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第73話 風下の砦 ― 炎の夜 ―

 砦の空気は焦げていた。

 遠くの空で赤い火柱が揺れて、夜の闇を不気味に照らしている。

 王都を発って二日。ようやく辿り着いた“風下の砦”は、もうすでに戦場の入り口だった。


 城壁の上から煙が立ち上り、負傷兵が担架で運ばれてくる。

 俺たちが馬を降りるや否や、血の匂いが鼻を刺した。

 リオナは眉をひそめ、周囲を見回す。


「間に合ったって言える状況じゃないわね……」


「まぁ、まだ砦が燃えてねぇだけマシか」


 そう言いながらも、俺の喉は渇いていた。

 風が焼けた鉄の匂いを運んでくる。

 これは、黒風とは違う――“人間の争い”の風だ。


 指揮官は包帯だらけで、必死に命令を飛ばしていた。

「矢を運べ! 負傷者を後方へ!」


 エルナはすぐに駆け寄り、治療の光を放つ。

 彼女の魔法が淡く輝き、兵たちの呻きが静まる。

 リオナは反射的に前線へ走り、剣を抜いた。

 俺は周囲を見渡しながら、胸の奥に一つの問いを押し込む。

 ――“脱がずに戦えるか”。


 ……無理だろうな。

 でも、せめて最後の瞬間までは足掻いてみる。


◇ 


 角笛が響き渡る。それは戦いの合図のようだった。


 遠くで戦鼓が鳴る。

 闇の向こうから炎が飛んできた。


火球ファイアボール〉。次いで〈炎槍ファイアランス〉。


 帝国軍の魔法が一斉に放たれ、砦の壁を焼き、地を爆ぜさせる。

 兵士たちが叫び、弓兵たちが必死に矢を放った。


「撃てぇ! 撃てぇぇぇっ!」


 だが、その矢は次第に少なくなっていく。

 地面には使い終わった矢筒が転がり、指の皮を剥いた弓兵が血まみれで弦を引いていた。

 リオナが矢を拾いながら叫ぶ。


「もう限界よ!」


 俺は唇を噛んだ。

 火の粉が風に乗って、顔に当たる。熱い。

 ――やるっきゃないな。


 誰も見ていない砦の裏手に回り込む。

 剣と鎧の金属音が遠くで響く中、俺は深く息を吸った。

 ここで決めるしかない。 


 上着を脱ぎ捨て、ズボンを放る。

 冷たい風が肌を刺す。夜なのに、心臓が熱い。

 魔力が全身を駆け巡り、地面がわずかに震えた。


〈スキル モザイク〉

 顔と股間をモザイクが覆う。股間のモザイクは細かい。


 戦場の轟音の中に、風の音が混じった。

 俺は両手を広げ、砦の外に向けて叫ぶ。


「――吹き飛ばせ、風よ!」

風壁(ウィンドウォール)


 透明な壁が、幾重にも重なって展開する。

 ひとつ、ふたつ、みっつ。

 連続で魔法を発動し、炎の波を押し返す。

 火と風がぶつかり、爆発音とともに炎の弾が霧散した。

 帝国軍の火球がことごとく弾かれ、煙が反転して夜空に舞う。


 弓兵が叫んだ。

「風が……火を押し返してる!?」


 リオナが目を見開いた。

「よし……あの風はシゲルね!」


 砦の上空には、全裸姿の俺が微かに浮かび上がる。

 モザイクが夜風に光を反射し、まるで幻の勇者のようだ――いや、全裸だが。


 リオナは剣を振り上げた。

「全軍、反撃開始っ!」


 兵士たちの声が重なり、矢が再び飛ぶ。

 炎は完全に押し返された。

 エルナの治癒魔法が後方で輝き、戦場の喧騒が一瞬だけ遠ざかる。


 俺は駄目押しで魔法を展開し、体を地に降ろした。

 戦場が静まる。

 帝国軍は撤退を始めていた。


 砦に歓声が響く。

 だが、この砦では誰も“全裸の勇者”の正体を知らない。

 リオナだけが、俺を見つめて苦笑した。

「……また脱いだのね」


「寒いし、恥ずかしいし、勝っても複雑なんだよ」


 俺は脱ぎ捨てた服を拾い、急いで身に着ける。

 モザイクが消える瞬間に風がひゅうと鳴った。

 戦場の焦げた匂いと、冷たい空気が交じる。


◇ 


 夜明けの砦。

 炎はようやく鎮まり、煙の向こうに薄い朝日が差していた。

 リオナは剣を収めながら言った。

「戦はまだ終わらない」


「……ああ戦の風は、まだ止まってねぇな」


 俺は空を見上げた。

 砦の上を通り抜ける風が、まるで次の戦いを告げているようだった。


 その時、あの声が聞こえた。

『服を着て勝てぬ者が、裸で何を掴むのか――見ものじゃの』


「うるせぇよ、(ジジイ)


『ほう……まだ言い返す余裕があるとは。ならば次も期待しておるぞ』


 空のどこかで、神が笑った気がした。

 俺はため息をつき、焦げた地面を踏みしめる。

 ――戦は、始まったばかりだ。

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