愛しい人と快適な生活。
チュンチュン。
穏やかな小鳥のさえずりで目が覚める。
結界の外からは魔物の咆哮も混ざっている気がするが、気にしない。
ギシ……トンっ。
私は、深く眠っているルシアンの強い腕からそっと抜け出し、音を立てないようにベッドを降りた。
顔を洗い、朝の身支度を済ませてから、キッチンへと向かう。
壁のソケットから魔力を引く冷蔵庫型の魔導具を開けて、新鮮な食材を取り出す。
パンをスライスしてトースターへ。
壁のソケットにプラグをカチッと挿し込み、ケトルのスイッチを入れ、魔導コンロにフライパンを置いた。
我が家の家電風魔導具には、ひとつひとつに魔石は入っていない。
全部、壁のソケットから流れる魔力で動いている。
スライスしたお肉と、香り高い香草をフライパンへ。
ジュワッ! と食欲をそそる音がして、芳ばしい香りがキッチンいっぱいに漂い始める。
「ふんふんふーん♪」
自然と鼻歌が漏れる。
コポコポコポ……カチン。
お湯が沸いたケトルから、茶葉を入れたティーポットへとお湯を注ぐ。
チンッ。
いい具合に焼けたパンを取り出し、熱々の香草焼き肉を挟む。
「できた! んー! 良い香り!」
手早く用意した朝食をテーブルに並べ、私は再び寝室へと向かった。
「ルシアン。朝だよ、起きて?」
「ん……リナ」
声をかけた瞬間、グイッと腕を引かれ、私はポスンとルシアンの広い胸の中へ引き戻されてしまった。
「もう。朝ごはんできたから、温かいうちに食べて欲しいの」
「……わかった」
ルシアンは寝起きの気怠げな顔で頷くと――カプリ、と私の首筋に甘く噛み付いた。
「ひゃっ! ちがっ、私じゃないから! ご飯を食べてって言ったの!」
「ははは。おはよう、リナ」
「もう……おはよう」
「今日も愛してるよ」
ちゅっ、と額に落ちる優しいキス。
ルシアンとこの新居で暮らし始めて、もう数ヶ月になる。
ずっと警戒していた研究所からの追っ手は、今のところまだ来ていない。
朝食を終えた後。
「……認識阻害をかけて、少し遠くの街まで買い出しに行ってくる。何か欲しいものはある?」
「あっ! 茶葉とお塩、それから小麦も欲しいかな」
「わかった。他にも思いついたら、魔導具で連絡してくれ」
「うん!」
真面目な顔で頷いた次の瞬間、ルシアンは私の肩にすりすりと顔を埋めた。
「はぁ……リナと数日離れるとか、絶対に無理。俺、死ぬ」
「たった数日の辛抱だよ! 頑張って、私の愛しい旦那様」
「あっ、ダメだ。リナが可愛すぎて力が抜けるぅ……」
「いいから! 早く行って、早く帰ってきて!」
渋々すぎる態度で出かける準備を終えたルシアン。
そんな愛しい夫を見送るために、私は玄関の重い扉をガチャリと開けた。
『グルルルルル……ッ!』
『ギャース!! ギャース!!』
「うわぁ……。今日も魔物に囲まれ放題ね」
一歩外に出れば、そこは王国最悪の絶対禁足地。
結界のすぐ外側には、私たちを狙う凶悪な魔物たちがひしめき合い、牙を剥いている。
「リナ。地下の主電源への魔力チャージ、絶対に忘れないでくれよ」
ルシアンが、いつも以上に真剣な顔で念を押してきた。
「はーい!」
「魔力が切れたら、魔導具が使えなくなるだけじゃない。この家を守る結界も消えて、外のアイツらが入ってくるからな。本当に危ないから」
「わかってる! ちゃんと満タンまで魔力を入れておくから安心して」
「……行ってくる」
「行ってらっしゃい」
吠え狂う魔物たちを背景に、私たちは玄関先でごく自然に、軽い口付けを交わした。
パタン。
扉を閉め、静寂を取り戻した室内で私は大きく伸びをした。
「さてと! 魔力チャージをしてから、洗濯物とお掃除ね!」
私は地下室へ降り、中央に鎮座する巨大な魔力石――この家の命綱にそっと手を触れた。
自分の中に溢れる魔力を、石へと流し込んでいく。
私とルシアンがここへ貯めた魔力が、家中のソケットへ巡る仕組みだ。
……主に、貯めるのは魔力過多の私だけど。
ふと、研究所の所長に言われた恐ろしい計画を思い出す。
国の都合で搾取されるのは嫌だったけれど、愛するルシアンと快適に暮らすための『マイホーム専用・人間発電機』なら、ちっとも悪くない。
ルシアンが一瞬で建てた、この快適な平屋。
実は、暮らし始めた当初、原始的なサバイバル生活に真っ先に音を上げたのは私の方だった。
「前世では、ソケットに挿すだけでなんでもできる便利な家電があったのに……」
私が何気なくそう呟いた瞬間だった。
「リナが欲しいなら、俺が作ればいい」
その日から、ルシアンの天才的な魔術回路構築と異常な執念で、ありとあらゆる現代家電風の魔導具がこの家に揃っていった。
「ソケットに挿すだけで動く掃除機に、全自動洗濯機……控えめに言って、快適すぎる」
文明の利器(魔術版)の恩恵を受け、ひと通りの家事をあっという間に終えた私は、優雅にティータイムを楽しんだ。
片付けを終えると、再び外へ出る。
もちろん、強固な結界の内側だけだ。
庭に作った小さな畑に水やりをする。雑草を抜き、新しく作った畝に野菜の種を撒く。
恐ろしい魔の森の中心で、命綱の魔力石を管理しながら、私はものすごいスローライフを満喫している。
そして、夜。
ひとりぼっちの、広すぎるベッド。
「……眠れない」
いつもなら、文句を言いたくなるほど私を強く抱きしめて放さない腕がない。
逃げ出したくなるほど重くて甘い愛撫がない。
ルシアンのあの過保護すぎる熱がそばにいないというだけで、胸の奥からじわじわと寂しさが込み上げてくる。
すっかり彼の執着に毒され、甘やかされて駄目になってしまった自分に、思わず苦笑いがこぼれた。
「……はやく、帰ってこないかな」
私はルシアンの匂いが染み付いた枕をぎゅっと抱きしめ、愛しい夫の帰りを待ちながら、静かに目を閉じた。




