第45話 風に揺れる塔と自称弟子
昼前、俺たちは「風塔の街」にたどり着いた。
山と川の合間にあるこの街は、風を信仰する人々の暮らす場所だ。
中心には空を貫くような白い塔が立ち、頂上では巨大な風見鶏がカラカラと音を立てて回っている。
塔の下には露店が立ち並び、風鈴や羽根飾り、香草が風に揺れていた。
すれ違う人々は皆、額に風を象った紋章を描いている。まるで風そのものを敬っているようだ。
「風の匂いが気持ちいいわね」
リオナが深呼吸する。
「この街は“風読みの儀”で天候を占うんですよ」
エルナが説明した。
「占いか。俺は焼き魚の焼き加減のほうが大事だな」
「……あなたの信仰対象は、ほんとに胃袋様よね」
俺たちは軽い昼食をとろうと、塔のふもとの食堂に入った。
パンの香りと焼き肉の煙が漂う。
スープをすすりながら、俺はふと塔を見上げた。
「ずいぶん高いな。風が強い日に登ったら、髪も飛んでいきそうだ」
「シゲル、あんた髪より服が先に飛びそうだけどね」
「風評被害だぞ」
その時だった。
「師匠ぉぉぉぉっ!」
店の外から爆音みたいな声。
次の瞬間、ドアが開き、少年が突風のように飛び込んできた。
見覚えのある小僧――そう、トマだ。
「師匠! 僕、修行に来ました!」
「……やっぱりお前か」
「はい! 風を極めるために!」
リオナがスプーンを置き、額を押さえる。
「シゲル、弟子にするの?」
「いや、正式には認めてねぇ!」
エルナが小声で「元気のいい子ですね……」と微笑む。
俺はスープを飲み干し、ため息をついた。
「嫌な予感しかしねぇ……」
◇
案の定、嫌な予感は当たった。
俺たちが塔の下に着く頃、トマはすでに塔の階段を駆け上がっていた。
「師匠、見ててください! 風を操る魔法、成功させます!」
「おい、待て、そこは立ち入り禁止区域だって!」
声が届かない。塔の上で、トマが両腕を広げて詠唱を始めた。
「風よ、集え! 渦を巻け! 僕の力を示せ!」
風が塔の周囲で巻き上がり、突風が走る。
街の旗が引きちぎられ、屋根瓦が飛んだ。
「わ、わああっ!?」
リオナが剣を抜き、エルナがローブを押さえる。
「魔力の流れが不安定です! 暴走してます!」
塔の支柱がミシミシと音を立て、塔の上の鐘が鳴った。
「トマ、やめろーっ!」
「師匠ぉぉっ! 風が言うこと聞かないですぅぅっ!」
「そりゃそうだろうがぁっ!」
俺は舌打ちして、靴を蹴り飛ばした。
「……仕方ねぇ、やるしかない」
上着を脱ぎ、ズボンを放り、全裸になる。
空気がピンと張り詰めた。
〈スキル モザイク〉
顔と股間がモザイクで覆われる。股間のモザイクはやはり細かい。
風が素肌を撫でる。魔力が全身を駆け巡る。
「また脱いだ!」
「ひゃっ……ま、また……!」
エルナは顔を真っ赤にして、その場でばたん。
「はい、今日も安定の気絶ね」
「リオナ、あとは任せた!」
俺は塔の根元に両手をかざした。
流れよ鎮まれ、力よ巡れ。
〈静流陣〉
地面に光の陣が広がり、空気が一瞬で無音になる。
風が止まり、渦がほどけ、塔の傾きがゆっくり戻っていった。
砂塵が静まり、風鈴がかすかに鳴る。
「よし……これで――」
「師匠ぉぉぉぉっ!」
見上げると、トマが塔の上から手を振って――落ちた。
「お前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
俺は風の余波を操作し、上昇気流を発生させる。
落ちてくるトマの速度を相殺し、地面すれすれでふわりと受け止めた。
「はぁ……バカ野郎、勝手に空飛ぶな」
「す、すみません……でも、風が僕を導いたような……」
「判断するには百年早い!」
塔の管理者らしき老人たちが駆け寄る。
「あなたは……風神の化身ですじゃ……!」
「化身っていうより裸身ね」
リオナが即答。
「……上手いこと言うな」
エルナが目を覚まし、あたりを見回す。
「わ、私……また……」
「ええ、安定の寝落ちでしたよ」
リオナが微笑む。
「ま、毎回すみませんっ」
「いい、もうそれが儀式みたいなもんだ」
トマが拳を握った。
「僕も、いつか全裸で戦えるようになります!」
「そこ目指すな!」
「師匠の背中を追いかけます!」
「追うなっ!」
人々の笑い声が起こる。
子どもたちが塔の周りで走り回り、風鈴が涼しく響く。
塔の最上部では、風見鶏が静かに回転していた。
俺は空を見上げて、ひとつ息をついた。
春の風が、少しだけ温かく感じた。
「……静かな風も悪くねぇな」
「たまにはね」
リオナが微笑む。
「でもあんた、風よりも脱ぐのが早いわよ」
「黙れ」
笑いが風に乗って、街の空へと溶けていった。




