第一話 元カノが弁当を置いていく
「――もう別れたはずなのに、まだ覚えている。」
高校二年の春。
始業式の日、俺――神崎玲斗は、自分の席を見た瞬間に終わったと思った。
「……マジか」
窓側最後列。
そこまではいい。
問題は、その隣に座っている女子だった。
白石結衣。
三か月前に別れた、俺の元カノ。
長い黒髪を耳にかけながら、結衣は静かに教科書を机へしまっている。横顔は相変わらず綺麗で、男子がちらちら見ているのが分かった。
でも本人は慣れているのか、気にした様子もない。
そして――俺のことも見ない。
それが逆にキツかった。
付き合っていた頃は、毎朝「おはよう」って笑っていたのに。
別れてからは、一度もまともに話していない。
「神崎ー、席替わってくれよー」
後ろから友人の大和が茶化すように言ってくる。
「お前、白石と隣とか運命じゃん」
「うるせえ」
「復縁しろ復縁」
「するわけないだろ」
即答した。
……したけど。
その瞬間、隣の結衣の指先がぴくっと動いた気がした。
気のせいだと思いたかった。
ホームルームが始まっても、俺たちは一言も話さなかった。
先生の声も半分くらい頭に入ってこない。
隣に元カノがいる。
それだけで心臓に悪い。
しかも結衣、なんかいい匂いするし。
いや何考えてんだ俺。
そんなことを考えているうちに、午前の授業は終わった。
「っはー、腹減った」
俺は立ち上がり、購買へ向かおうとする。
すると。
「……ねえ」
小さな声がした。
振り向く。
結衣だった。
「なに」
「……これ」
ことん。
机の上に置かれたのは、小さな弁当箱だった。
「…………は?」
一瞬、本気で意味が分からなかった。
「いや、え?」
「お昼」
「見れば分かる」
「じゃあ聞かないで」
「いやいやいや」
待て待て待て。
「なんで?」
「……コンビニばっかじゃん、玲斗」
その言い方が、付き合ってた頃と同じで。
胸の奥が妙にざわついた。
「だからって弁当作る?」
「余ったから」
「絶対嘘だろ」
「……うるさい」
ぷいっとそっぽを向く結衣。
耳が少し赤い。
その反応まで昔のままだった。
「え、なにそれ」
騒ぎを聞きつけた男子たちが集まってくる。
「白石が神崎に弁当!?」
「復縁!?」
「青春始まった!?」
「違うから!」
俺は即座に否定する。
だが結衣は否定しなかった。
それどころか。
「……食べないなら返して」
少し拗ねたように弁当へ手を伸ばしてくる。
その瞬間、反射的に俺は弁当箱を抱えた。
「食う!」
「……そう」
結衣が少しだけ笑った。
たったそれだけなのに。
三か月ぶりに見たその笑顔に、心臓が大きく跳ねる。
弁当箱を開ける。
卵焼き。
唐揚げ。
タコさんウインナー。
全部、俺の好きなものだった。
「……お前、覚えてたのか」
「忘れるわけないでしょ」
結衣は小さく呟く。
その声は、やけに優しかった。
俺は卵焼きを口に入れる。
「……うま」
「そ」
素っ気なく返しながらも、結衣はどこか嬉しそうだった。
教室の窓から春風が吹き込む。
もう終わったと思っていた。
なのに。
隣に座る元カノとの距離は、思ったよりずっと近かった。




