18.取引
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
倒れているブライアンの前に、スティンキーが立ち尽くす。
表情は見えないけど、その背中は声を掛けられないほど寂しそうだ。
俺は黙ってその背中を見つめることしか___
「ちょっと、ぼーっとしてないでとっとと逃げましょ」
ムッとする。やはり女性には男心はわからぬのか……
もう少し浸らせてあげてほしいと言おうとするが、それより早くスティンキーが振り向く。
「おう、わりぃ。とっととズラかるぜ!」
いつも通りのアコギな顔だった。
_______________
ドッドファミリーの拠点から走って離れ、高架下で三人、息を整える。
「はぁ……で、そろそろそっちの美人を紹介してくれよジョーク」
「あ、あぁ……えーとドッドファミリー若頭の秘書さんで……あれ、名前聞いてないな」
秘書は髪をかき上げながら顔を上げる。
呆れたような表情で俺をみて、口を開いた。
「今更?まぁいいけど。ナタリよ、再会できて嬉しいわ、運び屋さん?」
俺、運び屋って言ったか?……ああ!こいつ、いつぞやにBOXERをでニケツした泥棒女か!
「おいコラ!この美女とナニしてやがったオイ!!」
「ちが、なんもしてないから!」
胸倉をつかんできたスティンキーをなだめる俺。
何を面白がったのか、女がそのやりとりに火をくべてきた。
「ひっど~い。アタシ、アンタと激しい夜を期待してたのに~!」
「な、なに言って___」
「おいおいコラァ!オイラ混ぜろよジョーク、いやハコスさんよぉ!!」
だぁああ!!めんどくさい!
とりあえずスティンキーには、女と俺は一時的に行動を共にしただけと言い聞かせる。
訝しんだ様子ではあったが、一応納得してくれたようだ。
ナタリと名乗った女には、俺とスティンキーがとあるご令嬢のお願いで動いていることを伝える。
腕を組んで少し考えこんでいる様子。
「ふぅん……アンタ、そのお嬢様に惚れてるわけ?」
胸部から視線を戻して、彼女の整った顔を見つめる。
いや、俺がエラに惚れてるかだって?
ないないないない。
そもそも住む世界が違うんだ。価値観が合うはずもない。
綺麗だとは思う。けど、あれは触れるもんじゃない。
……そういう類だ。
「ならさ……そんな腹黒お嬢様を切って、アタシと手を組まない?」
ほう?どういうことか。問おうと考えている間に彼女が説明してくれた。
「アタシは確かにドッドファミリーに秘書をしていた。いろいろ商談の場にも同席してたほど、ダミニクの近くにいたわ。けど、ブライアンが来た。彼はおそらくアタシごと屋敷を焼く手筈だったんだと思うわ」
「なるほどな。つまり行くあてのない君は、ドッドファミリーから守ってほしいと」
「えぇ、代わりにあたしが持ってる情報と……イイコトもしてあげるカモ?」
「はいはいは~い!!オイラが君を守るぜ!任せろ!だから……な?」
鼻の下を伸ばしたスティンキーに軽くチョップをしつつ、ナタリが俺を見る。
「ワイルドな男はもう飽きたのよね……今はアナタに興味があるの」
「正確には俺のバイクにだろ、どうするつもりなんだ?」
ナタリが蠱惑的な笑みを浮かべる。
あの逃走劇の時から、彼女はBOXERを欲しがっていた。
信用していいのかわからない。
だが、条件次第で貸すくらいなら妥協できる。
今は“敵じゃない”だけで十分だ。
「アナタのバイク、全分解させて!」
「断あぁぁぁぁぁぁる!!!!!!!!」
いうに事欠いてオーバーホールだと?
この女、ここで処さねば……!!
手を上げようとしたとき、スティンキーが割って入る。
「落ち着けジョーク、深呼吸だ。OK、いいな?おい姉ちゃん、機械いじりが好きなのか?」
「えぇ、手慰み程度だけどね。あのバイク気に入らないのよ……あんなにバケモンみたいな動力源積んでるのに原付って……!アタシなら最高速車にできる、二輪なら最低2000ccサイズじゃなきゃ!」
おぉ……ナタリの熱量が想像以上だった。
あの原付も気に入ってはいたが、今後のことを考えると心もとないかもしれない。
それに、エラはBOXERの修理はするといっていたが、直接彼女が触るわけじゃない。
今後、どこに敵が潜んでいるかわからない状況で、主戦力にもなるNHSを積んだBOXERを触るのは最低限の人間が好ましい。
誰も損はしていない。フェアな取引だと思う。
「わかった、よろしくなナタリ」
「こちらこそ、ハコス!」
俺たち二人の取引が成立した。
でも、この場にはもう一人いる。
「オイラはその条件じゃ手は組めねぇな。メリットがねぇ!」
スティンキーが珍しく真面目な顔で言った。
あぁ、確かにBOXERは俺の所有物だからスティンキーはそんなに関係ないよな。
でも、こいつの戦闘力は俺達には必須だ。
何か説得できるものはないか。
あ、そういえば……
「スティンキー、ドッドファミリーによりダメージを与えたくないか?」
「当然だろ、なんだ?軍用ヘリでもチャーターできるってのか?」
「もっとデカいやつだよ」
服の下に仕舞い込んでいた帳簿と腕輪、スマホのカメラロールにある大量の書類データを見せる。
スティンキーは目を見開き、息をのんだ。
ナタリが妖艶な笑みを浮かべて乗ってきた。
「アタシの情報とハコスの持ってきたこれらがあれば、ドッドファミリーはこの街から完全に消せるんじゃない?」
「どうするよ?スティンキー」
大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出す。
にやりと笑うスティンキーがそこにいた。
「ダミニクだけはオイラが殺る、それなら乗ってやるぜ」
三人の手が合わさり、この街の裏側をひっくり返す取引が、静かに成立した。




