命を繋ぎ止める術。
「……ルシアン。君は、知っていたのだな」
重く沈んだ声で、義父が問いかける。
その視線は病床で眠る娘ではなく、冷徹なまでに静かな魔術師へと向けられていた。
ルシアンは表情を変えず、ゆっくりと頷く。
「はじめは半信半疑でした。ですが、あの日を境に、彼女が纏う魔力の色彩は劇的に変化した。これまでの観察結果、および行動パターンの解析から推察して――リナの身体に、別の魂が宿っていると判断しました」
一拍置き、声を落とす。
「このまま放置すれば、リナという存在はこの世界の摂理に弾かれ、命の危機に晒され続けるでしょう」
「そんな……ダメよ。リナを、あの子を二度と失うわけにはいかないわ!」
義母が顔を歪め、縋るように叫ぶ。
ルシアンは机の上で、白くなるほど拳を握り締めた。
「我が家に伝わる秘薬を、リナの波長に合わせて再調合したものがあります。魂と肉体の魔力回路を強制的に安定させるための薬です。ですが、それは対症療法に過ぎない。いつまで有効かは分からない」
静かな息を吐く。
「避暑地に到着した朝、リナはそれを服用しました。ですが、その結果が――」
「ジャイアントベア、か……」
義父が低く呟く。
「あれは、リナが……今のあの子が引き寄せたというのか……」
「間違いありません」
ルシアンの声は冷え切っていた。
「彼女の魂が放つ特異な残滓が、あらゆる生物の本能を狂わせている。……俺は、今のリナを愛しています。彼女を失うことは、俺の人生の終焉と同義です」
重い沈黙が書斎を支配した。
やがて、義父が重い口を開く。
「……我が家にも、古くから禁忌として伝わる魔術書がある。そこには、魂の固定に関する秘術が記されている。生者同士――命と命を固く結び、共有することで、不安定な魂をこの世に繋ぎ止める術式だ」
ルシアンの瞳が、飢えた獣のように光る。
「願ってもない魔術ですね。即刻、執り行う準備を」
「……軽く言うな」
義父の声が地を這うように低くなる。
「これは対等な共生ではない。命の共有だ。片方が天に召されれば、もう片方も同時に命を落とす。文字通り一蓮托生だ。ルシアン、それでも構わないのか?」
一瞬の間さえ、彼は必要としなかった。
迷いなど、彼の計算式には最初から存在しない。
「リナのいない世界で、俺一人が生を繋ぐことに、何の意味があるというのですか」
狂気的なまでに純粋なその言葉に、義母は静かに目を伏せる。
やがて、義父はルシアンの覚悟を真正面から受け止めるように、深く頷いた。
「……わかった。君の覚悟、確かに受け取った。感謝する、ルシアン」
「ありがとう……あの子を……リナを、そこまで愛してくれて……」
母の声は、安堵と悲しみが入り混じった涙に滲んでいた。
魂を縫い止める魔術陣。
その儀式は、リナの意識が回復するのを待って執り行われることが、三人の密談によって決定された。
昏睡するリナの傍らで――
誰一人として、本人の意思を問う者はいなかった。




