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令嬢将軍はやり直したい【連載版】  作者: Altemith/あるてみす
第1章

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第1話 婚約破棄

初日は1~10話まで連続公開です。

 私は退位した王である。

 私は最後の手厚い人間、平和の人、精神と心の克服者を探していた。

 我ら二人は退職した王であり、我らの帝国は過ぎ去った。

 我らは「昨日」という時代の亡霊なのだ。


"Ich bin ein König außer Dienst. [...] Ich suchte den letzten gütigen Menschen, einen Menschen des Friedens, einen Überwinder des Geistes und des Herzens. [...] Wir sind zwei Könige außer Dienst, und unser Reich ist vergangen, wir sind die Gespenster von gestern."


 ……フリードリヒ・ニーチェ『ツァラトゥストラはかく語りき』より引用





「アリス、お前との婚約の破棄をここに宣言する!」


 屋敷中に響き渡るほどの大声で行われた婚約破棄の宣言。

つい数秒前まで婚約者であった第一王子シャルルは、悦に浸った表情でこちらを見つめてくる。

そしてその傍らには、私の妹であるジュリーが笑みをたたえて立っていた。


 私は突然の婚約破棄に動揺……していることはなかった。

むしろ、上手く事が運んだと心の中で安堵しているほどであった。

これで私は、ギロチンの軛から解放されることになる――。


「分かりました。では失礼いたしますわ」


「……今更強がりか? お前があれほどなりたいと願っていた王妃の座、それを逃すというのに。そう思わないか、ジュリー?」


 シャルルはそう言いながら、ジュリーを抱き寄せる。

そして私の目も使用人たちの目も気にすることなく、熱いキスを交わした。

――なんてメルヘンな世界に生きているのだろうか。


「お姉さま。今回の件は残念ですが、今後良い殿方が現れることを願っておりますわ。――まあ、殿下に比肩する殿方なんてそうそういないでしょうけど」


「ジュリー、貴方は幸せになるのよ。でも――いいえ、何でもないわ」


 私は口から出そうになった言葉を押しとどめ、二人に背を向ける。

彼女たちに忠告したところで意味はない、私たちとは違いこの国の行く末など気にもしていないのだから。

そう思いながら、私は数十分前の父とのやり取りを思い出していた。





「アリス、もうすぐ殿下がいらっしゃる。それまでに支度を済ませるように」


「分かりましたわ、お父様」


 廊下から聞こえてくる父・アンゼルムの声。

私はその声に表向きは従順に応えつつ、裏では静かにため息をついた。

身支度を整え、鏡を見ながら嫌々自分の顔に化粧を施していく。


 私の生まれたロートシルド家は、このガリア王国の新興貴族であり、銀行経営を営む一家だ。

だが持ち前の財力と貴賤結婚により、数代の間に上流貴族の公爵まで上り詰めた実力派だ。

そんな我が家の財力に目を付けたこの国――ガリア王国の王族は、私との婚姻を申し出てきた。


(アリス、この婚姻は我が家に箔をつけるために必要なものだ。王家の外戚になることができれば、この国はロートシルド家が支配するも同然だからな)


 私がまだ2歳のころ、シャルル殿下との婚姻を聞かされた時に父が言ったこと。

当時の私にはよく理解できなかったが、今となってはよく理解できる。

その後、物心がついたころにはすでに私とシャルル殿下は公式な婚約者としてふるまっていた。


 だが、そんな関係は私たちが14歳の時に大きな転機を迎えた。

ガリア王国が支援していた独立戦争に多額の金がかかり、王家の財政が傾いたのである。

思えば、その頃から父は王家を疎ましく考えるようになっていたのだろう。


 財政難を補うために、王家は民衆に増税をかけ、新たな税も次々と導入した。

それは民衆に負担として重くのしかかり、その敵意は王家に向けられた。

さらに敵意はとどまるところを知らず、金貸しでもうけを得る我が家にも向けられた。


 その頃から、連動するように私とシャルル殿下の関係も冷え始めていた。

特に殿下は自分を持ち上げてくれる人間を欲していたこともあり、元々関係はよくなかった。

その溝がさらに広まった、というのが正しい表現だろう。


「アリス、支度はできたか? できたのであれば少し話があるのだが――」


「大丈夫ですわ、お父様。お入りくださいまし」


 扉が開き、暗い顔をした父が部屋に入ってくる。

その手には分厚い帳簿が握られており、その表紙には王家への貸付金と書かれていた。

椅子に座った父は、ひとつため息をついてから話始める。


「お前も分かっているとは思うが、王家は今未曽有の危機に陥っている。民衆が暴動を起こすのも時間の問題だ。そこで、かねてより計画していたことを実行に移すこととした」


「……遂にですか。それにしても、ジュリーには損な役を押し付けることになってしまいましたわね」


「そうだな。いくら養子だからと言ってもあの子は私の娘同然だ。……だが、実の娘であるお前と天秤にかけるのであれば、そして家のことを考えるのであればこうするしかない」


「私も、ジュリーのことは実の妹同然に考えていましたわ。……せめて幸せな暮らしを、少しの間でも享受してくれればいいのですが」


 父は私を暴動から救うため、かわりにジュリーを身代わりにすることを選んだ。

具体的には私と殿下の距離を意図的に作り、その間にジュリーを差し込んで殿下の恋心を彼女に向かわせたのだ。

常に王妃の立場を欲していたジュリーと、自分を無条件で肯定してくれる女性を望んでいた殿下は、こちらの思惑通りに逢瀬を重ねるようになった。


 父としては、銀行や家督の関係で血のつながった子が必要であった。

長男が夭逝してしまったため、父の実子は私しかいない。

そんな私が死ぬリスクを父は取りたくなかった。


「血がつながっていない私の妹――愛しく、哀れな子」


 沈みゆく泥船の最後の光を甘受しようとするジュリー。

私はガリア王国という泥船が沈むまで国を見捨てる気はなく、できる限りの支援はするつもりだ。

ただそれでも、明らかにこの国の行く末は絶望であることに変わりない。


「シャルル殿下、ご到着です!」


 廊下に響く、使用人たちの声。

それと同時に、屋敷の思い扉が開かれる音が聞こえてきた。

私は父と目線を交わしたのち、部屋を出る。


「ようこそいらっしゃいましたわ。シャルル殿下」


 そう挨拶すると同時に目に入ってきたのは、シャルル殿下と腕を組むジュリーであった。

もはや使用人たちの目にふれても気にすることがない彼らは、堂々といちゃつく。

自分たちが誘導したことであるとはいえ、私は10年ほど愛し合っていたシャルル殿下に対して幻滅に近い感情を感じていた。


 私は階段を降り、シャルル殿下の前へと足を進める。

そして優雅にカーテシーを決めるが、彼はあまり興味がなさそうにこちらを見た。

だが一応婚約者という建前、無視するわけにもいかないので彼は嫌々口を開く。


「アリス嬢。君はいつも私と会う時に退屈そうにしているな。昔から何も変わらない」


「御冗談を。私は常に、殿下と共にする時間を日々楽しみにしておりますわ」


「……何を言っている。君の妹のように、少しは男に媚びるということを覚えたらどうだ?」


 シャルル殿下の腕を掴むジュリーの手には、豪華絢爛な指輪の数々が卑しい光を放っていた。

ただでさえ財政がひっ迫しているというのに、それだけの宝石を買うほど浪費するとは。

私の時にはなかった女に媚びられる、という感覚に対する優越感に浸っている殿下には、もはやたどり着けない考えなのかもしれない。


「申し訳ございません、殿下。しかしこれは国のためでもあるのですわ」


「国のため、だと?」


「ええ。それだけの宝石を買うお金があれば、数多くの困窮した民衆に食料を配ることができるでしょう。王妃になるということは国民の母になるということ、自分の子を飢えさせるようなことは出来ません」


 私の言葉を聞いたシャルル殿下とジュリーは、不快さを隠す気もなく顔を歪めた。

ジュリーに至っては、殿下に顔が見えないことをいいことに親指を下に向ける。

面白いほどに、殿下は私よりもジュリーと相性がいいようだ。


「……お姉様、今の発言の意味を理解しておいでで?」


「もちろんですわ、ジュリー。私は馬鹿ではありませんので」


「そうだな、アリス嬢。そして私もその言葉の意味を理解できないほど馬鹿ではない……」


 シャルル殿下は、拳を握ってわなわなと震えていた。

顔が段々と赤くなっていき、何かをこらえようとしているのか歯を噛み締めていた。

そう、これで良い――後は殿下が()()()を下してくだされば……


「――アリス嬢」


「はい」


 シャルル殿下は顔を上げ、そして大きく口を開けて言い放った。


「私はこの時をもって、アリス嬢との婚約を破棄することを、ここに宣言する! そして同時に、ジュリー嬢との婚約の締結をここに宣言する!」


 シャルル殿下の英断が広場に響き渡ったとき、玄関ホールにはジュリーの歓声が爆発した。

彼女は、ついに私から殿下を奪うことができて優越感を感じていた。

私はあの姉よりも優れているのだ――と。


「分かりましたわ。では失礼いたしますわね」


「……アリス嬢、いやアリス。この期に及んで強がりか? だがもうお前に王妃の座が渡ることはないのだぞ」


「構いませんわ。その座は私にはふさわしくなかったようです」


「そうか、ではもうよい、私の前から姿を消し給え。そして二度と、私の前に姿を現さないでくれ」


「心得ておりますわ。では、お二人の将来に神の祝福(ギロチン)のあらんことを」


 私はそれだけを言い、シャルル殿下らに背を向けて立ち去る。

その背中には嘲笑があびせられたが、私は気にせず自分の部屋へと戻った。

先ほどまでは父がいたが、今はどこかへ行ってしまったようだ。


「……面白いぐらいに事がうまく運んだわね。しかし、再び主君と仰ぐべき人を見捨てることになるとは――」


 私は窓辺に寄り添い、ひんやりとした窓に手を当てる。

外はどんよりとした曇り空で、11月らしい冷気に冷え込んでいた。

手を置いていたところについた跡をじっと眺めながら、ため息をつく。


「曇り空……あの時のベルリンも似たような天気であったわね。私の、いや儂の主君を見捨て、国の崩壊を見届けたたあの日も」


 霧雨が降り始め、雲は太陽の光を閉じ込める。

その光景に、私は過去の――アリスとなる前のことを思い出すのだった。

初めまして。

『令嬢将軍はやり直したい』を読んでくださり、誠にありがとうございます。

もし気に入っていただければ、今後も読んでいただけると幸いです。


Altemith/あるてみす

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