☆009 真犯人、現る。
薄暗い街灯の下を四つの影が走る。人気のない通りを選び、姿を隠すようにして、街の西区へと向かっていた。中央区から西区へと伸びる大きな煉瓦橋の真ん中まで辿りつくと、一旦走るのをやめ、呼吸を整えた。
「ここまでくれば大丈夫でしょう」
辺りを注意深く見回して、大きく息を吐くコレット。橋の欄干に手を付き、走り過ぎて気持ち悪くなっていたノルンが、目の前の巨乳女が意外と体力があることに驚いていた。
そもそも助けてくれたことには感謝しているが、なぜそこまでしてくれるのか謎だ。
その本人はノワールの手枷の鍵穴に、複雑に曲がった針金のようなものを突っ込んで、カシャンとあっさり解錠してしまった。そしてそのままそれを橋の下へドボンと捨ててしまう。手慣れた解錠技術だった。盗賊にも引けをとるまい。ますます謎が深まった。
「いいのアンタ? 私たちを助けるようなことして……」
「平気ですよ。だってノルンさん、犯人じゃないでしょう? アリバイだってちゃんとあるじゃないですか」
「……そのアリバイを証明する人が、どこかにトンズラしたせいで、捕まったんだけどね」
よく考えたらあの時、この女は一人で逃げたのだ。助けに来てくれてプラマイゼロではないか。感謝して損した、とノルンは思った。
腕を組んで、ジト目で睨みつけてやると、引きつった笑いを浮かべながら、コレットが箱を右から左へと移すジェスチャーをした。
「ま、それは置いといて」
「置くな」
どうやら人並みに罪悪感はあったらしい。
「と、とにかく一刻も早く真犯人を捕まえないと、本当にノルンさんが犯人にされますよ」
「だから、あんたが証言すりゃいいことでしょうが!」
「私の証言なんて信用されるか怪しいもんですよ」
一度犯人として捕まえた者が、実は誤認逮捕だった。そんな恥を晒したくないという気持ちはわからないでもないが、無実の者を犯人に仕立て上げるような真似をするだろうか。仮にもこの国の騎士団が。
確かにコレットの証言だけでひっくり返すのは難しい気もする。一緒に行動していたことは街の住民が見ているだろうし、最悪、仲間と判断されて、コレットも刑罰を受けることになりかねない。
「実はあの後、もう一度現場に戻ったんですけどね」
「現場……って、殺害現場に?」
「はい。そこでこんなものを拾いました」
コレットは腰のポシェットから何かを取り出すと、ノルンの目の前につまんで見せた。10cmほどの痛んだ布の切れ端に見える。
「? 何コレ?」
「ただの布の切れ端です。が、被害者のものじゃない。これはキルア地方で作られる最上級の生地です。端がコゲているところを見ると、被害者の電撃で千切れたものだと思われます」
つまり犯人の遺留品ということか。被害者の男もむざむざ殺されたわけではなかったようだ。
それにしても最上級の布ということは……。
「犯人は貴族野郎ってこと?」
「貴族、富豪……上流階級の人間である可能性は高いですね」
ノルンはコレットから渡された切れ端をつまんで、矯めつ眇めつ睨みつけていた。
殺人犯が貴族や豪商などなら、遊び半分で辻斬りをしている可能性も否定できない。
布の直線部分、つまり端っこのところだが、金糸で刺繍が入っている。複雑な紋様からして、本当に高価な布らしい。
「あれ? ……これ、どこかで……?」
ノルンが首を捻る。この紋様になぜか見覚えがあった。つい最近見た記憶がある。急に黙り込み、首を捻り始めたノルンにコレットが声をかけた。
「なにか見覚えが?」
「いや……んーと、なんだったっけなー……。ここまで出かかってるんだけど……」
そう言って手刀で自分の喉をトントンと叩く。思い出せそうで思い出せない。くしゃみが出そうで出ないあの感覚に似たイライラが高まっていく。
「金持ち……鼻持ちならない……イヤミ……キザ……。キザ? あ!」
脳裏に閃く映像。真白きマントが翻る。
「そうだ! あのムッツリキザ男のマント……!」
「ムッツリ?」
言葉の意味がわからず眉を顰めるコレット。なにか思い出したのか? と、ノルンから聞き出そうと一歩踏み出したとき、橋の中央区側からこちらへ向かって何者かが歩いてくるのが見えた。夜霧のためはっきりと姿が見えない。
歩いてくる人物の後ろにはさらに大きなシルエットが見える。ガシャッガシャッという金属が生み出す残響を周りに振りまきながら、その人物とそれに従うゴレムが姿を表した。
「なるほど……。以前からこそこそ現場を嗅ぎ回っていたのはお前だったか」
金髪碧眼。白いマントに身を包んだ白銀の騎士。従うゴレムも白銀。ストレイン王国王宮騎士団副団長、ザレム・トラント。
「ムッツリキザ男! こいつ! こいつが犯人よ!」
「ザレム副団長……が、辻斬り?」
突然現れたザレムに身構える二人。己の主をを守るべく、それぞれのゴレムが前に出る。広い橋の中央で対峙する三人と三体のゴレム。不敵な笑みを浮かべ、ザレムは目の前の眼鏡の少女を指差す。
「……貴様はいったい何者だ? 現場周辺の調査に壊れたゴレムの分析……。おまけに重要容疑者の脱走幇助ときた。誰かがこそこそ動いていたのはわかっていたが、貴様……」
ザレムがコレットを睨みつける。涼しい顔でコレットはその視線を受け流した。
「国王直属の隠密……だな?」
「あら? バレました?」
しれっとした笑みをうかべてコレットがそう答えた。




