1. やっぱり俺って、実は主人公じゃ無かった?
だが、何かがおかしい。
転生して数ヶ月が経った頃、俺はふと気づいた。
「……ん? 待てよ。
なんか展開が違くね……?」
世界の空気感、周囲の人たちの態度、そして何より物語の進み方が、ゲームで見ていたそれと微妙にズレている。
いや、微妙どころじゃない。
これは……完全に別物だろ。
最初の違和感、それは「前日譚イベントの欠如」だった。
本来なら、ヒロインと運命的な出会いを果たすはずのサイドイベントが――ごっそり無い。
例えば、街道で浮浪者が旅人の親子を襲うイベント。
「あ、これだ! ヒロインとの出会いイベント!」
ゲームとはシチュエーションが違ったけど、流れとしてこんなストーリーがあった。親子で無く女の子が襲われていたのを助けたんだった気がするが、そんなのは些細な違い。
テンション爆上げで飛び込んだ。
救えば、再登場してメインヒロイン昇格……そんな流れを夢見てた。
でも、現実はクソ厳しかった。
その浮浪者、めっちゃ強ぇの。
一見ただの浮浪者風情かと思ったのに、踏み込みの鋭さと間合いの詰め方が、明らかに素人のそれじゃなかった。
こっちは武器の扱いも怪しいレベルで、ぶっちゃけ立ち回りも我流の応急処置。初手でビビって動きが鈍った俺に、いきなり鋭いナイフのような突きが飛んできた。
「っ、速っ……!」
ギリギリで身を捻って躱したけど、腕に擦過傷――その瞬間、背筋に冷たい汗が走った。
こいつ、中ボスクラスじゃねぇか……!
それでも、逃げたら終わる。
俺は足を踏ん張って木剣を構え、渾身の突きを繰り出した。
「せいやっ!」
……手応え、なし。
いや、かすったくらいはした。けど、まるで効いてる様子がない。
逆に浮浪者の拳が唸りを上げて飛んできて、次の瞬間には視界がグラついた。
殴られた? 蹴られた? わからない。気づけば地面に転がってて、口の中に血の味。
「マジかよ、こいつ……」
それでも、なんとか踏ん張った。距離を取りながら、足捌きで隙を窺う。
何度か木剣を振り抜き、何発かは当たった――はず。
体勢を崩させた場面も一度あった。けど、それ以上にはならなかった。
向こうは手加減なし、こっちは必死の応戦。
たぶん、周囲から見たらそこそこ戦えてるように見えたかもしれない。
でも、俺の体感は――
一方的にボコられてる、それに尽きた。
体が重い。息が切れる。
そして何より、相手の動きが見えない。
このままじゃ、死ぬ――
頭の奥で警鐘が鳴る。
そういや……後からヒロインが語ってたストーリーでは、自分を川から助けてもらったって言ってただけで、旅人の親子だなんて一言も触れてなかったんだよな……
まさかコレって、メインイベントでも何でもない、ただの事故フラグ?
……うそだろ、そんなルート外のアクシデントで、異世界転生して即退場なんて……笑えねぇって……!
──視界が、ぶれる。
足がもつれ、膝が地面に触れた。
ああ、もう限界かもしれない。
一発は入れた。何度か避けた。手応えは、ゼロじゃなかった。
でも、それでどうなるってんだ。
浮浪者は息ひとつ乱さず、俺の前に立っていた。
皮肉な笑みすら浮かべている。こっちは泥と血にまみれ、片膝をついて、呼吸すらままならないのに。
「くそ……」
立ち上がろうとする。でも足が、動かない。
もはや俺ができるのは、目の前の子供に手を伸ばして、ただ庇うことだけだった。
頼む。誰か──
その瞬間、鋭い風が斬り裂く音と共に、空気が一変した。
「そこまでだ!」
声が響いた。凛として、力強く、それでいて若い。
目を向けると、夕陽を背にして現れた二つの影があった。
ひとりは、武骨な佇まいの剣士。
そしてもうひとりは──俺と同じくらいの年に見える、美しく整った顔立ちの少女……いや、少年か。
目深に被ったローブのせいもありぱっと見、少女と見間違えるほどの涼やかな目元に、細身の剣を携えた姿。
「っ……少年?」
俺が呆然とつぶやくより早く、彼らは動いていた。
まるで舞うような動きで駆け出した少年は、俺と浮浪者の間に一閃を走らせた。
「ぐっ……!」
浮浪者が一歩、後退った。
それまで微動だにしなかった奴の足が、ほんのわずかとはいえ揺らいだのだ。
初めて見せる動揺の色。──やっぱ、あの一撃、かすったんだな。
自分で思っていたより、俺もちゃんと戦えていたのかもしれない。
その隙を逃さず、剣士の男──たぶん父親か、師匠なんだろう──が静かに前へ歩み出た。
構えも何もいらない。ただその存在感だけで、空気が一気に張り詰める。
浮浪者はもう戦意を失っていた。
俺は、それを……ただ、眺めることしかできなかった。
二人は俺もろとも、敵を一掃した。
旅人の親子は、ほっとした表情で何度も頭を下げていた。
助けられたのは、あくまで彼らだ。俺はというと──まあ、泥と血と敗北感にまみれたまま、川辺で鼻血垂らして半泣き。
けど、ひとつだけ──唯一、俺が主人公っぽかった瞬間があった。
戦いの最中、逃げ遅れた子供が足を滑らせて、川に落ちかけたんだ。
反射的に、体が動いてた。
全力で走って、倒れこむように地面に手を伸ばして──指先ギリギリで、その小さな手をつかんだ。
「うわっ……っ!」
ぐっと引き上げたその勢いで、俺の肘も膝も泥に突っ込んで、もう泥まみれ。
水が跳ねて顔にもかかるし、木剣は川に落ちて流されるし、絵面は最悪だったけど……
それでも、その子は俺を見上げて、小さく「ありがとう」って言ったんだ。
……なあ、あれ、ちょっとだけ、かっこよかったよな?
なあ、そうだろ? なあってばさ……!
──なんて自己満足も束の間。
その子はすぐさま立ち上がると、美少年剣士の方へ駆け寄っていった。
キラッキラの笑顔で、「ありがとうっ!」って全力感謝。
声のトーンからして、明らかにテンションが違う。
……うん、そりゃ、そうなるよな。
そんな少年剣士が何気なく俺に声をかけてきた。
「怪我は……大丈夫か?」
その声音が妙に落ち着いていて、生前含めたら年齢が上のはずな俺が一瞬返答に詰まったくらいだ。
「……ああ、なんとか、な」
「無理はするな。剣の扱いが未熟なのは見ていてわかる。命が惜しいなら、まず体を鍛えた方がいい」
ぐさっ。めっちゃ正論だし、普通にいい奴だし。
けど、それが逆にきつい。主人公のはずの俺が、見た目美少女に説教される図。
いや待て、こいつほんとに美少年なのか……?
……美少年でした……
「ねえ、お兄ちゃん、大丈夫?」
旅人の子供が、もう一度こっちを見た。
「さっき助けてくれたとき、すごく……怖かったけど、嬉しかった」
「あ、ああ……そっか、よかった」
頬がほんのり赤い。まさかのフラグ立ったか……?
と思ったけど、次の瞬間。
「でも、あのお姉さんの剣さばき、すっごくかっこよかったよね!」
え? やっぱそっちかよ……
「そうだよな、やっぱかっこよくなくちゃ……」
「やっぱりそうか……。
でも、お兄ちゃん、結構かっこよかったよ」
「そ、そうか……」
そう返すのが精一杯だった。
まあ、美少女って誤解してるみたいだから、憬れってのが強いのかな?
その後、旅人親子は剣士親子に護衛を依頼し、そのまま去っていった。
残されたのは――俺ひとり。
ぽつーん。
「……やっぱ、俺、実は主人公じゃない?」
その時ばかりは、本気で思った。
筋書きから、外れすぎてる。
ヒロインとの出会いは横取りされ、助けるはずだった子どもは別の誰かに救われ、自分の見せ場は川辺で鼻血を垂らして倒れるだけ。
何より、自分の実力が、致命的に足りていない。
この世界は、誰かが勝手に俺のレベルを上げてくれるRPGじゃない。
誰かに期待するんじゃなく、自分でやるしかない――そう、痛感した。




