プロローグ
「さて、エメ。まだかな?」
全身が痺れて動くことができず床に倒れているエメの前で、その男はイスに座って優雅に紅茶を飲んでいる。
窓からは夕陽が差し込んで、男の髪を彩る。金と茶色、そしてところどころ白髪が混じる髪にきらりと赤が走って隠れた。
我ながら体が痺れていながらもそんなことまで見えるなんて。毒に慣れてきてしまった証拠だ。この痺れ、吐き気はない。呼吸もまだできる。おやつに差し出されたあのマフィンに入っていたのだろう。
油断していた。ここ数週間、毒をこの男に盛られることはなかったから。
ポーチから解毒剤を取り出そうと震える手を伸ばす。
「もうすぐ十分が経つ。早く毒を分析して正しい解毒剤を飲みたまえ」
紅茶を飲む仕草の一つでさえ色気が漂う目の前の男。ウィリアム・ライデッカー。彼はエメを殺しかけ、気まぐれに拾い名を与え、弟子にして、そして今日は痺れ薬を盛った男。
「そんなんじゃ復讐なんて夢のまた夢だ。ほら、王太子妃を殺したいんだろう? 頑張りたまえ」
どこまでも優雅。そして突き抜けるように残酷に男は笑った。エメは歯を食いしばりながら痺れている手を必死に動かして一つの瓶を手に取った。気合だけでそれを口元に持っていき飲み干す。痺れのせいで喉の途中でつっかかってむせる。それでも、涙を浮かべながらエメは飲み込んだ。しばらくして手足のしびれがなくなっていく。
ウィリアムはパンパンと手をたたく。
「時間はかかっているが、正解だ。もう少し時間を短縮したまえ」
「は……い。これはアーチェントの実ですね」
「そうだ。ほんの少量すって生地に練り込んだ。少量でもその威力。すごいだろう」
アーチェント。美味しそうな、ブドウよりも小さな小さな実をつけるがその実に毒を持つ。
「一体どこで」
「この前診察に行った帰り道に生えていた。珍しいからね、採取しておいたんだよ。味わいだけでは毒と気付かれない」
ウィリアムは立ち上がると、地下室に続く部屋の扉を開けた。
「じゃあ私は次の仕事用に調合をしてくるから。エメはエメで勉強していなさい」
まだ気だるさの残った体でエメはなんとか頷く。
ウィリアムの姿が消えてから大きく息を吐いた。今度は悔しくて涙がにじんだ。




