☆008 明日への、脱出。
「お姉ちゃん?」
ガレージの扉を開ける。なにか物音がした気がして覗いて見たが、相変わらず、いろんなわけのわからない機械が転がっているだけだ。
姉がいなくなってひと月が経った。もともと奇妙な行動を取る姉であったが、これほど家を空けたことは無い。なにより、妹である自分に何も告げずにいなくなったことなどなかった。
なにか事件にでも巻き込まれてないかと心配だが、そんな状況でも平気で切り抜けていきそうな、そんなところが姉にはある。細かいことは気にしない。自分の欲望にただひたすらに突き進む。豪放磊落にして天衣無縫。それが姉だった。
だからと言って心配が消えるわけではない。別の意味であの人には危なっかしいところが多々ある。
ため息をついてガレージを後にしようとしたとき、なにかが点滅していることに気付いた。
ガレージの隅に置かれた小さなカプセル状の物体。分厚そうな金属でできたそのカプセルには、開閉するための鍵がタイマーで開くようになっていた。そのランプが緑色に点滅していたのだ。
さっきの物音はこの鍵が外れた音だったのかもしれない。カプセルに近付くと、その表面に刻まれた文字が見えた。古代文字だ。姉に教えてもらっていたので、自分にも読むことができる。
「NOIR……?」
そこで目が覚めた。
「ん……」
寝ぼけまなこを擦りながら、ノルンが起き上がる。小さくあくびを漏らし、辺りを窺った。石造りの狭い個室。前面には分厚そうな鉄の扉。背後には鉄格子のはまった窓。つまりは独房である。
すぐ横に自分の相棒を見つけてとりあえず安心する。
『御主人、起床』
「ノワール……。ああ、寝ちゃってたか」
取り付けられた簡易ベッドから立ち上がり、独房内を改めて見渡す。石造りの頑丈な作りでとても逃げ出せそうにない。
「ったく、人をこんなとこに閉じ込めて……。ふざけんじゃないわよ!」
鋼鉄製の扉に手を掛けるが、当然鍵がかけられているので、開くわけがない。上の方に細い覗き窓があるが、ノルンの身長では届きそうもなかったので、ノワールを四つん這いにさせて台になってもらう。きちんと靴を脱いでその上に乗ってみると、覗き窓から左右に門番のように立っている二人の見張りが見えた。
「ちょっと! ちょっとそこの! こら、聞いてんの!? 出しなさいよ、この!」
門番に対して怒鳴りつけるが、二人ともこっちを見ることなく立ち続けている。
『ガン無視』
「ハラ立つ……っ!」
ノワールから下り、扉を乱暴に叩く。ガァン! と扉は残響音を響かせるが、ビクともしない。
「出しなさいよ! 人を犯人扱いして! 私がそんなに凶暴に見えるっての!?」
ノルンが叫ぶが外はまったくの無反応。彼女のこめかみにピキッと青筋が浮かんだ。
「出せ───ッ!! 出さないとぶっ壊して火をつけるわよ!! バーロー! ンナロー!」
ガンガンガンガン! と扉に殴る蹴るを繰り返し、ひとしきり騒いだあと、キレながら背後の従者に命令を下す。
「ノワール! この扉、ぶっ壊しなさい!」
『不可能。拘束具、神銀製。パワー1%以下』
ジャラ、とノワールは自分の両腕に嵌った手枷をノルンの目の前へと上げる。
神銀はゴレムの力を著しく低下させる効果を持つ。ゴレム内部の中枢機関、Gキューブに影響を与えるからだ。それを防ぐ手段もあるのだが、あいにくとノルンはその用意をしてはいなかった。
「うぬぬぬぬぅ〜」
『能力発動?』
「……いや、まだいいわ。こんなことで無駄使いしたくないし」
それは最後の手段としてとっておいた方がいいと彼女は判断した。ただでさえ、こんなナリなのだ。これ以上進行されてたまるものか。
「ったく……!」
もう一度、ガンッ! と扉を叩く。と、そのとき、覗き窓から声がかけられた。
「少し静かにしたまえ」
「あッ!?」
ノルンたちを見下ろして、あの王宮騎士団の副団長、ザレム・トラントが覗き窓から顔を覗かせていた。
「ちょっとそこのムッツリキザ男! 私をここから出しなさいよ!」
「ムッツ……」
ピクピクとザレムの顔が引きつる。彼がこれほど真っ正面から罵倒を受けたのは久しぶりだった。腹が立ったが、なんとか気持ちを落ち着かせる。
「今、君の罪状を審議中だ。朝までには判決が下るだろう」
「罪状ってなによ! 無実よ、無実!」
「状況的に君が犯人としか思えんが?」
「だーかーらー! 私が発見した時には、もうくたばってたんだって!」
ノルンが懸命に説明するが、暖簾に腕押し、糠に釘。ザレムはまったく取り合わない。なにしろ街で暴れているところをバッチリと見られているわけだから、説得力がないのはノルンもわかっていた。
「ま、ギロチンか電気椅子か、好きな方を選んでおきたまえ」
「どっちも結果は同じでしょーが!! コラ────!!」
飛び上がり、覗き窓にしがみつく。石造りの廊下を高級そうな白いマントを翻し、去って行くザレムの後ろ姿が見えた。高級なのに激務のためか端の方が擦り切れている。去り姿までキザで嫌味ったらしい。ノルンの嫌いなタイプだ。
「あ〜、あの横っ面ひっぱたきたい!」
物騒なことを言いながら床に下りる。とりあえずここを逃げ出さないと、明日にはギロチンか電気椅子だ。出る方法がないわけではないが、なるべくならその方法は避けたいところだ。
しばらく考え込んでいると、どこからか囁くような声が聞こえてきた。
「……ルンさん……ノルンさん……」
「え?」
独房内を見回すが、ノワール以外誰もいない。鉄格子の嵌った窓からか? と一歩踏み出したときに、石畳の独房の地面がボコッとせり上がった。
「!?」
「こっちこっち」
大きな石畳を持ち上げて、紫色のゴレム、ハヤテが地面から顔を出し、その手前にコレットが現れて手招きしていた。
「あんた……!!」
「しぃーっ!」
叫ぼうとしたノルンに、コレットが口を噤むよう自分の口前に人差し指を立てる。慌ててノルンが自分の口を押さえ、扉の方に視線を向ける。どうやら気づかれなかったようだ。
「あー、もう寝る! 朝まで起こさないでよ、ノワール」
『了解』
わざとらしく扉の外へ向けて声を発し、ハヤテが持ち上げている石畳の下へと潜り込む。同じようにノワールも潜り込み、一人と一体が自らが掘った地下道へ下りたのを確認すると、ハヤテも静かに頭を下げて石畳を元に戻し、地下道の住人となった。




