魔王の娘
「魔王の、娘……」
目の前にいる女……自らを窮地に陥っていたゼオとヒューグを助け、共に祈機騎刃、ヴァルガテールに乗り込んだ女はそう口にした。
名はイクシオリリオン。
彼女がゼオの主人であることも、幻魔候の一人であることも予想はついた。
だが、魔王の娘であるというのは予想外だ。
「……三百年前、俺たちが倒そうとした魔王の娘……なのか?」
リリオンは首を横に振る。
「私の父は先代の魔王……『不羈の魔王』です」
「三百年前、魔界から人間界への侵攻を指揮したのは先々代の魔王、『狂奔の魔王』であり……貴方がたが討伐しようとしていたのも、この魔王のことです」
今日の午前中、座学の授業で扱ったと思いますがと言われ、ヒューグはギクッとした。確かに、そんなことを聞いた気がする。
旅の途中、姫様に色々教わっていた時のことを思い出す。適当に聞き流していると、それはもう怒られたものだ。授業については正直、姫様とエルジランが結婚したことのショックが大きすぎてその辺は忘れてしまっていた。
「確か、先々代の魔王は部下の裏切りに遭って死んだって……」
自分たちが目的としてた相手の最後が呆気ないものだったことはかろうじて覚えていた。
「私の父がやったことです。何故そんなことをしたのかは、何度聞いても教えてくれませんでしたが」
自分の父親について語る彼女の眼は冷たい。
父親に対して、いい感情は持ってはなさそうだ。
「立ち話も何でしょう。続きは中で」
そういうと彼女は一方的に会話を打ち切り、草原にぽつんと立つ小屋へと歩いて行った。
一瞬迷ってから、ヒューグも後を追う。罠の可能性も考えたが、この空間に踏み入った時点でどうすることもできない。
今は助けてくれたリリオンを信じることにした。
小屋の中はソファーやテーブルが置かれ、十分にくつろげる空間になっていた。
開きっぱなしの大きな窓から、暖かな風が吹き込んでくる。
「いい場所でしょう」
素直に頷く。
穏やかで落ち着ける、疲れをとるにはちょうどいい場所だ。静かにゆったりとした時間が流れている。耳を澄ませば鳥のさえずりも聞こえる。
歳をとってからはこういうところに住むのもいいかもしれない。そんな場所だった。
「話をする前に、一ついいでしょうか」
リリオンにそう聞かれ、ひとまず頷く。
彼女はヒューグに向けて手を伸ばし、軽く腕を振った。
とん、と押された感覚があった。触れられてもいないのに。
「お……?」
身体が宙に浮いている。ヒューグは霊体に戻っていた。
視線を下すとさっきまで憑依していたゼオの身体がふらふらと揺れている。強制的に憑依を解かれたのだ。
ゼオは眠ってしまっているようで、ふらふらと倒れそうになったところをリリオンがぎゅっと抱きとめた。
「んっ……」
彼女の豊かな胸の中で、ゼオは安らかに寝息を立てている。
そんな彼をリリオンは愛おしそうに見つめ、そっと優しく頭を撫でた。
明らかに主従の関係ではない。ヒューグはそう思った。
かといって、恋人だとかそういうわけでもなさそうだ。もしそうなら、ゼオも大人しい顔してやるもんだと思ったのだが。
彼女のゼオへの態度には、母親が子に向ける愛情のようなものを感じる。
「失礼……休める時に、休ませてあげたいのです。この子は、無茶ばかりしますから」
ヒューグの視線に気づいたリリオンは、ゼオの身体をソファーに運びそっと寝かせた。そしてまた眠るゼオの頭をそっと撫で、ヒューグのほうへと振り返った。
「気になるようですね……ちょうどいいです」
「お教えましょう。私と、この子の関係について」
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