☆010 歪んだ、強さ。
ストレイン王国には国王直属の組織がいくつかある。その中の諜報機関がコレット・ユーウェインの所属する「カンパネラ」だ。
警鐘を鳴らす、という意味を持つこの機関は、国王の手足となって、あらゆるところに侵入し、市井の中に紛れ込みながら、必要な情報を手に入れる。
どうりで体力があるはずだと、ノルンのコレットを見る表情が、驚きから納得へと移行する。この少女が隠密なら生半可な体力ではやっていけまい。
「あんた……!」
「上に報告される辻斬り事件の調査書が、どうも妙でしてね。これはなにか裏があるんじゃないかと、私が調べに参った次第で」
調べるにつれ、報告にはない第一発見者の証言の違いなど、ちぐはぐな部分が見えてきた。どうも現場検証に当たった騎士団内部に犯人、もしくは共犯者がいるらしいとあたりをつけていたところ、ノルンと出会ったというわけだ。まさかこんな形で犯人がわかるとは思ってもいなかったが。
「なるほど。余計な小細工が裏目に出たか」
「じゃあやっぱりあんたが犯人……」
「いかにも」
これまたキザな仕草で肩をすくめてみせる。イラっとしたノルンに気付くことなく、ザレムが芝居気たっぷりに語り始めた。
「今までの辻斬り事件は全て私の犯行だ。うまい具合にそこの少女が連行されて来た時は、全ての罪を被せてしばらくはおとなしくするつもりだったのだがな」
どうやらノルンを犯人に仕立て上げて、罪を逃れるつもりだったようだ。どうりで、とノルンは思った。捕まえた翌朝に死刑とか、普通ならあり得ない。
「まあいい。お前たち二人を消し去れば、誰も真実を知る物はいなくなるのだから」
ザレムが吐いたその言葉に、ガシャッ! と、彼の背後にいた白銀の騎士が腰から大きな剣を抜き放つ。このゴレムはノワールはもちろん、ハヤテよりもひとまわり大きく、左手に豪奢な盾も装備していた。重騎士型、とでも言おうか。間違いなく古代機体だ。
その銀色の騎士が、ノワールたちに剣を向ける。
「まあ……」
「そうくるわね……」
ノルンとコレットが顔を見合わせる。口封じ。死人に口無しということか。自分たちが死んだら、抵抗した辻斬りをやむなく斬殺した、となるのだろう。
もちろん二人とも黙ってやられる気は無い。先手必勝、やられる前にやれ。二人、話をせずとも考えることは同じであった。
「ノワール!」
「ハヤテ!」
二人のゴレムが左右から白銀のゴレムに襲いかかる。ノワールは腰の剣を抜き、ハヤテも短剣を両手に構え、一気に斬りかかった。
白銀のゴレムはノワールの斬撃を自らの剣で受け、ハヤテの短剣を盾で受け止め、ものすごいパワーで押し戻す。
「ハヤテ!」
コレットの声に応じて、バックステップをしつつ、ハヤテが両腕をクロスさせる。そして、放たれた手刀が十文字に大気を切り裂き、風の刃が一直線に銀騎士へと襲いかかった。
「風を操る能力……貴様のゴレムも古代機体か!」
放たれた風の刃を銀騎士が大盾で受け止めた。バシュウッ!! と盛大に音を立てて、辺りに風が吹き荒ぶ。
「面白い! 貴様も我がゴレム、「パラディン」が王冠へと至る糧となれ!」
ザレムが右手を翳すと、同じように銀騎士も右手を翳す。その掌にキラキラと輝く氷の粒が、幾重にも渦を巻き、その奔流が目の前のハヤテへと向けて放たれていく。
パキィィン! と甲高い音を立てて、ハヤテの足下が一瞬で凍りつき、膝から下が氷で橋へと縫い付けられてしまった。
ハヤテがなんとか抜け出そうと力を入れるが、足が凍らされては力を充分に発揮することができず、脱出できない。
「ハヤテっ!?」
「氷の能力……?」
おそらくこれがあのパラディンというゴレムの能力なのだろうと、ノルンは理解した。そういえば、あのルカニドという雷ゴレムの残骸には、やけに結露がついていた。今思うとあれはこのゴレムの能力によるものだったのだ。
しかし、それよりも気になることがノルンにはあった。
「……王冠って言ったわね? どういうこと?」
王冠へと至る糧とはどういうことなのか。
ノルンの質問に対して、薄ら笑いを浮かべながらザレムが口を開く。
「通常、ゴレムの能力は変化することはない。しかし、稀にではあるが、成長するゴレムも存在するのだ。このパラディンのようにな」
そう言ってザレムは自分のゴレムを見上げる。かつてのパラディンはここまでの能力を持ってはいなかった。氷を操る能力はあっても、大気に漂う水分を、ここまで集めて凍らせることなどできなかった。
しかし、ゴレムを倒し、その中核であるGキューブを取り込むことで、パラディンはだんだんと強くなっていった。
それに気付いたとき、全身が震えたのを覚えている。自分は誰も辿り着けない高みへと登ることができるかもしれないと。
「我がゴレムは戦いを繰り返し、成長することで進化する! そしてやがては「王冠」、クラウン・ゴレムさえも凌ぐ力を手に入れるのだ!」
ザレムが笑う。クラウンシリーズがいかに強かろうと、成長する自分のゴレムはいつかそれを越える。さらにクラウンシリーズのGキューブを喰らえば、それ以上の存在になれるかもしれないのだ。
「そんなことのために、今まで何人ものゴレム使いを……」
コレットが狂ったように笑い続けるザレムに非難の視線を向ける。その視線を馬鹿にするように鼻で笑いながら、ザレムは肩をすくめた。
「無能なゴレム使いが何人消えたところで、大した問題ではあるまい? おかげでパラディンははるかに高い能力を身につけた。彼らは偉大なる王の誕生にその身を捧げたのだよ」
「くっだらない」
ザレムの言葉に対してノルンが吐き捨てるように言葉を発した。自分に酔っているナルシストにこれ以上付き合う気は無い、と言うように、腕を組み、ザレムを睨み付けている。
その顔には静かな怒りが滲んでいた。