色々、重すぎる
熱が引いた。
泥沼のような息苦しさが、嘘みたいに消えて、視界がゆっくり澄んでいく。
「……ん……」
身じろぎすると、右手にぬくもりがあった。
そっと視線を落とす。
ふかふかのベッド。
快適すぎる室温。
そして、私の右手を両手で包み込んだまま、ベッドの縁に突っ伏して眠っているルシアンの姿。
……どうやら、一晩中ここにいたらしい。
私が少し身体を起こした気配で、ルシアンが弾かれたように顔を上げた。
「リナ……! 目が覚めたか? どこか痛むところは? 熱は……」
血相を変えて、額や頬に触れてくる。
その顔はひどく青白くて、目の下にはうっすら隈までできていた。
あの完璧で優雅なルシアンが、見る影もなくぼろぼろだ。
「大丈夫。もう全然苦しくないよ」
そう言って微笑むと、ルシアンは「……っ」と短く息を呑んで、そのまま崩れ落ちるみたいに私の肩口へ額を押しつけてきた。
「……よかった。本当によかった……っ」
震える声。
昨夜、熱の底で聞いたあの泣き声と同じ、ひどく脆い響きだった。
「……俺は、恐ろしかった。俺の術の負荷が君を壊すことも……なにより、このまま君が死んでしまったらと思うと」
ルシアンが私の背中へ腕を回し、ぎゅうっと強く抱きしめてくる。
「俺たちの術は、まだ未完成だった。今、君の魂が肉体を離れてしまったら……俺は君を繋ぎ止めることができなかった」
「……え?」
「後を追って死んだとしても、行き着く先は同じじゃない。君だけが向こうへ行って、俺だけがこの世界に取り残される。……一緒に逝くことすら、許されなかった」
重い。
めちゃくちゃ重い。
君が死んだら悲しい、ではなく。
君と一緒に死ねないことが最大の絶望だった、という激重ロジック。
彼の口から語られた『置いていかれる恐怖』の真相は、想像していた何倍も湿度が異常だった。
……そりゃ、あんなこの世の終わりみたいな顔にもなるか。
私は、背中に回された彼の腕の震えを感じながら、そっと視線を落とす。
シーツの隙間から覗く、自分の左足首。
そこには、分厚い魔力を帯びた銀のアンクレットが静かに光っていた。
私の身体――器に合わず、甘い匂いみたいに漏れ出ていた魔力。
それが「おかしな人ホイホイ」になっていたのを抑え、ルシアンの魔力と共有することで、魂を肉体へしっかり固定するための絶対的な命綱。
そこまでは、わかる。
そこまでは必要だ。
問題は、その上に絶対いろいろ盛ってることだ。
「……ルシアン」
肩口に顔を埋めたままの彼へ、私はできるだけ優しく、でも断固たる意志を込めて言った。
「……とりあえず、それ。いろんな機能が付きすぎてて、私の身体が耐えられないから……一回、軽くしよう?」
「……え?」
ルシアンが、ばっと顔を上げた。
赤い目元を瞬かせて、ひどく怯えた顔をする。
「外す……? だめだ、絶対にだめだ! この共有を解けば、君の魂は肉体に固定できず、今度こそ本当に死んでしまう!」
「違う違う」
私は慌てて片手を振った。
「命綱の本体機能まで外せなんて言ってないよ。それがないと私が死ぬのは、もう分かってるから」
左足首を指差して、私はこくこく頷く。
「私が言ってるのは、その命綱の上にルシアンが勝手に盛った追加機能のこと」
「追加機能……?」
「そう。追加機能」
私はじとっと彼を見た。
「移動制限とか。強制束縛とか。私の状態を四六時中把握する過剰探知とか。あとたぶん、勝手にバリアとか通信機能とか万歩計みたいなのも盛ってるでしょ」
「万歩計はつけてない」
そこだけ即答した。
「そこだけ即答するんだ!?」
思わずツッコむと、ルシアンは気まずそうに目を逸らした。
やっぱり盛ってるんじゃないか。
「……バリアは、最低限だ。通信機能も緊急時用で」
「ほら見ろ!」
この男、必要だった命綱機能に加えて、善意の顔をした重たいオプションを山ほど載せていたのだ。
しかも本人の中では、たぶん全部、
安全性向上。
見守り機能。
便利装備。
くらいの感覚なんだろう。
いや重いわ。
重いし、愛が家電みたいに多機能化するのやめてほしい。
「そういうのが山盛りになってるせいで、私の身体の処理能力がパンクして熱が出たんでしょ?」
図星だったらしい。
ルシアンは言葉に詰まり、すっと視線を逸らした。
わかりやすい。
「だから、一旦ダウングレードしよう。純粋な『魂の共有』と『魔力の安定化』だけ残して、他の重たいオプションは全部オフ。そうじゃないと、私、術が完成する前にまた熱で倒れるよ」
『また熱で倒れる』
今のルシアンに、一番効く言葉だった。
彼の肩がぴくりと揺れる。
天才魔術師はひどく渋い顔をしたまま、私の左足首へ手を伸ばした。
指先が銀に触れる。
かちり、と小さな音が鳴った。
「……『移動制限』と『強制束縛』は解いた。常時探知も感度を落とした。防御術式は薄く一枚だけにした。通信は緊急時のみ。……今は、純粋に君の命を繋ぐための機能を主軸にしてある」
「万歩計は?」
「つけてない」
じろりんちょ。
さっとルシアンが目を逸らす。
いや、今の反応、限りなく黒に近い灰色なんだけど。
でも、足首がふっと軽くなったのはすぐにわかった。
締めつけていた何かが、するりとほどけた感じ。
「……わあ。足、軽い」
恐る恐る動かしてみる。
昨日みたいな嫌な重みがない。
「ありがと、ルシアン!」
私がぱあっと笑うと、ルシアンは「……君は本当に……」と深いため息をついた。
呆れているような。
安心しているような。
そんな、複雑なため息だった。
それでも、その口元にはどこか甘く柔らかな笑みが浮かんでいる。
たぶん彼の中では、まだまだ載せたい機能が山ほどあるのだろう。
恐ろしい。
でもひとまず、私は高熱で死にかける監禁仕様から、命綱つき最低限モデルへダウングレードを勝ち取った。
大きな一歩である。
その時だった。
ふいに、ルシアンが私の指先を取る。
するりと絡めるみたいに触れてきた手が、やけに熱い。
「……リナ」
ひどく甘い声だった。
嫌な予感しかしない。
「やっぱり今から抱いていい?」
「それは、結婚したらね!?」




