鏡の中の世界(現在)
その日彼女は永遠にこの世からいなくなった。
◇ ◇ ◇
ローズの鏡が光り、映し出された少女を見た瞬間、ローズの魂が確かにそこにあるのを感じた。
肩の上ぐらいの黒髪に黒い瞳、面影はどこにもないけれど、生まれ変わったローズだ。
その黒い瞳に涙をこらえたあとがあるのを見つけた私は、この世界でも悲しい目にあっているのでは?と心配になった。
「ローズ!!」
「どうした悲しいことがあったのか?」
必死に語りかけるが、少女はきょとんとした顔でこちらを見つめる。でも
「 」
何か言いながらこちらに小さな手を振る姿がかわいくて、思わず微笑むと、白い頬を真っ赤にしている。
その姿を見ていると鏡は光を失った。
鏡を握りしめながら、しばし呆然とする。
その後は呼び掛けても、鏡を振っても何も起こらない。
でも、確かにローズはそこにいた。新しい世界で生きている。
その日、眠るローズの姿を見ながら、この世界を良くする事を再度誓ったのだ。
◇ ◇ ◇
それから3年ほどたったある日、またローズの鏡が光った。
鏡には、若草色の衣装にピンク色の薔薇のブローチを一生懸命付けようとしている12歳ぐらいの少女の姿が映っていた、
その姿が、デビュタントの時のローズの姿に重なる。
「ローズ!!」
「デビュタントの時と同じ色だね」
きっと、魂が覚えているのかもしれない。私は自分の胸元をトントンと叩きブローチに注目させ、
「ピンクの薔薇はやっぱり似合うね」
と語りかける。
少女は言葉は通じていないだろうに、それを聞き嬉しそうに微笑んだ。ーーあの日のローズのように。
◇ ◇ ◇
それから一年半ほどたった夜の事だった。
その頃やっと国の端まで復興の目処がたち、王政の廃止も現実味をおびてきいる。
その間に私は、留学先から着いてきてくれ、その後もこの国に残り寄り添い支えてくれた魔導士の友人と結婚をした。
つい最近、長女を出産してくれた彼女は、
「人生においてベスト3の衝撃だね!」
とまた新しい表情を見せてくれる。
彼女と娘の寝顔を眺め、私室に戻った私は、ナイトウェアの衿元をゆるめながら資料に目を通していた。
その時、また鏡が光り、さらに大きくなった少女の姿が映し出される
。
彼女は、ナイトウェア姿の私の姿を見て、顔を赤らめている。
その初さにクツクツと笑みが浮かぶが、彼女の手元に視線が行った瞬間、身体がかたまった。手鏡のお礼にローズがくれたあのハンカチと同じピンクの薔薇の刺繍がしてあるのだ。
頬を伝う暖かい感触に、自分が涙を流していることに気づく。
不思議な顔をした彼女の顔を映しながら光を失った鏡を見つめる。
ローズは彼女の中で生きている、少ない時間では幸せなのかどうかわからないが、確かに生きている。
それが、ただただ嬉しかったのだ。
◇ ◇ ◇
それから2年、鏡が光り飛び込んできた彼女の姿に私は取り乱すことになる。
刃物を持ちながら出血した指を見つめ、うつろな瞳をした姿。
あの日倒れた彼女の姿を思い出し、
「大丈夫か?」
と叫ぶ。
はっと気がついた彼女は、その瞬間フフッと笑うと、傍らから野菜をもちあげ、その刃物で切る真似をする。
どうやら、自ら料理をしていたようだ。
その姿にほっとして、
「気を付けろ!」と通じない言葉で注意をした。
気まずそうな顔の彼女の姿が消えていく。
「料理をしたい」と言っていたローズ。その願いがかなったことに、また嬉しくて、静かに涙を流したのだった。
◇ ◇ ◇
その日の衝撃は忘れられない!
光とともに映し出された彼女は何も纏っていなかったのだ!
「はっはやく何か上に着るんだ!」
私が叫んだあとに光は消えた。
呆然とした私は立ち尽くす。
「おっ、俺は何もみていない、みていない」
その後、私のおかしな様子に、妻は怪しんだ様子だったがこの事は墓場まで持っていこう。
◇ ◇ ◇
その1年後くらいだろうか、鏡の中に、綺麗な衣装を着て幸せそうに微笑む彼女の姿が映っていた。
この世界とは少し違うがそれが、婚礼衣装なのは容易に想像出来た。
「 」
何か言いながら綺麗なカテーシーをして、幸せそうに彼女が微笑む。
あぁ、幸せになれたんだね、君を幸せにしてくれる存在に出逢えたんだね。
涙をこらえながらその姿を瞼にやきつける。
彼女の姿を見れるのはこれが最後かもしれない。
ふと、そんな気がした。
◇ ◇ ◇
そんな事を思っていたのだが、2年ほどたち、休日に長女と遊んでいる時に鏡が急に光った。
妻は第2子を妊娠中で長女はイタズラをすることで寂しさを紛らわしているところがある。
最近は私の髭を引っ張るのがブームだ。
娘のためならこれぐらいと思うが痛いものは痛い。
鏡の向こうでは、赤子を抱いた彼女が、顔にかけられた装身具を取られそうになってあたふたしている。
お互いの苦労を労うように微笑み合うと、静かに光が消えていく様子を見つめた。
光とともに手鏡も静かにその姿を消して行く。
(これで、本当に終わりだね)
長女の髪をなでながら、そう心で呟いた。
◇ ◇ ◇
それから約30年、国は激動の時代を送った。
王政は無事に廃止されたが、共和制のはじまりは順風満帆とは言えず、議会の混乱も多々あった。
しかし国の端まで目が届くようになり辺境での魔獣被害も減ってきている。
ローズの願った平和な国へと、少しずつ近づいている。
私は3男2女に恵まれ、その子たちがまた子どもを産み、忙しくも賑やかな日々を送っている。
ローズの身体はまだこの国で眠っている。
あちらの世界で彼女は幸せに過ごしているのだろうか?
この国で私のする仕事はあらかた済んでおり、若い世代にその後を任せてある。
心残りはあの世界の彼女のことだ。
眠るローズの横に腰かけた妻がその頬をなでながら。
「ローズさん、幸せに過ごしているといいですね」
と呟く。
あの日、私と同じ経験をした妻にとっても、ローズのことは心残りである。
いや、あの時代を生きた世代皆が、心に後悔を持っている。
何かの犠牲や後悔が、新しい時代への後押しになるのはなぜだろう?
ローズや多くの人々の犠牲の上に成り立つ今について、自問自答をすることもしばしある。
それでも、今日も人々はローズの眠る塔の方角を見つめその幸せを願う。
(どうか、その祈りが少しでもあの世界の彼女に届きますように)
そう願わずにはいられない。
静かに見つめる私たちの横で部屋に備え付けられた鏡が光りだす。
そこには、私よりもはるかに歳をとった彼女の横たわる姿があった。
前々から気づいていたが、彼女の住む世界とこの世界は時の流れの速さが違うようだ。
私より小さかった彼女はいつの間にか私の歳を抜かしていた。
彼女が静かに微笑みながら呟く。
「ごくごく平凡な幸せがいっぱいの素敵な人生でした。あなたはどうでしたか?」
「それを聞けたから、私の人生も幸せだと思えるようになったよローズ」
私が答える間に彼女は微笑みながら瞼を閉じていく。
それと同時にあの日から眠り続けるローズの身体から淡い光が溢れだし、細かい粒子となって消えて行った。
「生まれ変わりが私たちにもあるとしたら、、」
妻が横でそう話始める。
「今度は初恋のローズさんと結ばれるといいですね、私は今世で幸せにしてもらいましたから、40年以上も彼女を見守って来たあなたにもご褒美があってもいいんじゃない?」
昔のようにひょうひょうとそう続ける。
「いや、、」
心からの笑みを向け私は答える。
「来世でも結ばれるなら君がいいよ。」
それを聞いた妻はまた初めての表情をわたしに見せてくれたのだった。
おしまい。




