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ひとへに風の前の塵に同じ・転  作者: 佐竹健


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第2話 You don’t alone


   1


 師であり育ての親でもあり恩人でもある天狗を殺したあと、牛若は老師の元を尋ねた。天狗の死を伝えるのと、これからの身の振り方を考えるためである。

 庵の戸を叩いたあと、胸を通り越すほどの長さの白髭を蓄えた、唐服の老爺が杖を突いて出てきた。腰の曲がり具合からして、歳のほどは100歳は余裕で超えていると思われる。

「おお、牛若か。どうした?」

 牛若の暗い表情を見た老師は訊ねた。

 老師に牛若は、

「天狗が死んだ」

 と伝えた。

「天狗が死んだか。何ゆえに?」

「成り行きであいつとの勝負になって、それで俺は一度死にかけたけど……。いつの間にか半殺しにしてたみたいで」

「ほう」

 少し険しい表情を浮かべながら、老師は言った。そして心の中で、

(あの天狗め、寺で拾った義朝の遺児が本物の弥勒菩薩であるかどうかを確かめるため、そして牛若の覚悟を確かめるため、自らの身体を張って見極めたのだな)

 と悟った。老師は天狗と知己がある。あの天狗が自ら死のうとしたとしたら、確証は無いが、これしかない。

「ひとまず、家に帰ろう。家に帰れば、何かわかるかもしれない。ワシも一緒に行く」

「済まない」

 牛若は老師と一緒に、僧正ヶ谷の奥にある庵へ帰った。


   2


 牛若が老師と出会ったのは、剣術の修行をしていた時だった。山にある大きな木を清盛に、2番目に大きな木を重盛に、3番目に大きな木を宗盛に見立て、毎日木刀で素振りをしていた。

 山の中を散歩しているときに、老師は山の中で剣術の練習をする少年に興味を持った。そうして、毎日隠れて、彼の剣術の練習を眺めていた。普段孤独な老師にとっては、それが心の慰みの一つでもあった。

「お主、いつも剣術をここで練習しておるな、名を何という?」

 ある日老師は少年に話しかけてみた。

「牛若」

「ほう、牛若か。ここは、どういう場所か、知っておろうな?」

 巷ではここは天狗の住む場所と言われている。おまけにいつ山賊が現れて、彼を攫うかわからない。そんな場所で剣術の練習をしているのは、危なすぎはしないか?

「だから、ここにいるんだよ」

 牛若は不愛想に返した。

「ほう。お前さん、見たところ悪い身なりでは無いな。神隠しにでも遭うたか、はては。悪いことは言わん、ここから立ち去れ。道案内ならしてやるぞ」

「親はもういない。寺にも帰れない。唯一頼れるのは天狗だけさ」

「そうか」

 哀れむ目で、老師は少年を見つめた。

「でも、俺の親の仇である清盛を殺せば、全てが終わるって」

「ほう……」

「牛若、お前はもしや、義朝の子か?」

「ああ、そうさ」

「ほう。どうりでお前の身体から神仏の気を感じるわけだ。お前に、ワシのとっておきを教えてやろう」

 以来老師は牛若に、大陸の兵法である『孫子』や太公望の『六韜三略』などを叩き込んだ。


   3


 庵へ帰ったあと、老師が枕経を読んだ。そしてその後、庵の中の整理をした。

 そのときに、葛籠の中から手紙が出てきた。牛若への手紙だった。

「なんだろう?」

 牛若と老師は手紙を開いた。

 手紙にはこう書いてあった。


 牛若へ。

 私は本当は父の親友で鎌田正清の弟で政近という。もうそれぐらいの年になれば分別はついているからわかるとは思うが、天狗というのは方便だ。

 前の戦でお前の父が負けたとき、私は源氏方に着いた。退却のとき、平家方による追及を逃れるため、私は八条院を頼った。ほとぼりが冷めた後に出家し、四条で庵を組んで生活していた。弥陀の教えを広めるための講釈をしたりなんかしてな。

 ある日講釈を聞きに来ていた侍が「常盤様が亡き頭殿との間に生まれた末の子を鞍馬寺へお預けになられたらしい」と話していた。これを聞いた俺は、源氏復興と斎王の仰っていた弥勒菩薩かもしれないという期待を抱き、比叡山の山法師の一人となって潜入し、お前と仲良くなって誘拐しようと考えた。そして、修行を積ませ、源氏の武将として育てようとした。こんな浅ましいことのために、お前に近づいたのは、本当に申し訳ない。


 今は平家全盛の世。社会はお前に冷たい。でも、お前は一人じゃない。私が殺されたあとは、近衛松原にいる同族の頼政殿、そして下賀茂神社にいる斎院を頼れ。二枚目にある書状の通り、話はつけてある。彼らはお前の味方だ。仮に弥勒菩薩であると分かったら、守ってくれる。京都にいられなくなったなら、奥州や他の源氏の元へも手配をしてくれるであろう。

 俺がいなくなったらいろいろ大変かもしれないが、生き延びろ。そして源氏を再び再興してくれ。


   天狗より


「お主が、この世を救うために現れた弥勒菩薩か!?」

 老師は牛若の肩をつかみ、問いただした。

「そんなこと言われてもな……」

 意味が分からない。いきなり未来仏の名前を出して「お前がそうだ!」なんて突然言われても。

「聖徳太子の残した『未来記』や100年前の伊勢斎王の神託に『末法より100年の後白き龍より弥勒菩薩が現れる』とある。白き龍が源氏、末法より100年の後に生まれる……。お前さんはその条件を満たしておるぞ!!」

「そうなのですか!?」

「うむ。じゃが、お前さん以外にも弥勒菩薩の候補は大勢いるがの」

「そうか」

「でも、確かなことは、お前さんは義朝の遺児。源氏を再興したいのなら……」

 老師は思い悩んだ後に、

「決してくだらぬ形で死んではならぬぞ。生きよ」

 と残した。

 手紙を読み、隠していた宋銭を探したあと、政近の亡骸を荼毘に付した。6年間ずっと暮らしてきた思い出の詰まった庵と共に。

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