20.黒白
漆黒。
肩まである黒髪から、刀身がひと房伸びて血を滴らせる。
わたくしの仇を討った刀。忠実な付き人だった彼女。
急な現実に、脳が冷えるような錯覚を覚える。
乾いた口を開いて、ただ問う。
「ゾフィー……っ!?なに……を……?」
答えはない。
ただ、わたくしを差す冷たい目。いつものゾフィーの目が全く違うものになっている。
暗い、闇。でも、そこには確かに知性がある。
黒い刃の血を袖でぬぐう。
「ゾフィー!答えて!叔父を……それにその能力!貴女は一体……?」
口がひどく乾いていた。
唾を吐き散らすような、淑女にあるまじき酷い狼狽だった。
それでも、わたくしは彼女を問い詰めねばならない。
だって……
髪を切れるもの。刃物を司る能力。
それは……
それは、誇り高きブレイズフォード家のみに与えられた能力。
「お前の復讐などぬるい」
冷淡な声が室内に響く。
不思議な感覚だ。四肢は冷たいのに、怒りや憎しみが、未だ芯を熱くしている感覚。
わたくしのすべてを賭けた復讐を、否定する言葉。
それが一番の理解者だと思っていたゾフィーから告げられる。
震える唇を開いて、夢じゃないかと……一縷の望みをかけて問う。
「貴女は、わたくしの付き人でしょう……?」
「私が6歳のころだったな。お前のお付きとなったのは……長い12年だった」
ゾフィーが静かに語る。
その目はただただ冷たい。
「ブレイズフォードの血は、私が……消す」
冷たい目に激しい炎が宿った。
ゾフィーは胸ポケットから注射器を取り出して、己の首筋に射した。
青緑の液体が消えていく。
一拍。
「っっあ”あ”あ”あ”あ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”!!!!」
絶叫が部屋を揺らし、ゾフィーの黒髪がうねりだす。
鋭利になった房のすべてが、部屋中を切り刻んだ。
わたくしは解らなかった。
どうして、ここまで憎まれているのか……
どうして、ブレイズフォードに連なる力を持っているのに……
信じていたのに、どうして……
「どうしてよ!ゾフィー!言ってくれなきゃ解らないわ!!」
闇の中に朱く光る眼が、こちらを睨む。
「私は……私は!お前の父親が孕ませたメイドの娘だ!!」
頭が真っ白になる。
「お前の父親は母が私を身ごもったとわかると、僅かながらの金を握らせて追い出した……!母は身重の体で金を稼ぎ、私を生んでからも休む間もなく働いていた……!」
彼女の口から語られる、父の恥部。
「貧しくも幸せだった……しかし、お前の父親はそんな母に、自分のところに戻るように話を持ち掛けた。一番大変な時期に何もしなかったのに!あげく、母の病気がわかると、今度は話をなかったことにした!」
叔父が匂わせていた、父の秘密。
「母は最期までお前の父親を悪くは言わなかった。だが私は、そんな母を軽んじた奴を許さない……!!」
黒い闇が、怨嗟の炎が、異母姉の殺意がわたくしに圧し掛かる。
「お前の叔父を利用し、父親に毒で母と同じ苦しみを与えてやった!ははははっ!」
もう止めて。
「お前も復讐対象だ。エラ・ブレイズフォード……っ!!」
何もかも、わからない。
目の前がまっくらになる。
だれか
たすけて
そう願った瞬間、膝裏まであった後ろ髪がパサリと切り取られる。
ゾフィーの黒刃からわたくしを守るように白線が降った。
「剣を抜いたな……!!!エラぁぁぁ!!!」
聖剣”__”
人が髪を使う前の時代から、一部の血族にのみ振ることを許された剣。
白線を掴むと、輝きが徐々に治まりながら両刃の細剣に成っていく。
剣の形が定まっていく。
わたくしとゾフィーが、戦わなければならない運命が決定づけられるように。
唯一の友。
唯一の理解者。
唯一の姉。
そんな相手を『切れ』と。
わたくしに剣を持たせようとしている誰かが言っている。
「エラアァァァ!!」
気を取られた一瞬で、ゾフィーが肉薄していた。
2対の黒刃を袈裟懸けるように振り下ろす。細剣で初太刀を弾き、二の太刀をバックステップでかわす。
ゾフィーは弾かれた刃の勢いのまま、回転するように黒の刃を躍らせる。
チョッパーの中に入れられたかのような斬撃。
息を吸う余裕がない。
ほとんど躱して、回避できないものは弾く。それでも、体に細かい切り傷がついた。
永遠に続いたかと錯覚する斬撃の隙間、ゾフィーが黒刃を引いたタメを見つける。
何も考えてはいなかった。
ただ、剣を振り落とす場所が分かったから、そうした。
目を見開くゾフィーの表情が、印象的だった。
振り落としたエラの細剣をゾフィーが思わずといった表情で掴む。
「え!?ブレイズフォード以外は全てを切り伏せるはずなのに……!?」
「なるほどな、私にも半分その血が流れてるんだ、掴めない道理はない」
さらばだ。最後に聞こえた言葉は、ひどく無感情で冷たかった。
黒い刀身が逆袈裟に振られ、高貴な血が飛び散った。
流れる血の熱さを感じながら、わたくしは意識を手放した。
この世界では髪=命に近いので、髪を切れる刃物には皆んな気を使っております。
具体的には、印鑑とかと同じくらい使用と保存は丁寧に扱います。
めちゃくちゃ難産だった……!!




