第32話 予感
観艦式を終え、参加艦艇は各々港へと帰港していた。
私を乗せたバッカンドも接舷を終え、続々と将校たちが下船している。
ジョージやフィッシャー提督とはそこで分かれ、私も下船した。
バッカンドを離れた私は、ヴィルヘルムがいるゲルマニア艦隊の停泊地へと移動する。
泊地に向かう途中で、私は固めて係留させられている艦の群れを見かけた。
それこそ、フィッシャー提督が廃艦か予備役か判断できていないと言っていた旧式艦たちだろう。
他国では一線級の艦艇を続々と前線から離脱させるブリタニア……。
少なくとも、陛下の望み通りに海軍を増強させたところで太刀打ちはできないだろう。
ブリタニア側との同盟を結ぶことが出来れば最善であり、ヴィルヘルム1世陛下も宰相もブリタニアとの協調路線を選択している以上、ブリタニアとの衝突は避けうるのかもしれない。
そうこうしていると、ゲルマニアの旗を掲げた艦艇が私の目に入ってきた。
乗員たちは半舷上陸しているのか、桟橋周辺は海兵で埋まっている。
私は彼らをかき分けながら、ヴィルヘルムがまだ座乗しているであろう、派遣艦隊旗艦のカイザー・デア・グローセに乗艦した。
「おや、ヒンデンブルク嬢。もうブリタニア艦はよろしいのですか?」
「これはヴィクトル大尉。ええ、ジョージ殿下やフィッシャー第一海軍卿殿などから見聞きした情報を、ヴィルヘルム殿下にもお伝えしようと思いまして」
「そうでしたか。殿下ならば今は艦橋の司令室にいるはずです」
「ありがとうございます大尉。では失礼」
ヴィクトル大尉に案内されたはいいものの、どのようにして司令室に行くのか……。
そう思案していると、一人の海兵が案内をしようと申し出てくれた。
彼についていくことにした私が足を踏み出した時、後ろから大尉が声をかけてきた。
「そういえば、ヒンデンブルク嬢の噂はもう本国でも出回っているようですよ。私の所属する近衛歩兵第二連隊を含む、数々の部隊から君を抱えたいとの要望が出ているらしい」
「近衛歩兵連隊にもですか、それは光栄な話ですね。しかし私は軍人の端くれ、配属先は自らの意志ではなく、上官の決定に従うこととします」
「素晴らしい心がけだ。ブリタニアに滞在している間にも士官学校の卒業の日は近づいている。卒業後は学生としての君ではなく、少尉に任官した君として、私の連隊で再会できればよいがね」
ヴィクトル大尉の言った何気ない一言で、士官学校の卒業が近づいていることを思い出す。
卒業すれば少尉として任官し、部隊での勤務が始まるのだ。
自分はどこの部隊に配属されるのやら、などと考えながら、私は海兵の案内に従って司令室に足を進める。
◇
「アリス・フォン・ヒンデンブルク、ただいまブリタニア戦艦より戻りました」
私がそう言いながら司令室の扉を叩くと、すぐに扉が開かれる。
海図やその他資料が乱雑におかれた司令室には、ヴィルヘルム他数名の海軍将校がいた。
私は扉の前で彼らに敬礼し、その後部屋へと踏み入れる。
「よく帰った、ヒンデンブルク。して、何か成果はあったか?」
ヴィルヘルムは視線を海図からこちらに向け、私に近づいてくる。
「はい、殿下。建艦にかかわる企業の方との話は叶わなかったものの、ジョージ殿下やフィッシャー第一海軍卿殿らから、様々な話をお伺いすることが出来ました」
「第一海軍卿か。弩級を1隻作っただけで、それまでに存在したすべての艦に旧式艦の烙印を押したあの男とか。何か良い情報はあったか?」
「第一海軍卿殿から聞いた情報によりますと、殿下のおっしゃった弩級戦艦の出現は、他国の戦艦を旧式艦に格下げした以上に、自国の艦艇も旧式艦にも影響した……。速力を重視する現在のブリタニア海軍の戦術思想と相いれない艦を多数抱えることになった海軍は、近頃多数の戦艦を含む大規模な艦隊を前線から退けることを決断し、その多くは廃艦ないし予備役に送るつもりだそうです。条件的に極めて難しいものの、それらの艦艇の売却の可能性は残っているとのことです」
その瞬間、司令室内の空気が変わった。
将校らはたがいに目を見合わせ、何かを耳打ちしている。
ヴィルヘルムは彼らの考えを代弁するように私に向かって話す。
「第一海軍卿が極めて難しい、と判断した理由は聞いたか?」
「はい。第一海軍卿殿は、ゲルマニアとブリタニアが海域を共有する関係であり、ゲルマニアの海軍力が増加することはブリタニアの安全保障を脅かしかねないこと、また単純に技術流出の問題もあるとおっしゃっておりました」
「当然の判断ではある。そのせいで英国はグランドフリートを結成するに至ったのだからな。他には何か言っていなかったか?」
「両国は仮想敵国を共有しあう関係にあり、また王族同士の血縁関係もあります。両者が衝突しあう必要性は特段なく、一部で噂されている同盟関係となれば、ブリタニアはゲルマニアを警戒する必要性が薄れ、むしろゲルマニアが海軍力を保有する方が間接的にブリタニアの安全を向上させることに繋がるため、売却という判断をする可能性は飛躍的に上がる……とのことです」
それにフィッシャー提督は明言はしていなかったものの、艦艇を売却すれば維持にかかる費用等を全て捨て去ることが出来、またその収入で新たな艦を整備することもできる。
条件さえそろえば、むしろ魅力的な選択になりうるのだろう。
ヴィルヘルムの表情も、こころなし満足そうに見える。
この線で外交を進めることが出来れば、ブリタニアとの衝突も避け、陛下の望む通り海軍も増強できて一石二鳥。
先の大戦のようになることはなく、今世はもしかすると、懸念あるガリア以外大きな戦争なく退官し、余生を過ごせる人生がやってくるのかもしれない。
――そんな淡い期待を持つが、現実とはそうそううまくいくものでもないだろう。
ブリタニアとの衝突という最悪の事態を回避できても、また別の問題が降りかかる可能性もある。
私がもたれかかった司令室の鋼板の壁は、嫌に冷たかった。




