8. 悪役転生した世界の主人公に転生していました
そして不思議なことに――いや、やっぱりな、という気持ちの方が強かったんだが……
ヴァルガスも、転生者だった。
それを確信したのは、ほんの些細なやり取りからだった。
ある日、昼休みに中庭で一緒にパンをかじっていたとき。
俺は、何気ない顔で切り出した。
「そういえばさ。この世界でエリクサー的なポジションのアイテムって……精霊の涙だったっけ?」
パンを飲み込みかけていたヴァルガスが、咳き込みそうになった。
「……ああ、それ……魔導系の試練ダンジョンの奥、光の間の祭壇に――いや……あれ? いやいや……ちょっと待って……なんで俺、それ知ってんだ?」
一瞬、動きが止まった。
そして、自分の発言に気づいたのか、ヴァルガスは苦笑しながら首を振った。
「……ま、なんか昔にどっかで聞いたんだろう、たぶん」
「なるほど、やっぱ色々知ってるな。フィリア様だけで無く王室にまでコネあるってのは、やっぱ強いな」
――アウトォォォ。
いや、普通の貴族がそんなピンポイント情報持ってるわけないだろ。
光の間の祭壇って、お前、それ完全にイベント名称だろ!
その場は王室のコネって事にして笑ってスルーしたけど、内心では「これ確信一歩手前だな」と踏んだ。
そして、決定打は数日後だった。
例によって訓練終わり、休憩所で水を飲んでいたとき。
俺は、何気ない風を装って言った。
「なあ、“黒銀の鍵”ってさ、やっぱドロップ率低かったよな」
「うん、0.2%くらいだったよな、確かに――」
「……ん?
0.2%?」
「……あ、いや、それくらい低いって事だよ」
自分の口から出た言葉に、ヴァルガスの目が見開かれる。
一瞬で言葉を飲み込み、ごまかすと、唇に指を当てて黙り込んだ。
俺は、その様子を横目で見ながら、水を飲むふりしてニヤリと笑った。
――はい、確定演出入りましたぁ。
それでも、俺は何も言わなかった。
問い詰めるつもりも、責めるつもりもない。
彼が自分の口で話してくれる日が来るなら、それを待つだけだ。
それに……俺は理解している。
ヴァルガスは、この世界で悪役として生まれた運命を、最初から自覚していた。
そして、その運命に逆らい、塗り替えるために努力してきた。
――そのことを、彼の許嫁であるフィリアから、ある日こっそり聞いた。
「彼ね、幼い頃からルアント家の男は冷酷だって言われ続けてきたの。
ヴァル君自身じゃなくて、家の男ってだけでね。ひどい話でしょ?」
フィリアは、そう言って少し苦笑しながら続けた。
「でも、彼はそれに反発してた。『冷酷だと言われるなら、それ以上に優しくなってやる』って。
誰よりも剣を振って、誰よりも勉強して……
誰にも嫌われない貴族になるって、自分を磨き続けてきたのよ」
強さをひけらかすことなく、
人を見下すこともなく、
ただ誠実に、丁寧に、人と接してきた。
それが、今のヴァルガスという人間を作っている。
彼があのカリスマ性と信頼を自然に得ているのは、偶然でも才能だけでもない。
積み重ねてきた努力と、覚悟の結晶だ。
「……あのときの女の子、君だったんだろ?」
ある日、ふと俺がそう尋ねたとき――
フィリアは驚いたように目を見開いて、それから少し照れたように頬を染めて、笑った。
「やっぱり、気づいてたのね」
「まあな。銀髪で剣も振れて、あの話の内容なら……そりゃ気づくさ」
俺が肩をすくめると、彼女はくすっと笑って、ふいに少し真剣な表情になった。
「あなたの努力が、ヴァルガスを超えてるのは認めるわ。
少なくとも量では、きっと彼以上。……本当に、すごいと思う」
「……でも?」
「でも、彼だって努力してる。ずっと、昔から。
だから簡単には追いつけないわよ、頑張り屋君」
そう言って、フィリアはイタズラっぽくウインクしながら、けれど確かな自信を持って、言い切った。
「まあ、それは認める。
……ところで、もうヴァル君って呼ばないのか?」
「……バカ」
そう言って、顔を真っ赤にした彼女は去っていた。
悪役だったはずの男が、今や誰よりも信頼され、頼られ、
ヒロインたちの視線すら集めている。
本来、彼を超えて主人公となるはずだった俺はというと――
今日も地道に訓練をこなし、魔導理論を読み漁り、
気づけば努力系モブ男子の道を着実に歩んでいた。
彼女の数以外では、負けてないって言い切る自信はある。
「……いや、悪くねぇけどさ。悔しいっちゃ悔しいわ」
そう呟いてから、ふと笑みがこぼれる。
悪役であるはずのヴァルガスと、今や友人みたいに肩を並べて会話している自分。
……悪くない。
悪くないけど――
爆ぜろ、リア充野郎。