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クロノクラウン  作者: 冬原パトラ
第3章 赤の王冠。
19/22

☆001 義賊団「紅猫」。





 カルネの街はゴルドスの都より北に位置する鉱山の街である。ストレイン王国と隣国である聖王国アレントに接している国境に近い街で、その鉱山からは主に鉄や鉛、銀や銅に加え、稀に金剛鉄アダマンタイト緋緋色金ヒヒイロカネ神銀ミスリルなどが採掘されていた。

 これらの希少金属は、工場ファクトリーで使うゴレムの材料として、高値で取引される。そのため、この街にはそれらの取引に訪れる商人も少なくない。

 と、同時にその商人たちを狙い、街道に出没する盗賊たちも多かった。かった、と過去形なのは、現在は若干様子が違ってきたことにある。

 義賊団「紅猫」の存在である。

 この大陸を股に掛ける盗賊団はどこからか流れてきて、このカルネの街付近に陣取った。そして周囲にいた同業者を駆逐していき、それが終わると本当の仕事を始めたのである。

 まず、ある屋敷が襲われた。貯め込んでいた巨額の金が盗まれたのである。その屋敷はカルネの暗黒街に巣食う闇商人の屋敷で、その金は違法な取引や人身売買で稼いだ金だった。

 街の騎士団が屋敷に乗り込んだ時にはすでに盗賊団の姿は無く、次の日、縛り上げられた闇商人の一味と、今までの悪行の証拠となる書類や品物が、騎士団本部に届けられた。

 そして貧民街や孤児院に、食料や衣類、雑貨など、大量の物資が謎のカードと共に送られてくる。カードには三日月のような口で笑う、赤い猫が描かれていたという。

 その次にはとある貴族の屋敷が襲われる。この貴族の息子は街の女性を弄んだ挙句、死に追いやり、その罪を親である貴族が揉み消していた。一度や二度ではない。さもそれが当然のように行われていたのである。

 それなりに街では位の高い貴族であり、確かな証拠もないため、誰も手出しができなかった。

 が、ある朝、街の住民たちは轟音に叩き起こされる。なんとその貴族の屋敷が瓦礫の山と化していたのだ。

 一体何が起こったのか住民たちはわからなかったが、またしても騎士団本部に縛り上げられた貴族の親子と、今まで犯罪揉み消しに協力していた者たちのリストが届けられ、芋づる式に他の貴族や、騎士団内部の協力者が罪に問われた。

 そして馬鹿貴族の親子と共に残されていた、笑う紅猫のカード。

 義賊団「紅猫」の活躍に住民たちは喝采を送り、犯罪者たちは恐れ怯えた。

 これほどまでに「紅猫」が有名なのは二つの理由がある。その奪った財産をほとんど恵まれない者たちへと分け与える義賊的行為がひとつ。もうひとつは「紅猫」の首領、ニア・ベルモットが持つゴレム、赤の「王冠」、ブラッド・ルージュにある。

 幾つか判明している「王冠」の中で、名の知れた部類に入るこのゴレムには数々の伝説があった。


 ある者は語る。手練れの騎士1000人を相手に、全て打ち倒したと。

 ある者は語る。赤竜山に巣食う火竜をいとも容易く仕留めたと。

 ある者は語る。他の「王冠」と共に島ひとつこの世界から消し去ったと。


 「王冠」の力は絶大である。その力に対抗するには同じ「王冠」をぶつけるしかない。

 しかし、赤の「王冠」を持つニアに表立って対抗する「王冠」は今のところいない。「調停者」と言われるパナシェス王家の青の「王冠」、「ディストーション・ブラウ」でさえ、黙認している。

 それはその義賊的信念に共感しているからだという説もあるが……。


「単に面倒くさいのよ、あの女」


 ウンザリした顔でノルンがつぶやく。


「「紅猫」の首領って、女性なんですね」


 ノルンの正面に座るエルフラウが、自らの主人マスターとなった少女の言葉に反応する。

 カルネの街へ向かってゴレム馬車に揺られること三日。やっと街の手前までやってきた。馬車内にはノルンとエルフラウ、コレットの三人しかいない。御者の親父は御者台にいるし、ゴレムのノワールとハヤテは外の荷台でくつろいでいた。


「もともと赤の「王冠」はニアの父親のものでね。「紅猫」自体、その父親が立ち上げものなのよ。けれど父親が亡くなって、ニアが赤の「王冠」と「紅猫」を継いだってわけ」


 エルフラウはそんな話を聞きながら、後部荷台にいるノワールへと視線を向ける。

 数日前、ゴールドマンによる襲撃のあとで、ノルンから明かされたノワールの秘密。まさか自分の想いゴレムが、「王冠」だとは思ってもみなかった。

 まだその力の片鱗しか見ていないエルフラウは、今だに半信半疑である。


「それで、なんでそんなに嫌がっているんですか? ノルンさんは?」


 むくれた顔を直そうともしないノルンにコレットが問い掛ける。別に「王冠」同士だからといって、必ず敵対関係というわけではない。なにか個人的な問題だと予想はしていたが。


「馬鹿なのよ」

「はい?」


 何を言っているかわからず、コレットが思わず聞き返す。


「だから馬鹿なのよ。ニア・ベルモットって女は。どうしようもないくらいに」

「いや、馬鹿って……」


 仮にも大陸で名の知れた義賊団の首領を馬鹿呼ばわりはどうなのかとコレットは思ったが、本人を知らないのでなんとも言えない。


「とにかくあの馬鹿と顔を合わせると、面倒なことになるのが目に見えているから、なるべく会わないようにするわ」

「ですが、それではエルカ博士の足取りを調べることができないのでは?」

「「紅猫」の副首領に会えれば問題ないんだけどね。そっちはまともな人だから。っていうかあの人がいなけりゃ「紅猫」なんかとっくに瓦解してるわ」


 ずいぶんな言われようだが、副首領が有能な人物であることはコレットたちにもわかった。

 彼女たちもトラブルは御免(こうむ)りたいところだ。ただでさえ盗賊団と事を構えるなんてまっぴらなのに、最悪「王冠」同士が激突なんてことにでもなったら目も当てられない。

 コレットがそんなことを考えていると、キュラキュラキュラ、と進んでいた無限軌道のゴレム馬車が止まる。

 どうかしたのかと、窓の外をコレットが覗くと、赤いバンダナを頭や首に巻いた男たちが馬車を取り囲んでいた。

 それぞれ違った獲物を手にし、馬車の行く手を塞いでいる。 盗賊団だと判断したコレットが眉を顰めた。


「申し訳ないっス。中にいる人に用があるっス。出て来てもらえないっスかね?」


 そんな無法者集団には似つかわしくない少女の声が外から聞こえてきた。

 それを聞くと今度はノルンの方が眉を顰め始める。


「どうやら向こうの方から迎えに来たようね」


 小さくため息をつくと彼女は立ち上がり、馬車の扉を開く。

 ノルンたち三人が外へ出ると、ゴレム馬車の正面に、薄茶色の髪をポニーテールにし、赤いマフラーをした少女が立っていた。歳はコレットと同じ17歳くらいか。

 この少女、ノルンたちがゴールドマンと戦っていた時に、繁みから監視していた一人である。ゴレム馬車よりも早くカルネの街付近まで先回りし、配下の者を引き連れて、ここに現れたというわけだ。

 その少女に向けて、腕組みをしたままノルンが口を開く。


「「紅猫」の方からお出迎えとはね。あんた確か……ユーリ、だったかしら?」

「それは相方の方っスよ。あたしはユニっス。お久しぶりッス、ノルンさん」


 この集団が「紅猫」か、とコレットがごくりと唾を飲む。すでに荷台からはノワールとハヤテが降りていて、周りの盗賊がどう動こうと対処できるようにしている。

 ユニと名乗った少女と知り合いらしいノルンが腰に手をやり、また小さくため息をつく。


「で? これはあの馬鹿の差し金なわけ?」

「首領じゃないっス。副首領っスよ。ニア様は何も知らないっス。ノルンさんたちがここに来るのも教えてないっスよ」

「賢明な判断ね」


 「馬鹿」で誰かわかるってのもどうなのか、とコレットは思ったが、どうやらこれは副首領の独断らしい。ノルンの話を聞く限り、まともそうな人物らしいので、いきなり襲われることはなさそうだ。


「で? 私はあんたたちのところにウチの馬鹿姉がいるって聞いてきたんだけど、本当?」

「エルカ博士っスか? 博士なら数ヶ月前に出てったっスよ」

「ったく、フラフラフラフラ……。また入れ違い?」


 ノルンがバリバリと頭をかいて、愚痴をこぼす。やっと会えるかと思いきや、またどこかへと消える。ひょっとして、自分かノワールになにか発信機でも付いているんだろうか。


「どこに行くって言ってた?」

「ああ、確か……っとお! 危ないっス! それは副首領に口止めされているっスよ。その情報と引き換えに手伝ってもらいたいことがあるって言ってたっス」


 慌てて口を塞いだユニをノルンがジト目で睨みつける。

 「紅猫」の副首領は首領に比べてまともだが、イコールいい人、なわけではない。どっちかと言うと油断できない策士タイプのほうだ。でなければこんな盗賊団をまとめ上げることなどできないだろう。

 それを知っているだけに、首領とはまた違った面倒事を感じて、ノルンは気が重くなった。が、他に情報を得るすべがないのなら、覚悟を決めるしかない。

 グズグズしていると、あの馬鹿ニアに気付かれる恐れもある。


「取り引きってわけね。いいわ。馬鹿ニアに見つかる前に副首領エストのところに案内して」

「了解っス」


 ゴレム馬車の御者にこれまでの運賃を払い、ノルンたちはここで馬車を降りた。ゴレム馬車はこのまままっすぐカルネの街へと向かい、また客を乗せてどこかへと向かうのだろう。

 遠ざかっていく馬車を見送って、ノルンたちは「紅猫」の団員たちと共に道を逸れ、森の中へと入っていく。

 獣道をしばらく歩き、ユニは道の両側にあった木の片方に近づくと、根元に刺してあった小さな金属板を引き抜いた。15センチにも満たないその細長い金属板は表面に奇妙な紋様が刻まれている。


「それは?」

「人除けと認識阻害の護符っスよ。自分らは敵が多いっスから」


 コレットの質問に答えながら、全員が通り抜けると、ユニはまたその護符を木の根元へと突き刺した。

 この護符のおかげで「紅猫」の拠点は発見されずにすんでいた。現在、向かっているのは第二砦と呼ばれる場所だが、第一砦と呼ばれる本拠地にも、ここと同じような護符による結界が施されている。

 もともとは砦も護符も、ここら一帯に巣食っていた盗賊団のものだが、盗賊団を「紅猫」が壊滅させたあと、引き続きありがたく使わせてもらっているというわけだ。

 山道を登って行くと、やがて小さい砦が見えてきた。石垣は苔だらけ、壁面には蔦が蔓延り、結界がなくても遠目には森と一体化して見えるだろう。

 砦の入り口に立つ歩哨と軽く話したあと、ユニはノルンたちを連れて砦の中庭のような場所へと進んで行く。

 そこにはカモフラージュするかのように、木々で偽装された簡単なテントと大きなタープ(日差し・雨を防ぐための広い布)が張られていた。

 そのタープの下に置かれた椅子に座り、耳にヘッドホンを当て、机に上げられている書類を見ていた女性が顔を上げる。

 ヘッドホンがつながる、机の上にある正方形の機械が、通信機器であることを諜報機関の一員であるコレットはすぐに見抜いていた。何か情報を集めていたのだろうか。


「副首領、連れてきたっスよ」

「ご苦労様。ノルンさん、お久しぶりです」


 副首領と呼ばれた女性が立ち上がり、軽く頭を下げると、ショートカットに切り揃えられた赤茶色の髪が小さく揺れた。年の頃は20歳くらい、はしばみ色の瞳の凛とした女性である。

 彼女こそ義賊団「紅猫」のNo.2、副首領エスト・フローティアであった。












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