表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/91

第75話 理の帝、神を封ぜんとす

 その報せが届いた直後、帝都グランザの玉座の間は静まり返っていた。

 誰も声を出さない。


 冷えた空気の中、皇帝アスモルが立ち上がり、剣を抜いた。


「ならば、神に抗う策を練るまでだ。軍議を開け!」


 響いた声は、帝都の運命を決める号令のようだった。

 重臣たちは慌ただしく円卓に集まり、疲れ切った伝令が膝をついて報告書を差し出す。


「第一軍、孤立。第二軍も連絡が途絶えつつあります。……地が裂けました。幅数十メートル、深さは不明です」


 誰もその報告の意味を掴めなかった。

 人の力で地を割るなど、ありえない。

 しかし現実として、帝国の第一軍は“閉じ込められた”。


 アスモルは剣をゆっくり納め、玉座の背もたれに手をかけた。


「……語るな。この事実は禁ずる。今すぐ民の口を封じよ」


 宰相ローデンが小さく息を呑む。

「陛下、禁声令を……?」


「そうだ。王国に“神”がいるなどと広まれば、帝国は崩壊する。――外には『王国が未知の兵器を使用した』とだけ伝えろ」


 短くも鋭い命令だった。

 その瞬間、帝国の情報は閉ざされた。


 記録官、印刷工房、教会、すべてに検閲命令が走る。

 噂を流した者は即刻拘束。

 帝国は、自らの敗北を隠すために沈黙を選んだ。


 だが、沈黙の裏では新たな動きが生まれていた。



 夜明け前の軍議室。

 長机の上には王国と帝国の地図が広げられている。

 その中心に、アスモルは一枚の命令書を置いた。


【鎮界炉製造命令】


 将たちが顔を見合わせる。

「鎮界炉……? 聞いたことがございません、陛下」


 アスモルは静かに言う。

「“(ことわり)”で“神”を封ずる装置だ。神を討つのではない。神の立つ場所を消し去る。世界に穴があるなら、それを塞げばいい」


 室内の誰もが言葉を失った。

 魔導師でも、工匠でも、神の力を理解できた者などいない。

 だが皇帝は続ける。


「技師団と魔導省の研究者を召集せよ。作業は極秘。外に漏らせば反逆とみなす。――我らは“理”の側の国だ。神の奇跡などに屈するものか」


 その声には、帝国の覇気よりも焦燥があった。

 人智では理解できぬ現象に対し、彼は理で抗う道を選んだのだ。



 帝都地下の工廠には、金属を叩く音が響いていた。

 技師たちは沈黙の誓約書に血判を押し、炉心を囲む。

 若き主任技師が震える声で問う。


「陛下、我らは……いったい何を造っているのです?」


 アスモルは答えなかった。

 ただ、目の前の巨大な魔導炉の設計図を見つめながら呟く。


「“世界の穴”を塞ぐ装置だ。理の枠に神を閉じ込める」


 それが、帝国の新たな狂気の始まりだった。



 一方そのころ、王国側の砦では。


 俺は風の匂いを嗅いでいた。

 焦げた鉄と、冷えた石の匂い。

 戦場にしては静かすぎる朝だった。


 リオナが弓兵たちの列の向こうで呟く。

「……向こうで、なんかしてるな」


 エルナは胸に手を当て、遠くの空を見上げた。

「風が変わりました。“理”の風です。神の力に抗う、人の風」


 俺は眉をひそめる。

 理の風――そんなものを感じたのは初めてだった。

 空気の流れが、まるで世界そのものが軋むように重い。


「理の風、ね。……なら俺は、“理じゃない方”で行くさ」


 そう呟くと、リオナがいつものように苦笑した。

「頼むから、その“理じゃない方”でいきなり脱がないでよね」


 エルナは静かに笑って頷く。

「でも……あなたの風は、きっと世界を癒します」


 砦の上を一陣の風が抜けた。

 その風はどこか遠く、帝都の方角から吹いてきた気がした。



 同じ夜、帝都グランザの玉座の間で。


 皇帝アスモルは窓の外の星を見上げ、低く呟いた。


「神を恐れるな。だが敬うな。この世界は――我らが造る」


 その声が消えた後、冷たい風が柱の間を抜けた。


 その風は遠く王国砦の空へとつながり、俺の頬を撫でていった。


「……(ジジイ)、また変な風を起こしてんじゃねぇよ」


 誰もいない空にそう吐き捨てると、遠くで神の笑い声が響いた。


『理の王も、神の観測者も……どちらも風任せよのぅ』


 風が夜を撫でる。

 帝と神の間で、世界の均衡がゆっくりと揺れ始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ