第1話 師殺し
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永承7年。伊勢神宮の斎宮では、天照大御神の神託を得るべく、斎王は神楽を舞っていた。
松明が灯され、ぼんやり明るくなった神楽殿の中に、鈴の音や笙、篳篥、鼓の音が響く。それに合わせ、斎王は四方を紙垂のついた縄の中で閉ざされた空間の中で舞を舞う。
舞が進むごとに、表情は集中した険しい表情から徐々に虚ろな表情へと変わってゆく。
舞が終わりに差し掛かったころ、斎王は舞の足を止めた。
止まる雅楽の演奏。
突如舞を辞めた斎王を見る神官たち。不気味な空気が、神楽殿とその周りを包み込む。
斎王は死人のように真っ白になった顔をゆがませ、次のように口走った。
「我は天照大御神なり。これより末法の世に入る。疫病流行るぞ、戦起こるぞ、地震起こるぞ、火事も大風も噴火も起こるぞ、ヒトが死ぬぞ!! 100年の後に弥勒菩薩が降臨するまでな!!」
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1175年。鞍馬山。
どこまでも杉などの針葉樹が鬱蒼と茂り、昼でも夜のように暗い山の開けた場所で、童形の少年と天狗の面をつけた山伏が対峙していた。
山伏は腰に二本の太刀を帯びている。一つは漆も飾りもない素朴な太刀、そしてもう一つは銀箔をおされた飾りのある太刀だった。もう一つの太刀を取り、山伏は、
「牛若。お前に父の形見であるこの刀を託すときが来たようだな」
と言って太刀を見せた。
「そのために修行をしてきたんだ。お前の口からあのことを知ったときにな」
少年牛若は返した。
山伏は式神を顕現させ、彼に銀造の太刀を託した。そして牛若の方を向き、
「それでいい。が、その前に最終試験を科そう」
漆も塗られていない太刀を抜いた。
「殺す、のか……」
牛若は太刀を抜いて問うた。
「ああ。全力でかかって来い‼」
山伏は左八双に構え、袈裟に斬りつけた。
「本気みたいだな」
牛若は持っていた刀で斬撃を受ける。
「本気さ」
そのまま山伏は二の太刀を繰り出した。
次の攻撃も受ける牛若。
「生きていれば、いろんなものを失う。いちいち失うことを恐れていては、武士としてはやっていけないぞ。そして今、俺は本気で貴様を殺そうとしている」
これでもかと言わんばかりに、鬼気の籠った力強い一撃一撃が牛若に繰り出される。
対して、それを無言で受けるだけの牛若。
「師を殺すのが怖いか? 怖いよな。だが、それが源氏の血。親を、兄弟を、叔父を、甥を、子を殺してお前の源氏一族はのし上がってきた。他人である師を殺せないお前に、源氏の再興などできるはずがないのだ!!」
「……」
黙り続ける牛若。
「お前の父は嫌々ではあったが父を殺した。兄は叔父を殺した。そんな一族の末なのだ。できないわけがなかろうな。さあ、本気を出せ‼」
山伏は念力で牛若を吹き飛ばした。
受け身をし、頭部などへのダメージを回避した後、牛若は体勢を立て直し、
「なら、こっちも本気で行かせてもらうぞ!!」
念力を発した。
吹き飛ぶ山伏。が、木にぶつかるときに吹き飛ぶ力を利用し、牛若に斬りかかった。
「それでいい」
山伏は笑みを浮かべ、つぶやいた。
鍔迫り合いが始まった。大人と小柄な少年。当然強いのは山伏の方である。
力で押し負けると判断した牛若は、引き下がり、体勢を立て直そうとした。姿勢を低くし、真剣の柄に手をかけ、静止した。居合の構えである。
「抜刀術の構えか」
納得した山伏は、そのまま突き進んだ。
牛若は、行ける! と思ったタイミングで袈裟に抜刀した。
遠心力を利用し、最大まで高めた剣速と火力の籠った一撃が、山伏に襲い掛かる。が、山伏はそれを鞘で受け止め、すかさず持っていた刀を投げつけ、牛若に突き刺した。
「うっ……」
血を吐いて倒れ込む牛若。その隙を見逃さず、山伏は牛若を組み伏せ、喉笛を切った。
「死んだ、か……」
無理もない。大人と少年の対決。無理に彼を鞍馬山の僧房から出して強く育てようとしたのが間違いだったか。惜しい。ここで義朝の落とし子を失うのは。源氏再興のため、牛若を誘拐して育て上げてきた。が、彼には
(代わりは他にもいる)
醍醐寺に一人、園城寺に一人、牛若と同腹の兄弟がいる。それに、関東へ逃亡すれば、遠州には蒲冠者が、そして伊豆には頼朝がいる。義朝の子という条件を外せば、源氏の庶流がいくつかある。彼らに再興の夢を託すしかない。
(でも、やっぱりな……)
六年間も一緒にいたから、情は移っている。共に寝起きをし、同じ釜の飯を食べた。彼に源氏一族の歴史や剣術、神通力の使い方を教えた。武術や神通力に関しては、鞍馬の山の谷底に置いてけぼりにしたりと無茶苦茶なことをした。だが、牛若はしっかり帰ってきた。帰ってきても、表では素っ気なく応じてはいたが、心の中では、無事に帰ってきたことがうれしかった。
「すまない……」
涙を流しながら、手を合わせ、経を読もうとしたそのとき、
「まだ死んでない」
と小さな声がした。聞きなれた牛若の声だった。が、様子がおかしい。先ほどつけた傷、それも致命傷が治り、薄い茶色の瞳は蒼を帯びたそれに変わり、後ろには光背が現れている。
(何だ、この凄まじい神の気は⁉)
同時に山伏は、凄まじい神の気を感じた。神の気は感じたことは何度もある。が、ここまで強いのは、あのとき彼の父である義朝が覚醒をし、師仲を殺してその遺骸を異界へ送ったとき以来だろうか。
(間違いない。牛若は13の神仏の応身だったんだ)
蒼き瞳に光背。確証は取れないが、頼政や斎院、重盛と同じ末法の世に現れる12の神仏の応身の特徴がしっかり出ている。義朝と同じ「弥勒菩薩」の力かどうかはまだ確証がつかめないが。
「そう来なくっちゃな!!」
笑みを浮かべた山伏は、印を組み真言を唱えた。周りに赤気が立ち昇る。
詠唱を終えたあと、目を開いて、
「これは兄、そしてお前の父の親友が教えてくれた全てを焼き尽くす大技。喰らえ、磁力焼殺波」
姿の変わった牛若に放った。
磁力焼殺波──。第一世界神代の頃より電気系の神通力を持つ者に伝えられる破壊光線。強力な電磁波を放出し、そこから出る光エネルギーや熱エネルギーを一点に集約して相手にぶつける技。当たれば言うまでもなく、有機物の肉体を持った人類のほとんどは消し炭と化す。
牛若は反射で避けようとした。が、袖の一部に当たり、燃えてしまった。
燃える袖を引きちぎり、牛若は刀印を組んで結界を張った。
「弾き返す、か」
正体不明の神仏の力により強化された結界により、焼殺波は弾き飛ばされ、山伏の元へ跳ね返った。
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「何が、あったんだ……」
目を覚ますと、そこには痛そうに呻く師の山伏の姿があった。爆風で吹き飛んだのか、面は外れている。
牛若は黒焦げになった山伏の方へ近寄り、
「天狗、なんだよな?」
と聞いた。
「ああ」
息をひゅーひゅー切らしながら、天狗は答えた。
「これ、全部、俺がやったのか⁉」
「ああ」
「そうなんだな……」
牛若の胸に罪悪感が生まれた。不可抗力や事故に近い形で、記憶も曖昧だが、初めて人を殺してしまいそうになった。それも、昨日まで一緒に生活し、自身のルーツや武術、結界術や式神の術といった陰陽の術を教えた父代わりの師匠を。
「言い残すことは、あるか?」
最後の力を振り絞り、山伏は先ほど銀造の太刀を渡した式神を操り、牛若の側に置かせた。
式神が消滅したのを見計らい、山伏は続ける。
「お前には、特別な力が、宿っている。その力を使い、120年も続く末法濁世を、終わらせるのだ」
「そんな力が、俺にあるのかよ」
「ああ、あるさ。いつかわかる。あ、お前も、もう、元服だろ? 本当なら、立派な名前をつけてやりたかったが、できなかった。代わりに、俺の、持っていた、銀造の刀を、託そう。頑張れ」
最期の言葉を言い終え、山伏は息絶えた。
「天狗!!」
雪が降り始め、杉などの針葉樹で真っ暗闇に包まれた鞍馬山の奥底に、師匠の牛若少年の慟哭がこだまする。




