7. 悪役って基本スペック高い事多いよね
学院での生活は、順調だった。
ただ、ゲームでは徐々に孤立していくはずの彼、ヴァルガスを除いて。
彼は徐々に友人の輪を広げていく。
……特に女の子達と。
そんな彼の姿を見て、ふと頭に浮かんだのは――
入学したばかりの頃、俺が冗談半分で考えた、あの仮説だった。
――もしかして、こいつ、悪役転生者なんじゃないか?
そんな考えが、また頭をよぎる。
だって、どう見たって元・悪役っぽい見た目と立場だったやつが……
今じゃみんなの中心にいて、全方位から好感度を集めてて……
しかもそれを当たり前のように自然体でやってるって……
どう考えてもおかしいだろ。
もしこいつが、俺と同じように別の世界から来た転生者で、自分の役割が悪役だと気づいたうえで、それでも別の生き方を選んだのだとしたら――
……このカリスマ性。
異様なまでの適応力。
それでいて、どこまでも包容力がある。
全部、納得がいってしまう。
ましてや破滅するのが確定している悪役に転生したのなら、逆にそれ以外の生き方を模索しない方が不自然とさえ言える。
なにより――
この世界の物語の中心にいるのは、もしかして……もう俺じゃなくて、彼なんじゃないか。
そう思わせるほど、彼はどこか“絵になる存在”だった。
言動、所作、振る舞い……全部が、いちいち様になってる。
まるで、主人公みたいに。
いや、違うな。
彼こそが、今この物語の主人公になってるのかもしれない。
俺のポジション?
いやまあ、確実に揺らいでるよ。
もはやペラッペラ。
海苔かっての。
いや、むしろふにゃふにゃのワカメ。潮流に流されっぱなしの脇役人生ですよ。
……でも、それでも俺は――
今の関係が、ちょっとだけ嫌いじゃない。
普通に友人たちで、馬鹿話もしたり、嫌な講師の陰口をたたき合ったり。
訓練や勉強の合間のちょっとした時間は、本当に楽しいし、悪くないと思える。
だけど最初は、正直、ちょっと構えてた。
敬語で喋ってきて、距離感も絶妙に遠くて、優しさも丁寧すぎて、なんというか……完璧すぎて息苦しかった。
まさに上品な貴族様って感じで、俺みたいな庶民育ちには気を遣いすぎる相手だった。
まあ、一応准貴族って事にはなってるんだけど、上級市民とだと得てして逆転する程度だからな……
でも。
「レイ君、これ……昼休みの時間、空いてる? 一緒に行かない?」
そんな風に、向こうから気さくに声をかけてきて。
最初は断りかけたけど、「学食のスープは午後に冷めると本気でまずくなる」という地味な説得力に負けてついていって、そこから自然と、飯を一緒に食べるようになって――
気づけば、昼飯仲間になっていた。
訓練後には剣のフォームの癖を指摘し合ったり、
放課後には魔導理論のレポートでわちゃわちゃしたり、
たまに「フィリアさん、最近距離近くない?」なんて俺が冷やかせば、
「いや、そういう意味じゃないからね?」って即座に否定されるあたりも、
だんだん面白くなってきて。
試験前には一緒にノートまとめたり、
つまらない講義中に目が合えば、
微妙な顔で“寝そう”って訴えてきたり、
最近じゃ、目が合うだけで「また何かやらかしたな」って
お互い察するくらいには、距離が近くなってた。
今や、学院のそこかしこで言われるくらいには――
「ねぇ、ヴァルガス様とレイ君って、なんか仲良くない?」
「と言うか、ヴァルガス様に張り合えるのって、レイ君くらいのもんだよね」
「ほんと、二人で並ぶと絵になるね」
なんて噂が立つ程度には、確かに親しい間柄になってる。
本人はどう思ってるか知らないけど、俺の中ではもう親友って言っても差し支えないレベルだ。
……なまもののかけ算だけは断固拒否する!
でもな……!
「これじゃあまるで、ギャルゲーの主人公の……友人ポジション、そのものじゃないか……」
思わず口から漏れたその一言に、俺はひとりで頭を抱えた。
……うん、分かってる。ツッコミどころ満載だよな。
自分でも情けないとは思うよ? でもな?
ちょっとだけ、いや、かなり、悔しいんだよ!
こっちはこっちで、地道に努力してんのに!
なんであいつだけ、天然でキラキラしてんだよ!
とはいえ――
「……まあ、悪くないけどな、この関係も」
ふと、口元がゆるむ。
笑うつもりなんてなかったのに、勝手に頬が緩んでしまう。
なんか、悔しいけど……嫌じゃない。
ヴァルガスは、いつもの爽やかな笑顔で、教科書を片手に手を振ってきた。
「じゃ、またあとで」と言い残して、颯爽と次の講義へと歩いていく。
その後ろ姿は、どこからどう見ても、物語の主役そのものだった。
……その背中を見送りながら、俺はぼそっと呟く。
「――やっぱ、爆ぜろ」
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
そんな感じで転生してしばらく経ち、日々の訓練と授業にも慣れてきた頃のことだった。
その日、俺は王都の市場に食料の買い出しに出ていた。
寮の飯も悪くないが、やっぱり時々は外で好きなもんを食いたくなる。
市場は今日も活気に満ちていた。
香辛料の刺激的な香り、焼きたてパンの香ばしい匂い、彩り鮮やかな果物の山。
異世界とはいえ、こういう光景はどこか懐かしく感じる。
「……うん、こういうの、異世界っぽくていいよな」
独りごちながら果物の屋台を眺めていた、そのときだった。
「――っ、やめてよっ!」
少女の鋭い声が、市場の片隅から聞こえた。
反射的にそちらへ目を向けると、少女が数人の男に囲まれているのが見えた。
言い争い……というには、あまりにも一方的だった。
男たちの体格は大きく、少女は肩をすくめるようにして立っている。
通行人たちは皆、あえて目を逸らし、遠巻きに通り過ぎていった。
(……ゲームじゃ、こんなイベントあったか?)
記憶にない。
でも、なにかが引っかかった。
ゲームの外の、現実の世界の、現実の不快感。
俺は小さくため息をつきながら、自然な足取りで男たちに近づいた。
「――なあ。女の子が嫌がってるの、見えねぇのか? 離れてやれよ」
男たちは、こちらを振り返って鼻で笑った。
「あぁ? なんだ、学生か? 坊や、遊びじゃねぇんだよ」
「おう、ガキは引っ込んでな。用があんなら、あとでたっぷり――」
言葉の途中で、俺は一歩踏み込んだ。
「悪いけど、あとでなんて悠長な暇、ないんだよ」
一人の腕を取って手首を逆関節へと捻り上げ、そのまま地面に叩きつける。
隣にいた男の膝を横から払うと、派手な音を立てて背中から落ちた。
三人目が怒鳴りながら拳を振り上げてくる。
その動きは遅い。
かわして懐に入り、背負い投げの要領で一気に肩口から叩きつける。
「ふぅ……運動不足にはちょうど良かった」
俺が呟くと、男たちは呻き声を上げながら蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
場の空気が少しずつ緩んでいく。
騒ぎを気にしていた人々も、安堵の表情を浮かべて、また足を動かし始めた。
「……大丈夫か?」
振り返ると、少女が呆然とした顔で俺を見上げていた。
その目には、恐れと、そして少しの驚き。
淡い金色の髪。繊細な顔立ち。
控えめな仕草が印象的な少女だった。
どこかで見たことがあるような……けれど、名前までは思い出せない。
「……あ、ありがとう。あの……あなたって、学院の方……ですよね?」
「うん、俺はレイ。学院の一年生。まだまだ見習いだけどね」
少女はほっと息をつき、ふわりと微笑んでから、丁寧に頭を下げた。
「わたし、ティナって言います。助けてくれて、本当にありがとうございました」
「気にすんな。困ってる人がいたら動くのが俺の性分なんで。
まして美人が相手なら、なおさら飛んで助けに行くさ」
冗談めかしてそう言うと、ティナは小さく、けれど確かに笑った。
「……そんな風に言ってくれる人、あまりいないから。
なんだか……すごく、うれしいです」
その笑顔に、思わずこっちも頬がゆるんだ。
これはゲームの中にはなかった出会い。
ほんの偶然の重なりにすぎない、小さな出来事だったかもしれない。
でも、それは確かに、この世界でしか得られない“縁”だった。
ゲームの中じゃ出会えなかった人がいる。
この世界だからこそ、交われた言葉がある。
彼女ってほどじゃない。
けど、目の前でこうして笑ってくれる人がいて、
誰かを守れたっていう手応えがあって――それだけで、この世界に生きている実感が湧いてくる。
それは、たった一度の選択が生んだ、小さな物語。
だけど俺にとっては、間違いなく、大切なイベントだった。




