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極楽寺のあやかし便利屋~動物たちの未練聞き届けます  作者: ことのは かぜ


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透明な苺の香りと小さな命

第一章:夜のカフェと届かぬ声


夜の「カフェさくらこ」には、どこか心を落ち着かせる独特の空気が満ちていた。

昼間の賑やかなカフェタイムが終わり、店内は暖色の間接照明が灯る落ち着いたカフェバーへと装いを変えている。


カウンターの奥では、店主であり頼の母親である櫻子が、丁寧に手入れされた煙管を手に、ゆったりと客を見送ったところだった。

「ふう……今日の占いのお客様も、無事にスッキリして帰られたわね」

櫻子が紫煙をくゆらせながら微笑む。

その傍らでは、十歳ほどの少年の姿をした青龍・アオが、カウンターに乗り出すようにして焼き立てのスコーンにクロテッドクリームと苺ジャムをたっぷり塗りたくっていた。

「むぐ……! うむ、この『すこーん』という焼き饅頭も実に見事な出来栄えだな、櫻子!

外はサクッと、中はしっとり……くろっふるにも劣らぬ美味さだぞ!」

「ふふ、気に入ってくれて良かったわ、アオちゃん。でも、そんなにお砂糖ばかり摂ってたらお腹壊すわよ?」

カウンターの端にちょこんと止まっていたイヌワシのライデンが、羽をはためかせ、好物のナッツをつつきながら口を挟む。

『ふん、相変わらず浅ましい食い意地だな、神の端くれが。少しは龍神らしい威厳というものを思い出したらどうだ』

「黙れ鳥頭! 某は今、失われた霊力を養っておるのだ! 美味いものを食って何が悪い!」

「おいおい、店内で喧嘩すんなって……」

グラスを拭いていた俺——酒井頼(さかい らい)が苦笑いを浮かべた、その時だった。

カラン——……。

店のドアに取り付けられた小さな真鍮の鐘が、静かに鳴り響いた。

だが、ドアが開いたにもかかわらず、そこには誰も入ってこない。

「……? いらっしゃい……ませ?」

俺が中途半端な声掛けで首を傾げた瞬間、強い目眩のような、腹の底を揺さぶられる吐き気が襲った。

自分の耳にだけ、空間を越えて直接『声』が流れ込んでくる。

それと同時に、ほんのり甘い苺のコロンのような匂いが、冷たい夜風とともにふわりと鼻腔をくすぐった。

泣きじゃくる女子高生らしき声と、消え入りそうな小さな鳴き声が、脳裏で激しく響く。

『助けて……っ! お願い、誰か……! ミューが……赤ちゃんたちが……っ!』

『ミィ……ミィ……』

「くっ……!?」

俺は思わず耳を押さえ、手にしていたグラスを落としそうになった。

「頼!? どうしたの?」

櫻子さんが俺の異変に気づいて鋭い声をあげる。

アオもスコーンを食べる手をピタリと止め、紺碧の瞳を鋭く光らせて俺を見た。

俺は荒い呼吸を整えながら、入口の誰もいない空間を見つめた。

「……櫻子さん。誰か……誰かが店に入ってきてる。すごく切ない女の子の泣き声と、猫の鳴き声が頭の中に直接聞こえるんだ……! でも、姿がまったく見えない……!」


第二章:煙の中に現れた真実


俺の持つ「あやかしや動物全般の言葉を聞く特殊能力」は、声を拾うことはできても、肉体を持たない純粋な『霊体(幽霊)』を直接視認したり対話したりすることは滅多にできない。

櫻子さんは煙管を置くと、真剣な陰陽師の眼差しで空間を見据えた。


「頼の耳がそこまでハッキリ声を拾うなんて……強い未練と執着を残した霊ね。……ちょっと神殿にこもるから」

櫻子さんは奥の神殿へ移動すると、五行の符を四方に配置し、香を焚いて静かに呪文を唱え始めた。立ち上る白い煙が渦を巻き、やがて一人の少女の姿を形作っていく。

「——顕れよ」

櫻子の喝とともに、煙の中から血の滲んだセーラー服を着た女子高生の姿が現れた。

「あ……あ……っ! 声が……届いた……!?」

少女の霊は透明な涙をぽろぽろと零しながら、そこにいるものたちを見渡した。

「私……ゆいっていいます。お願いです、私を助けてなんて言いません……! 私と一緒に殺されちゃった野良猫の『ミュー』を……崩れたビルの中で、生まれたばかりの赤ちゃんたちを守ってるミューを助けてあげてください……!」

櫻子さんが優しく問いかける。

「ゆいちゃん……一体、何があったの? どうして君たちがそんな目にあわなきゃならなかったのかしら?」

ゆいは胸元で両手を強く握りしめ、声と身体を震わせながら殺害の背景を語り始めた。


「私、学校帰りに路地裏で可愛がっていた野良猫のミューが、立ち退き済みの廃ビルで子猫を産んだのを知って……様子を見に行ったんです。ミューは私がいつもつけてる苺の香りを覚えてくれていて、すごく懐いてくれていて……。そうしたら、ビルの奥の暗がりで黒い服を着た人たちが、気味の悪い紫色の陣を描いていて……」

ゆいの顔が激しい恐怖で歪む。

「その人たち、『この裏霊脈に“汚穢の杭”を打ち込めば、龍神山の結界も内側から腐り落ちる』って嘲笑うように話していました……。怖くなって後ずさりしたとき、瓦礫に足をとられて、陣の真ん中に置かれていた黒いガラスの壺……霊脈を毒するための触媒って彼らは言ってました……を割っちゃったんです……」

ゆいはボロボロと溢れる涙を拭おうともせず叫んだ。

「そしたら、陣から噴き出した黒い煙が私を包んで……黒蛇会の人たちは『計画を台無しにされた』って冷たい目で笑いながら、私を……そして、私を庇おうとして飛びかかったミューまで……! ミューは死んで霊体になってからも、生まれたばかりの3匹の赤ちゃんを自分の霊力の温もりで包んで守ってます……! でも、もうミューの霊力も限界で……このままだと、赤ちゃんたちが凍えて死んじゃう……っ!」

「なるほどね……黒蛇会の奴ら、龍神山を直接攻めるだけじゃなく、街の裏霊脈から毒を回そうとしていたわけね。それを偶然にも阻止してしまったから消された……なんてこと! あまりに勝手で非道な理由だわ」

櫻子さんが煙管の煙を激しく吐き出し、冷ややかに陰陽師の目を光らせる。

「黒蛇会の奴ら……! 無抵抗な命を虐げ、どこまで腐っておるのだ……!」

アオが小さな拳を固く握りしめ、青い瞳にメラメラと激しい怒りの炎を宿す。

『ふん、黒蛇会め。我の『風の鋭爪』で八つ裂きにしてくれるわ』

ライデンが大きく翼を広げ、気勢を上げる。

俺は静かに、ゆいちゃんに伝える。

「ゆいちゃん、怖いと思うけど案内してくれるか?——ミューと子猫たちは、俺たちが絶対に助ける!」


第三章:廃ビルの死闘と破邪の光


街の外れにある、立ち入り禁止の崩落しかけた廃ビル。

内部は湿ったコンクリートの匂いと、黒蛇会が残していった黒い瘴気(霊毒)が泥のように澱んでおり、そこにいる生命力を喰らおうと、下級の怪異である影虫たちがワラワラと壁や天井から這い出していた。

「くっ、瘴気が充満してて進みにくいな……!」

桃木剣を構えるが、足元にまとわりつく黒い影虫の群れに足止めを食らってしまう。すかさずアオが前に出ると、小さな手に蒼い霊気を集めながら俺に言った。

「ライ、下がっておれ! 水風の結界よ、我らの道を阻む雑魚を退けよ!」

光り輝く清らかな水の風が旋風となって駆け巡り、群がる影虫たちを一気に吹き飛ばしていく。

俺たちはアオが切り拓いてくれた道を、一気に駆け抜けた。


その頭上を、イヌワシのライデンが猛スピードで疾飛していく。

『頼! 天井の鉄骨の隙間から影虫どもが降ってくるぞ! 我に任せろ! ——ハッ! 『風の鋭爪』!!』

ライデンが空中で力強く翼を振り抜くと、鋭い風の刃が走り、上空から襲いかからんとしていた怪異を一瞬で切り裂いて消滅させた。

だが、奥へ進むにつれて黒蛇会の残した瘴気はさらに重く湿り気を帯び、影虫の数も増していく。

「くそっ、キリがない……! このままじゃミューの霊力が消える前に辿り着けないぞ!」

俺が焦りを募らせたその時——背後から凛とした澄んだ声が闇を切り裂いた。

「——そこまでよ! 破邪の光よ、悪しき瘴気を祓い給え!」

眩い白銀の光が廃ビル内を疾走し、俺たちを包み込んでいた黒い瘴気が一気に一開された。

振り返ると、息を荒らしながらも神剣を手に走ってきた葵の姿があった。


「葵!? なんでここに……!」

「櫻子さんから連絡をもらったの! 『頼たちが黒蛇会の痕跡がある廃ビルに向かった』って……! 間に合ってよかったわ!」

葵は凛とした表情で俺の隣に並び立つと、神剣を強く握り直した。

「頼、ここは私の破邪の力で道を切り拓くわ! 一気に奥へ行きましょう!」

「ああ! 頼む、葵!」

葵の参戦により一気に勢いを取り戻した俺たちは、破邪の光芒とともに廃ビルの最奥へと突き進んでいった。


第四章:託された命と光の旅立ち


俺たち一行は、やっと廃ビルの最奥にたどり着いた。

崩れたコンクリートと折れ曲がった鉄骨の隙間。

瘴気が濃く渦巻いてる中に、薄桃色の儚い光を放つ場所が目に入る。

母猫・ミューの霊が何かを守るように立ちはだかっている。

よく見ると、冷たいコンクリートの上で身を寄せて震える3匹の生まれたての子猫を、自分の透けかかった霊体で包み込むように抱きかかえて影虫から子供を守っている。

影虫たちは容赦なく、ミューの霊体を傷つけ襲っている!

ミューの霊体は今にも霧となって消えてしまいそうだった。


「みんな離れて!」

葵が叫ぶと、神剣を掲げて破邪の光を放った!

「薙ぎ払え!」

銀色の光が、影虫の塊をわらわらと消滅させていく。


「ミュー……!」

ゆいの声にミューの霊が反応するが、人間に殺された恐怖から、近づく俺たちに向けて「シャーッ!」と小さな牙を剥き、必死に身を挺して子猫を守ろうとする。

「待ってくれ、ミュー! 敵じゃない!」

俺は桃木剣をゆっくり鞘に収め、膝をついて目線をミューと同じ高さまで下げた。

自身の能力——「動物全般の言葉を聞き、心を繋ぐ力」を全開にする。

「ミュー……怖かったな。痛かったな。……でも、もう大丈夫だ」

なるべく優しく、深く語りかける声が、魂の波動となってミューの心に直接浸透していく。

「お前を助けたい一心で、ゆいちゃんが俺たちを呼んでくれたんだ。……お前が命がけで守ったこの子たち、絶対に俺たちが引き継ぐ。暖かくて、お腹いっぱいになれる場所へ連れていくから……俺を信じて任せてくれないか?」

俺の言葉から溢れ出る温かい霊気と誠実な想いに、ミューの威嚇がふっと解けた。

ミューの霊は安堵したように「……ニャァ……」と弱々しく鳴くと、俺の差し出した手にそっと頭を擦り寄せてきた。

俺はそっと手を伸ばし、崩れた瓦礫の中から、持ってきた温かいタオルで包み込むようにして壊れそうな3匹の小さな子猫たちを慎重に抱き上げた。

「無事だ……! ちゃんと息をしてるぞ!」

手の中で、手のひらサイズの小さな子猫たちが「ミィ……ミィ……」と生命力に溢れた声をあげる。


「早く外に出るぞ!ここの瘴気が強くて建物に侵食し始めておる……いつ崩れてくるか分からんぞ!某が押さえるから、さあ、早く外へ!!」

アオがそう言うと、手のひらから荘厳な光の結界を張ってみんなを促した。


来た時同様に、影虫達を突破しながらようやく外に出た。

子猫たちは全員無事だ!


無事に外へ脱出できたことを見届けると、ミューの霊がゆっくりと子猫たち1匹ずつに毛づくろいをした。傍らには、涙を拭ったゆいの霊が立っている。ミューがゆいの足元にすり寄ると、ゆいは愛おしそうにミューを抱き上げた。ゆいからは、あのほんのり甘い苺の香りが優しく漂っている。


「ありがとう……本当に、ありがとうございました……!」

ゆいとミューの霊は頭を下げて晴れやかな笑顔を浮かべると、温かい光の粒子となって空へと昇り、美しい光の余韻を残して夜空へ溶けていった。


第五章:繋がる想いと迫る脅威


深夜の「カフェさくらこ」。

カウンターの端に用意された小さな布ベッドの前で、アオが小さなミルク瓶を両手で極めて慎重に持ち、子猫の口元へ運んでいた。

「む……こんな軟弱でちっぽけな小動物、某の足手まといにしかならんぞ」

そう文句を言いながらも、子猫がごくごくとミルクを飲み干すまで真剣な顔で甲斐甲斐しくお世話を続けている。

「アオ、口ではそう言いながらめちゃくちゃ甲斐甲斐しいじゃん」

俺がツッコむと、アオは耳まで真っ赤にしてそっぽを向いた。

「なっ……! 黙れライ! 某はただ、この毛玉どもが腹を減らしてやかましいから与えているだけだ!」

やがてミルクをたっぷり飲んで満足した3匹の子猫たちは、アオの手から離れると、身を寄せ合ってフチフチと小さな喉を鳴らしながらスヤスヤと気持ちよさそうに眠りについた。

カウンターの端からそれを見ていたライデンが、羽をはためかせて冷ややかに毒づく。

『ふん、呆れたツンデレ龍神だな。足元が狂って踏みつぶすなよ!』

「な、なにぃーー! この黒い塊め!!」


……どうやら、さすが龍神だけあって動物とも意志疎通ができるらしい。


一方、葵は小さなベッドで寄り添って眠る子猫たちを愛おしそうに見つめ、そっと呟いた。

「私には、この子たちが何を言っているのかは分からないけれど……頼が言っていた通り、とっても温かくて力強い命ね」

葵は俺の方へ視線を向けると、凛とした、けれどどこか優しい瞳で頷いた。

「ゆいちゃんとミューちゃんの想いが無事に繋がって……本当によかったわ」

「ああ。……でも、黒蛇会のやり方は絶対に許せない。殺人まで犯してるとなると、人間にも動物たちにも容赦なく襲うってことだよな……」


「ええ。まだゆいちゃんを手にかけた犯人も捕まっていないわ。組織的に隠蔽しているようね。相手がどんな手を使ってくるか分からない以上、これまで以上に注意が必要よ」

櫻子さんが静かに語りながら、淹れたての紅茶を全員に振舞った。

温かい紅茶とスコーンの香りが店内に満ちる中、俺は静かに、けれど爪が手のひらにくい込むほど強く拳を握りしめていた。

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