☆004 「再生女王」の行方。
「結局、押し込んでは来なかったですね」
宿屋「雛鳥」の一階にある食堂で、朝食を取りながらコレットがつぶやく。
監視されていたのは間違いない。ハヤテのセンサーにも引っかかっていた。しかし昨日は何事もなく過ぎ、こうして朝を迎えている。
「私としては昨夜のうちに来てくれた方がありがたかったんだけど」
朝食として出されたパンに、マーマレードを塗ってパクつきながらノルンがそう答えた。
物騒なことを言うなあ、とコレットは思ったが、ノルンとしては、言葉通りの意味だった。これからしばらくはノワールの能力が限定されるのがわかっていたからだ。
「これからどうします?」
「そうね。まずはエルフラウの服かしら。こんな格好で連れて歩くわけにもいかないしね」
ちら、とノルンは隣に座る擬人型ゴレムの少女を見る。着ているチュニックはあちこち汚れたり擦り切れたりして、ボロボロだ。もともと奴隷なのだから仕方ないといえば仕方ないのだが。
そのエルフラウは出されたサラダをフォークを使って口へと運んでいる。エルフラウも一人分の料金を払っているので、食事が出たのである。
この擬人型ゴレムは「レガシィ」であるにもかかわらず、特殊能力を持たない。その代わり、擬人化に特化しているようだった。
本来、ゴレムは光とわずかな水、あとは契約者の魔力があれば稼働できる。一週間に30分ほど日光浴でもすれば充分なのだ。当然、食事など取る必要はない。
しかし、人して目を欺くためか、エルフラウには食事を取る機能がついているらしい。取った食事はそのまま動力源に変換されるようだ。
さすがに味まではわからないようだが、分析した成分からどういう味かを割り出すことはできるようだ。それはもう味がわかるということと同義ではないかとコレットは思ったが、違うのだろうか。
そんなエルフラウが自らの服をつまみ、口を開く。
「私はこれでも構わないのですが……」
「仮にも女の子がそんな服じゃいけないわ。ノワールもそう思いますよね?」
『多少、肯定』
「そ、そうですか……? じゃあ……お、お願いします」
コレットが話を振ったノワールの反応に、エルフラウも考えを改めたようだ。これも恋する乙女の成せる力だろうか。
ノルンはコレットたちのやり取りを見ていたが、大して関心も無かったので放っておいた。余計な藪を突ついて蛇を出すことはない。
「それよりもバカ姉の足跡が途絶えたってのが問題よ。ひょっとして港町のルセイユって方に行ったのかしら」
「バカ姉?」
首を傾げてエルフラウが尋ねてくる。こういった仕草もまるで人間のようだ。
「ノルンさんはお姉さんを探しているんです。有名なゴレム技師で……」
「ひょっとしてエルカ・パトラクシェ博士ですか? 再生女王の?」
「知ってるの!?」
ノルンが隣のエルフラウに詰め寄る。同じ家名だったので、何と無く口にしただけだったのだが。自らの主人となった少女の大きな反応に、少したじろぎながらもエルフラウは口を開いた。
「つ、捕まっていた奴隷商人のところで耳に挟んだだけですけど……。ここから北にあるカルネの街付近で、数ヶ月前に見た人がいたとか……ただ……」
「ただ……?」
「盗賊団の頭と一緒になって馬車を襲っていた、と……」
「はあ!?」
ノルンは我ながら素っ頓狂な声が出たと思った。なにをやっているのだ、あのバカ姉は!? 目的のためには手段を選ばない姉なので、何をしていてもおかしくはないが、盗賊団と行動を共にしているってのはやりすぎだ。
頭痛がしてきたが、ふと盗賊団と聞いて思い当たる名があった。
「その盗賊団って「紅猫」ってんじゃ……」
「あ、はい。確かそんな名前だったかと」
「ちっ」
それを聞いたノルンが心底面倒くさそうに舌打ちをした。どっちかと言うと、その盗賊団の名を聞いて目を見張ったのはコレットの方だった。
「ノルンさん! 「紅猫」って言ったら……」
「あー……そうね、「王冠」持ちよ。赤の「王冠」、ブラッド・ルージュ。バカ姉が興味を持つのも当たり前ね」
「王冠」はその希少さ故に、紛い物なども多く存在する。その中で、世間一般的に本物と確認されている機体も数機だが知られている。そのうちのひとつが、義賊団「紅猫」の首領、ニア・ベルモットが持つ、赤の「王冠」、ブラッド・ルージュであった。
義賊団と言うだけあって、「紅猫」は貧しい者たちからは金品を強奪しない。また、名君と言われる領主たちからも盗んだりはしない。彼らが狙うのは悪徳商人、汚職役人、強欲貴族などだ。
彼らが今まで行ってきた犯行で、殺人はひとつもない。半殺し程度なら幾つかあったが、それも理不尽な暴力ではなく、なんらかの理由があった。苦しめられた者たちに代わり、罰を下したとも言われる。
そして盗んだ宝石や金品を貧しい者たちに分け与えたり、孤児院や治療院に寄付したりしている。巷の人間からしてみれば、まさに悪を挫くヒーローなのであった。
で、あるはずなのに、ノルンは苦虫を噛み潰したような顔で虚空を睨みつけている。
「よりによってあの馬鹿のところに……」
「ノルンさん? ひょっとして「紅猫」の首領を知っているんですか?」
「知ってる。前にちょっとした事件に巻き込まれてその時にね。できれば会いたくない相手」
ノルンの態度からあまり仲の良くない相手であることは見て取れたが、コレット的には、憎いとか嫌っているというより、ひたすら面倒、という風に感じられた。
「っていうか、一緒になって馬車を襲ってたって、完全に前科者じゃないのよ……」
ノルンは頭が痛くなってきた。もともとそういった常識が欠落している姉だが、一体何をしているのか。
「というか「フェンリル」が止めなかったのかしら……」
「フェンリル?」
ノルンの口から漏れた、聞きなれない名称にコレットが首を傾げる。
「フェンリルってのは、馬鹿姉が連れているゴレムよ。狼型でね、とても賢いし、めちゃくちゃ強い。おまけに喋ることもできる。ま、馬鹿姉のお目付役ってところね」
ボディガードも兼ねているので、姉の身に関してはノルンはさして心配はしていなかった。あのゴレムに敵うやつなんかそうそうお目にかかれないだろう。まあ、そのお目にかかれないだろうゴレムと一緒にいるってのが、なんなのだが。
「とにかくそうとわかれば、そのカルネの街とやらへ向かいましょう。まだいるかどうかわからないけどね」
いないならいないと先にわかれば、「紅猫」と接触しないで済むのに、とノルンは思ったが、嫌な予感しかしない。正直「紅猫」の首領には会いたくはない。なんとかうまく副首領の方に連絡を取れれば、あるいは会わないで済むかもしれないが。
宿屋の支払いを済ませ、三人と二体(本当は二人と三体だが)は、表通りへと出た。
宿屋の主人に教えてもらった人気の洋服店へと向かう。エルフラウの服を買うためだ。
ノワールとハヤテを外に残して店に入ると、ノルンはエルフラウにピンっとコインを弾いて手渡した。
「それで好きなだけ買っていいわ。次に買えるのはいつかわからないから、下着や靴下まで抜かりなくね」
「こっ、これ白金貨じゃないですか!? いくらなんでも多過ぎます!」
渡された白金貨を見てエルフラウが声を上げる。使用人どころか、所有物のゴレムに過ぎない自分に、この金額は使い過ぎだ。
しかしノルンはなんでもないように手を振り、
「お金なら昨日カジノで稼いだのがあるから気にすることないわ。使える時に使わないと。次の街にこういった服飾店があるかわからないんだから、さっさと選びなさい」
「は、はあ……」
有無を言わさぬ主の言葉に従い、エルフラウは店内を物色することにした。同じようにコレットも店内を見回し、めぼしいものがないか探していく。メインはエルフラウの服だが、自分の欲しいものがあったら買うつもりだった。
なにせ昨日のカジノでノルンに便乗したおかげで、懐がぽっかぽかなのだ。買わない手はない。
ノルンもなにか買おうかと思ったが、どうしてもノルンのサイズだと子供服になる。そこにあるのは兎柄だとか、フリフリリボンのピンクとか、当たり前だがガキっぽいものしかない。ノルンの好みとしてはもっと落ち着いたシックなもので、色は黒に限る。
結局何も買う気になれず、せめて下着か靴下でも、と思い、そのコーナーに来てみれば、連れの眼鏡少女が二つのメロン入れとしか思えないものを両手に持って悩んでいた。
ノルンの顔から感情が消える。
「……それは当て付けかしら?」
「ふえっ!? ち、違いますよ! 珍しくサイズが合うものがあったから、どっちにしようかなと……!」
「そうね。ちゃんと押さえておかないとすぐに垂れるからね。大変ね、大きいと」
感情のない能面のような笑顔を浮かべ、ノルンが言い放つ。その表情に黒いものを感じて、コレットは引きつった笑みを浮かべた。
「………………ちぎろうかしら」
「ひいっ!?」
反射的に自分の胸を掻き抱くコレット。本気かどうかわからない目付きでノルンが胸を凝視してくる。
「あの……」
声がしてノルンが振り向くと、そこには試着室で着替え終わったエルフラウが立っていた。
「ど……どうでしょうか?」
「……あんた……その服でいいの?」
エルフラウが身に纏っているのは典型的なメイド服だった。黒の布地に白いエプロン。同じく頭には白いホワイトブリム。
「アルル博士に仕えていた時はもっぱらこの姿でしたので」
「まあ、あんたがいいなら構わないけど。旅姿には向かないんじゃない?」
「マスターも似たようなものじゃないですか」
「む。まあそうだけど」
ノルンは自分の姿を見ながら口を尖らせる。
とにかくメイド服以外のエルフラウの私服やノルンの下着、靴下など、結構な量をカウンターへ持っていって会計を済ます。
「こちらの商品は袋にお入れいたしましょうか?」
「大丈夫よ。「ストレージカード」があるから」
「左様ですか。それではこちらがレシートになります」
ノルンは懐から一枚のカードを取り出すと、買った服を次から次へとカードの中へと消していった。
「ストレージカード」。収納魔法の施された魔道具である。値段は高いが便利なアイテムであり、旅の必需品として割と知られた物であった。
入る物の量や大きさでランク付けされており、ノルンの持っているカードは「レア」と言われる上級の物である。過去に悪徳商人をしばき上げて分捕った戦利品であった。
同じように下着や洋服を買い終えたコレットも、カードを取り出して商品を収納している。彼女のカードは「アンコモン」と呼ばれる中級のカードだ。ノルンのカードと比べると格が落ちるが、普通、旅人はこれより下の「コモン」と呼ばれる下級のカードを持っているだけでも裕福とされる。
カードは「コモン」「アンコモン」「レア」「レジェンド」とその価値が四段階に分かれており、「レジェンド」にいたっては湖の水を全て収納できるとも言われる。むろん、そんな伝説級のカードなど滅多にお目にかかれないが。
便利なカードではあるが、落としたり無くしたりすると、それだけで中に入っている物を全てを失うというリスクもある。
間違ってもスリなどに掏られないように、いろいろと対策はされているが、中でも持ち主以外は中の物を取り出せないようにもなっているタイプの物はレアリティが高かったりする。ノルンのカードもそれだ。
全ての服をカードに収め、三人は店を出る。まだ街中ならメイドがいてもおかしくはないが、街道に出たら目立ちそうだな、とコレットは思った。仕える者として、あの服が一番ふさわしいとエルフラウが言うので、特に口を挟むのはやめておいたが。
「あ、あの……ノワールさん、これ……どうですか?」
着替えた服を照れくさそうにノワールに見せるエルフラウ。
『相応、最適』
「そうですか。よかったぁ」
ノワールの短めな褒め言葉に破顔するエルフラウ。恋する乙女の喜び、それを見て微笑むコレットと、首を傾げるノルン。
「本当に人間そっくりですね」
「ま、そういう目的で作られた機体だからね。ひょっとしたら造られた当時は潜入捜査とか情報収集の任に就いてたんじゃないかしら。あんたの大先輩かもよ?」
コレットの所属する「カンパネラ」は諜報組織だ。確かにあんなゴレムがいれば、色々と引き出せる情報の幅が広がるだろう。
まあもっともあれだけの機体なら、開発コストの方もとんでもなかったのかもしれないが。
三体のゴレムを連れて、ノルンたちは街の北口門へと向かう。そこからゴレム馬車が出ていればそれに乗り込むつもりだった。
ゴレム馬車はゴレムも積載できる大型馬車のことである。もちろん車を引くのは馬などではなく、多脚式のゴレムだったり、車輪式のゴレムだったりする。
北口門に停車していたのは履帯式のゴレム馬車だった。牛のような上半身と無限軌道を持った下半身の大きなゴレムが箱型の客車と接続されている。
ノルンはそのゴレムの肩に腰掛けキセルをふかしている壮年の御者に声をかけた。
「北のカルネの街まで行ってもらえるかしら」
「カルネですかい。乗るのはお嬢さんらお三人で?」
「そうよ。あとゴレムが二体ね」
実際は人間二人とゴレム三体なのだが、わざわざ訂正する気はない。エルフラウの正体をバラすわけにもいかないし、ゴレムよりも人間の方が乗車賃が安いということもある。
「カルネまでなら全員合わせて銀貨四枚ってとこですが。どうなさるかね」
「いいわ。今すぐ出発できるかしら」
「よござんす。行きやしょう」
キセルを半牛身ゴレムにカーン、と叩きつけて灰を落とし、御者が降りてくる。銀貨四枚を渡してから、ノルンたちは客車の中に乗り込み、ノワールとハヤテは客車後方の荷台へと腰を下ろした。
「そんじゃ出発しやす。カルネまでは三日ぐらいで到着しやすんで」
キュラキュラキュラ、と無限軌道を響かせて、ゴレム馬車が北口門を出て行く。このタイプの馬車は速度は速くないが、悪路を進む時や大人数の時はその力を遺憾なく発揮する。
「カルネ付近で盗賊団に襲われたりなんてしないですよね?」
「その盗賊団が「紅猫」ならその心配はないわよ。あそこの首領はアホだけど、副首領はまともな人だから」
不安を口にしたコレットにシートに持たれながらノルンが答える。ここまでこき下ろされる義賊団の首領とやらを一度見てみたいとコレットは思ったが、触らぬ「王冠」に祟りなし、あえて火中の栗を拾うこともあるまいと考え直した。
それからしばらくは何事もなく馬車は進んだが、小刻みに揺れる客車にノルンが眠気を催したころ、急に馬車が停車した。
「? どうしたの?」
訝しげに思ったノルンが御者に声をかける。
「いえ、街道の真ん中にキンキラのゴレムが立ち塞がってるんで……」
御者の返事を聞き、ノルンが外へ飛び出すと、すでに荷台からノワールとハヤテも飛び降りていた。
目の前の街道の真ん中に、ゴレム馬車を睨み付けるように黄金の悪魔が立ちはだかっていた。