁぁ!!!」
喚くウリエルの頭に投擲されたバールのようなものが「スカーン」とヒット。
「ぐはっ(ゴボゴボゴボゴボ)」
ジャーーーーー。ゴボボ。(♪)
ウリエルが水中に没する。
しばらくして何事も起こらなかったかのような静寂が訪れた。
「…誰にも言わないでおいてあげるわウリエル。安心して逝きなさい」
「すまないウリエル、すまない!」
宿敵を悼むルシファーと涙するミカエル。
こうしてウリエルは脱落したのだった。
智欲の大罪、二章最後の大暴れ。




