☆003 少女の秘密。
ノルンたちはカジノのドームから出ると、隣にある豪華そうなホテルをスルーして、そのまま中央区を後にした。
金は有るのに中央区のホテルに泊まらない理由を、コレットはなんとなくだが理解していた。
あのホテルはゴールドマンの息がかかっている可能性が高い。カジノで恥をかかされたと思っているゴールドマンが、何をしてくるかわかったものじゃないからだろう。
「……実際、尾行られてますしね……」
コレットたち一行の後方を、二人ほど尾行してくる者がいる。間違いなくゴールドマンの手下だと思うが、どうしたもんか。
中央区から道を逸れて、しばらく進むと外周区に出る。ここはまだスラムというほど酷くはない地区だが、なんとなく街の住民には元気がない。
ガラの悪い男たちも何人か見かけた。さすがにゴレム使いに喧嘩を売るような命知らずはいなかったが。
外周区の一角に来ると、そこに建っていた安宿のひとつにノルンたちは入った。看板には「宿屋 雛鳥」と書いてある。
店内に入ってすぐの受付には中年の髭親父が立っていた。まるで熊のような体格にヒヨコのワンポイントエプロンが全く似合っていない。
「らっしゃい。泊まりかね?」
「そうよ。子供一人、大人二人」
なにが子供か。13歳を越えたら普通は大人料金なのに。しれっと子供のフリをするノルンに、コレットが呆れた眼差しを向ける。普段子供扱いされるとキレるくせに、こういうところはちゃっかりとしている。
「なら銀貨一枚だ。飯はどうするかね? 今か? 後にするか?」
「後で貰うわ。部屋で少し休みたいから」
ノルンが銀貨一枚を渡すと、熊の親父はカウンターの下から大きな鍵を渡してくる。
「あいよ。これが部屋の鍵な。二階一番奥部屋だ。ベッドは二つだが、大きいから子供なら一緒に余裕で寝れるだろう。ゴレムは……まあ重量型じゃねえから床が抜けることはねえか」
ゴレムの重さは不思議と見た目よりも軽い。これは金剛鉄や緋緋色金と呼ばれる特殊金属で作られているためだが、中には普通に重い機体もある。
重量型と呼ばれるものがそれだ。重さを活かした打撃力や、装甲の厚さに重きを置いた機体であることが多く、また、大型であることが多い。
さすがにそのような機体を二階にあげるわけにはいかないだろう。それこそ本当に床が抜ける。
大概の宿屋では、外の馬車置き場の横などに待機させてたりするが、高い宿だとちゃんとした保管場所があるという。
金持ちにとってはゴレムはステータスである。自らの財力、成功の証を野晒しにはできないと言うわけだ。
もちろんこんな安宿にそんな施設が有るわけがない。
受け付けの横にある階段から二階に上がる。一番奥の扉から室内に入ると、ノルンは灯りも点けずに窓際へ身を低くして近づき、窓より外を覗き込んだ。
「……やっぱり監視されてるようね」
「あのオーナーの指図でしょうか?」
「他に誰がいるってのよ」
そのうちここへ襲撃でもしてくるつもりだろうか。ノワールの力は知っているだろうから、そう簡単に攻め込んできたりはしないと思うが。
ノルンはそう考えたが、とりあえず窓から離れた。なにか撃ち込まれるとも限らないからだ。
「それよりも今はこっちの方が問題だしね」
ノルンは所在なく佇む、菫色の髪の少女、エルフラウに目をやった。
「とにかくそこに座りなさい、エルフラウ。ちょっと聞きたいことがあるの」
「はい」
言われた通り、片方のベッドへと腰を下ろすエルフラウ。その対面のベッドへ同じように腰掛けたノルンが、エルフラウの翡翠色の目をじっと真っ直ぐに覗き込んだ。
「……やっぱりね。エルフラウ、あなた人間じゃない。ゴレムね」
「「!!」」
コレットとエルフラウの顔に動揺が走る。コレットは信じられない、という、エルフラウはなぜ見抜かれた、という驚きだ。
「なぜ……わかったのですか?」
「あんた気付いてないかもしれないけどね、普通の人間はそんなに長くまばたきをしないでいられないのよ」
「あ……」
言われてから改めて目をパチパチとまばたきさせるエルフラウ。
「それに心音とか呼吸音とか、いろいろと偽装して他のゴレムでさえ誤魔化せるほどの性能のようだけど、ウチのノワールには通用しないわ」
『偽装、看破』
部屋の隅に立つノワールが短く答える。
「どっ、どういうことですかノルンさん。この子がゴレム!?」
「そうよ。擬人型ゴレム。それなりに珍しい機体だけどね。私もこれほど精巧な機体は初めて見たけど」
コレットの驚きをよそに、正面のエルフラウをノルンが見つめる。正直、ノルンもノワールからの説明がなければ気付くのに時間がかかっただろう。
擬人型ゴレムは珍しい機体といっても、数が少ないというだけで、ゴレムとしてはあまり利用価値はない。
外見が人間に似せてあるだけで、動きがどこかぎこちなかったり、言語の発音が流暢じゃなかったりと、普通ならすぐに「人間ではない」ことがバレてしまう。
唯一の長所が活かせないのでは、あまり意味がない。それでも、見た目が人に近いということは相手に安心感を与えるため、看護医療方面で使われることもあるようだが。
それに比べて、と、コレットは改めて目の前のベッドに座る少女を見たが、とてもゴレムとは思えなかった。ここまで精巧な機体は現代の技術では不可能だろう。「レガシィ」であることは間違いない。
「それで? 記憶はどこまで残ってるの?」
「……型式番号GM-172。個体名エルフラウ。それが私の名です。今から118年前、ここより北、ベルトーチ遺跡より、アルル・ロマーネス博士の手によって発掘されました。それ以前の記憶はありません」
「アルル・ロマーネス博士? ああ、50年ほど前に亡くなった女性ゴレム技師ね」
「はい。私は博士が幼少の頃に発見され、マスターとなった博士と共に過ごして参りました」
アルル博士はエルフラウと共に姉妹のように暮らしていたという。外見的には人間と変わらないエルフラウを、ゴレムと疑う者はいなかった。貴族の家系であった博士の助手兼警護役をしていたらしい。
幼少期は姉のように、少女期は親友のように、外見が変わらないエルフラウは、姉、妹、娘、孫というように振る舞い、世間の目をごまかしていた。
これだけの精巧なゴレムを狙う輩がいないとも限らないからだ。
「やがて博士は生涯独身のまま、息を引き取りました。私は博士の遺言通り、新たなマスターを探すことにしました。世界を巡り、様々な国を見て来ましたが、二年前に奴隷商人に捕まり、ここへ売られてきたのです」
「ちょっと触るわよ?」
不意にノルンがエルフラウの手を握る。しばらくその手を撫で回していたが、やがて納得したように手を離した。
「少し体温が低いようにも感じるけど、全く普通の人間と変わらないわね。触覚のセンサーはあるの?」
「はい。問題なく作動しています」
「奴隷商人に捕まったあと、なんで逃げ出さなかったの?」
「私は身体能力的には人よりかなり優れていますが、手錠や牢を壊すほどの膂力は持っていませんので」
それよりもそんなことをして、ゴレムとバレることが問題だった。人間と見分けがつかないほどのゴレム。バレた瞬間にGキューブ内にある博士のマスター情報は抜き取られ、最悪、機能停止に追い込まれて、Qクリスタルの記憶をリセットされる。それだけは嫌だったという。
その話を聞いて、表情とは違い、ずいぶんと感情豊かな機体だということがノルンにはわかった。このゴレムには明らかに感情がある。でなければ「嫌だった」などという言葉は使わないだろう。
「それで、これからどうする気?」
「私はノワール様に助けられ、ノルン様に身請けされました。できれば私の新たなマスターになっていただきたいのですが、ひとつだけお願いがございます」
「博士の記憶をリセットしないこと、ね?」
こくん、と、エルフラウは小さく頷く。
「いいわよ。別に記憶を消すメリットもないしね」
「ちょ、ちょっと待ってください。複数のゴレムと契約して大丈夫なんですか?」
コレットが慌てたようにノルンに問いかける。
ゴレムは一人一体の契約が基本だ。複数のゴレムと契約する。それ自体は可能である。が、命令伝達に同一の契約者がいる場合、感応阻害が起こり、思い通りに動かすことは困難になる。つまり、能力をフルに使用することができなくなるのだ。
操作型のゴレムはもとより、自律型だとしても、その影響は大きい。最悪マスターからの魔力を阻害されることだってある。
複数のゴレムを所持している場合、その用途に合わせて個々に使い分けるという形が一般的である。
しかし、困難ではあるが不可能ではなく、複数のゴレムを同時に操る使い手もわずかながら存在する。それでも同タイプの機体であるとコレットは聞いていた。
どうみてもノワールとエルフラウは同タイプではない。契約したことにより、ノワールの戦闘能力が阻害され、ガタ落ちになるんじゃないかとコレットは危惧したのだ。
「大丈夫よ。ノワールとは感応阻害を起こさないから」
「そうなんです、か?」
こうもはっきりと断言されては引き下がるしかない。おそらく「王冠」とはそういうものなのだと、コレットは無理矢理納得した。
「じゃあGキューブに登録するから服脱いで」
「え……あの……今ですか?」
「なにか問題が?」
「いえ、その……」
ノルンの言葉にエルフラウが躊躇いの表情を浮かべる。
どことなく顔が赤く見えるのは気のせいだろうかとコレットは思った。ゴレムには血は流れていない。しかし、そんな気がしてしまうほど、エルフラウの仕草は「恥ずかしい」といった印象を受けてしまう。
どういうことだろうとコレットが思っていると、チラッとエルフラウの視線がノワールの方へ向けられた。
その瞬間、コレットの頭にカジノを出るときの彼女の表情が浮かんだ。あのときは気のせいかと思ったが、彼女がゴレムだと判明した今、その考えがストンと腑に落ちた。
「ノルンさん。ノワールとハヤテを部屋の外へ。ゴレムでも女性の着替えを軽々しく見せるものじゃありません」
「ん? ああ、そうね。ノワール、外に出てなさい」
『承知』
ノワールとハヤテが部屋を出て行く。扉が閉まると、エルフラウがホッとしたように肩から力を抜いた。こういう人間じみた動きができるのも「レガシィ」の擬人型である証拠である。
それを見てコレットが微笑みながら核心を突いてみた。
「エルフラウ。貴女、ノワールのことが好きなのね?」
「ふえっ? えっ? や、あの……っ!?」
「え、そうなの?」
慌てふためく少女型ゴレムに、驚いた表情でノルンが尋ねる。
「ノワールに恋しちゃってるみたいですよ、この子」
「ゴレムでもそんなことあるのね……」
「ゴレムにも心があるって言ったのはノルンさんじゃないですか。あり得ないことじゃないでしょう?」
それもそうだ、とノルンは思ったが、イマイチ理解できなかった。ゴレムが恋心を持つことにではない。恋ということ自体、彼女にはまだよくわかっていなかった。
実は初恋もまだなのは黙っておく。昔、馬鹿姉に散々からかわれたことがあるからだ。
チラッと目の前の少女型ゴレムを見ると、そわそわと指を動かし、もじもじとしている。本当によくできた擬人型だ。一瞬、「王冠」ではないかと思ったが、「王冠」ならノワールが気付くはずだ。
ノワールとエルフラウが険悪な仲になるよりははるかにいいのだが、ノルンにはこれがいいことなのか悪いことなのか、正直よくわからない。
馬鹿姉なら喜々としてデータ収集に入るのだろうが、ノルンにとって人(ゴレムだが)の恋路などどうでもよかった。
ま、好きにすればいいんじゃない? ノルンの中で、エルフラウの恋心はそんな風にあっさりと片付けられた。
「エルフラウ」
「はっ、はいっ!?」
「服脱いで」
「あああ、は、はい、わかりました」
着ていたチュニックを脱ぎ、下に着ていたシャツも脱いで、エルフラウは上半身裸になった。コレットほどではないが、設定年齢に合った膨らみが露わになる。
次の瞬間、問答無用でノルンがそれを鷲掴みにした。
「ふひゃああぁ!?」
「紛い物だってわかっていてもイラつくわね。なによこの無駄な触感。必要あるの?」
「ちょ、ノルンさん! やめてあげて!」
なおも揉み続けるノルンを、コレットが引き剥がす。
自分と同じ被害者が増えて、若干嬉しい気持ちもあるが、それとこれとは別だ。
なんとか落ち着いたノルンが、エルフラウの胸部、心臓の辺りに手を当てて、魔力を流す。
「オープン」
エルフラウの胸部に筋が入り、静かにその部分が開いていく。これはゴレムの側が許可するか、機能停止していない限り、反応して開くことはない。
開いた胸部の中央には、小さなカボチャほどの大きさで球形の器がある。その中に満たされた液体の中央に、緑の燐光を放つ立方体、Gキューブが浮かんでいた。
ミカンほどのGキューブにノルンが手を伸ばすと、器が抵抗なくその手を受け入れ、ズブズブとめりこんでいく。キューブを掴み、それを取り出すとエルフラウがガクンと機能を停止した。
取り出したGキューブに、ノルンが抜いた自分の髪の毛を触れさせると、まるで水の中に沈むようにキューブに取り込まれていき、やがて完全に溶けてしまった。これでマスター登録の上書きは終わりである。
あとはゴレムにとっての頭脳である「Qクリスタル」に魔力を流し、記憶のリセットをすることもできるのだが、約束通りそれはしないでおく。
休眠状態が何十年も長く続けば、記憶のリセットが自動的にされてしまうため、発掘以前の記憶はないのだろうが、それ以降の記憶は残せるなら残した方がいい。
特に擬人型ならば、記憶の蓄積は重宝するべきもののはずだ。ここでもしリセットをすれば、エルフラウはまたまばたきをしないというミスをしたりするだろう。学習したことを消す必要はない。
もっとも、ノワールが倒したパラディンのように、記憶を残さない方がいいこともある。その辺りはやはりマスターの裁量だろう。
ノルンは自分の情報が入ったGキューブを、エルフラウの胸部にある器へと戻す。開いた胸部を閉めて元に戻し、掌を当てて、再び魔力を流す。
「ロック」
僅かな低い起動音がして、エルフラウが目を覚ます。しかし目に虹彩が無く、死んだ魚のような目をしていた。
「型式番号GM-172、個体名エルフラウ、起動シマシタ。稼動状態問題無シ。マスター名ヲ登録シテ下サイ」
「ノルン・パトラクシェよ」
先ほどとは違う機械的な音声にノルンが淡々と答える。
「登録シマシタ。マスター登録変更完了。再起動シマス」
目が次第に生気を取り戻し、ぱちぱちとまばたきをしてから、エルフラウが顔を上げる。
「……博士の記憶を残していただき、ありがとうございます。改めて、これからよろしくお願い致します、マイマスター」
「よろしくね、エルフラウ」
挨拶が終えるとそそくさとエルフラウは、シャツとチュニックを着込んでいった。やはりどことなく顔が赤い。「羞恥心」というものもきちんと持ち合わせているこのゴレムに、コレットはつくづく感心した。
「もうこれは必要ないわね」
そう言ってノルンが支配者の指輪を操作して、奴隷の証である首輪を外してやる。
「ありがとうございます。マスター」
そう言って微笑む彼女は人間となんら変わらない笑顔を浮かべていた。




